果てしない旅 15 完結
卒業して数年が過ぎた。
学校を出て、都市の雑踏に溶け込んだ。
ぼくは就職した。
毎日の通勤、事務作業、昼休みの軽い雑談。
時計の針は、以前の教室の時間のように淡々と進む。
あの先生のことを思い出すのは、時折、授業中の静かな瞬間だけだった。
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4、5年が過ぎたある日。
ふと、同僚から聞いた。
「先生、もうこの学校辞めたんだって」
都市伝説のような存在が、現実からまた一歩遠ざかるようで、心が少し空いた。
先生は変わらずそこに立っていると思っていたのに。
人は去り、街は動き続ける。
風景も、人の流れも、何も止まらない。
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それからさらに年月が過ぎ、ぼくは恋をし、結婚し、子どももできた。
家族と過ごす時間は、穏やかで、忙しく、淡々としている。
休日には街へ出かけ、子どもたちの手を引いて買い物をする。
色とりどりの看板。
雑踏の声。
冷たいアイスの香り。
通りを揺れる広告の旗。
そんな中で、ふと、目が止まった。
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人混みの間をすり抜けるように、あの人が歩いていた。
変わらない姿。
耳も角もなく、背筋は真っ直ぐで、年齢も、季節も何も変わらない。
目線が、どこか遠くを見ているのも同じ。
記憶の中の先生と、完全に重なる。
心臓が少し跳ねる。
声をかけよう。
名前を呼ぼう。
でも、子どもたちの手を握っている。
かばんが重く、肩も少し痛い。
迷いが生まれる。
どのタイミングで呼ぶか。
ほんのわずか、ほんの一瞬、ためらう。
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その間に、人波が押し寄せた。
手を引かれ、視線が逸れ、声を出す前に、先生は通り過ぎていった。
振り返ることもなく。
人混みの影に吸い込まれるように。
ぼくは立ち止まり、子どもたちを見下ろす。
小さな手。
まだ歩き続ける道。
視界の端に、わずかに残る背中。
確かに、そこにいた。
でも、声は届かず、目も合わなかった。
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街は淡々と動き続ける。
人々は買い物をし、笑い、スマートデバイスを覗く。
帰り道、子どもたちの声を聞きながら、ぼくは何度も振り返った。
でも、もう、そこにはいなかった。
都市の雑踏に消え、光の向こうへ溶けていった。




