果てしない旅 12
石に刻まれた線は、もうほとんど読めない。
それでも学校では、毎年その石板の写しが配られる。
課題だからだ。
ぼくはそれを机の上に広げて、耳をかいた。
古い記号。
今の文字とは少し違う。
先生は言った。
「これは最古期の記録の一つ。“変わらぬ者”について書かれている」
教室がざわつく。
都市伝説だ、と誰かが笑う。
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“変わらぬ者”。
昔から伝わる話。
何世代も前から森に立ち、
老いず、
死なず、
ただ見ている存在。
祖母は信じている。
父は笑う。
母は話題にしない。
ぼくは、分からない。
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石板の内容は断片的だ。
——姿は変わらず
——時を越えて立つ
——火を教えた
——星の名を知る
本当に同じ存在なのか。
複数の人物が混ざっているのではないか。
それを考察して提出する。
それが宿題。
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今の都市では、森は遠い。
石造りの建物。
整えられた道。
高い塔。
耳の形も昔より小さくなり、角度も違う。
文明は進んだ。
“変わらぬ者”は、ここ何百年も姿を見せていない。
だから都市伝説だ。
「いたら面白いよな」
「写真とか残ってないの?」
「そんな便利な存在いたら戦争なくならない?」
みんな好き勝手に言う。
戦争は、もうある。
小規模だが、外縁部では衝突が続いている。
歴史は穏やかなだけではなかった。
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放課後、ぼくは石板の写しを持って外へ出た。
街の外れ。
古い森の残る場所。
課題には“現地観察も可”とある。
誰も本気で行かない。
だが、ぼくは少し気になっていた。
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森は静かだった。
風が葉を揺らし、
遠くで水が流れる。
石板の最後の行を思い出す。
——森の縁に立つ
ぼくは立ち止まる。
そこには、誰もいない。
当たり前だ。
都市伝説なのだから。
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だが、視線を感じた。
振り返る。
木々の奥。
影。
人影に似ている。
耳は見えない。
角もない。
背は高く、
ただ、立っている。
ぼくと同じように。
動かない。
目が合った気がした。
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怖くはなかった。
不思議と。
その存在は、こちらへ来ない。
ただ、そこにいる。
ぼくは一歩近づく。
影は、ゆっくりと木の奥へ下がる。
消える。
追えば追えたかもしれない。
だが、足は止まった。
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家に戻り、課題を書く。
ぼくはこう書いた。
“変わらぬ者は神話ではなく、象徴だ。
世代を超えて見守る存在を、私たちは必要とした。
だから記録に残したのだ。”
本当のことは、書かなかった。
森で見た影のことは。
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数日後、先生は言う。
「この記録は、毎年消えずに残される。
なぜなら、忘れたくないからだ」
ぼくは窓の外を見る。
森の方向。
都市伝説。
けれど、もし本当にいるのなら。
なぜ、姿を見せないのだろう。




