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果てしない旅   作者: San


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13/15

果てしない旅 13

それから、何か月も過ぎた。


 森へは、あれきり行っていない。


 課題は返却され、評価は「良」だった。


 石板の写しは回収され、また来年の誰かに配られるのだろう。


 “変わらぬ者”は、また一枚の紙に戻った。



 秋のはじめ、担任が変わった。


 前の先生は外縁部の学校へ移動になり、代わりに新しい先生が来るという。


 教室は少し浮き足立っていた。


 扉が開く。


 入ってきたのは、見慣れない姿だった。


 耳がない。


 少なくとも、ぼくたちのような長い耳は。


 頭の両側は滑らかで、角もない。


 背は高く、静かに立っている。


「今日からこのクラスを担当する」


 声は低く、はっきりしている。


 発音が、どこか少し違う。


 古い言葉の響きが混ざっているような。



 最初は、ただのよそ者だと思った。


 都市には、外の国から来る者もいる。


 耳の形が違う種族も、いないわけではない。


 だが、この先生は少し違った。


 黒板に書く文字が、妙に整っている。


 しかも、最古期の記号をすらすらと書ける。


「これは、石板の原文に近い形だ」


 そう言って、あの記録の一節を書いた。


 ——時を越えて立つ


 教室が静まる。


「どうしてそんなに詳しいんですか」


 誰かが聞く。


 先生は少しだけ考え、


「昔、よく見ていたからだ」


 と答えた。


 冗談のようで、冗談に聞こえなかった。



 数週間が過ぎる。


 先生は、怒らない。


 大声も出さない。


 ただ、見ている。


 誰が嘘をついたか、

 誰が困っているか、

 誰が本当は質問したいか。


 まるで、長い時間、人を観察してきたように。



ある日の放課後。


 ぼくは居残りで、石板の追加課題をしていた。


 先生が隣に立つ。


「君は、森へ行ったな」


 心臓が跳ねる。


「……どうして」


「靴の裏に、あの森の土が残っていたからだ」


 静かな声。


 叱るわけでもない。


「何か見たか」


 ぼくは迷う。


 あの影。


 背の高い存在。


「……影を、確認しに」


 少しの沈黙。


 先生はすぐに笑ったり、否定したりはしない。


 ただ、窓の外の森を見ながら、ゆっくりと言った。


「また行ったのか」


 子供のような問いかけに、淡々と返す言葉。


 ——まだ、そこにいるだろう、という意味を含ませて。


 ぼくは少し驚き、でも胸が少し落ち着く。


 森の縁に立つ影は、今もそこにあるかもしれない。


 それを知っている先生の声は、確かなものだった。


 その瞬間、胸の奥で何かが繋がる。


 石板の記録。


 森の影。


 耳のない背の高い姿。


 年齢の分からない顔。


 しわがないわけではない。

 だが、老いてもいない。


 時間に属していないような印象。


「先生は……」


 言葉が続かない。


 先生は、こちらを見る。


 その目は、深い。


 遠い海の底のように。


「何だ」


 ぼくは、喉が乾くのを感じながら言う。


「先生は、“変わらぬ者”ですか」



 沈黙。


 教室に夕日が差し込む。


 光が、先生の輪郭を薄くする。


「そう呼ばれたことはある」


 否定ではない。


 肯定とも違う。


「でも、伝説にするほどのものではない」


 先生は、チョークを置く。


「ただ、長くここにいるだけだ」



 ぼくは理解する。


 石板は象徴ではなかった。


 本当に、記録だった。


 毎年消えずに残された理由。


 忘れたくなかったからではない。


 まだ、いるからだ。



「どうして、姿を見せなかったんですか」


 先生は少しだけ微笑む。


「必要がなかった」


 それだけ。


「今は?」


「今も、必要とは思っていない」


 それなのに、ここにいる。


 学校に。


 教室に。


 ぼくたちの前に。



 鐘が鳴る。


 夕方。


 先生は鞄を持つ。


「君は、書き続けるといい」


「何を」


「見たものを」


 それだけ言って、教室を出る。



 窓から森が見える。


 都市は広がり、

 塔はさらに高くなり、

 歴史は増え続ける。


 だが、その中に、


 本当に“変わらぬ者”が立っている。


 都市伝説ではない。


 教壇の上に。


 静かに、時間の外側から。

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