産廃屋のおっさんの、何もしない昼休み
本作は「産廃屋のおっさん」シリーズのスピンオフ短編です。
主人公ユージが異世界に召喚される前、
産業廃棄物処理会社で働いていた頃の一コマを描いています。
特別なスキルも魔法もありません。
ただ現場を見て、少しだけ口を出すだけ。
それでもなぜか周囲の評価が上がってしまう。
そんな「勘違いされがちな人」の日常です。
軽く読める短編になっていますので、
肩の力を抜いて楽しんでいただければ嬉しいです。
昼休みになると、ユージは必ず同じ場所に腰を下ろす。
コンテナの影になる、風の通りがいいコンクリートの縁。
直射日光を避けられて、なおかつ現場全体がなんとなく見渡せる位置だ。
本人にそんなつもりはない。
ただ、
「ここが一番落ち着く」
というだけの理由だった。
弁当袋を開く。
中身は昨夜の残り物だ。
電子レンジで温めただけの唐揚げと白ご飯。
この唐揚げは、自分で作ったものではない。
ユージの近所にある唐揚げ弁当の店が、意外と美味いのだ。
しかもボリュームがある。
ライス大盛り無料。
普通に一食で食べるには多すぎる。
だから半分ほど残しておいて、翌日の弁当に回す。
実質、一食分の値段で二食いける。
すごくコスパがいい。
手間もかからず、
財布にも優しく、
それなりに満足できる。
「……まあ、こんなもんだな」
誰に言うでもなく呟く。
豪華な弁当を作るほど、料理に情熱はない。
かといって、コンビニで毎日買うほどの金銭的余裕もない。
ちょうどいい落としどころが、これだった。
箸を割り、唐揚げを一つつまむ。
まだ温かい。
悪くない。
むしろ、ちょっと嬉しい。
そんなささやかな満足を味わおうとした、その時だった。
「ユージさん! ちょっといいですか!」
若い声が飛んできた。
フォークリフトの横で、若手のシゲルが手を挙げている。
まだ入って一年も経っていない新人だ。
真面目だが、まだ視野が狭い。
「何だ?」
ユージは立ち上がらない。
弁当を持ったまま、ちらりと現場に視線だけ送る。
「この積み方なんですけど……このまま出して大丈夫ですかね?」
シゲルが指差す先には、フレキシブルコンテナバック、通称フレコンが積まれた4トントラックが止まっている。
フレコンは、別名トンバックとも言う。
1立米ほどの容量がある、工事現場などで良く見かけるベージュ色の大型袋だ。
一見すると問題はなさそうだ。
だが――
「……重心が、少し右寄りだな」
一言だけ言う。
それ以上は説明しない。
シゲルはきょとんとした顔をしたが、すぐに気づいたようだった。
「あっ……ほんとだ」
フォークを少し動かし、荷の位置を調整する。
ほんの数センチ。
だが、それだけで安定感が変わる。
「す、すみません! ありがとうございます!」
ユージは返事をしない。
弁当が冷める前に食いたい。
それだけだ。
しかし、そのやり取りを少し離れた場所で見ていた作業員たちが、小声で話していた。
「……今の、見たか?」
「ああ。立ち上がりもしねえで、あの一言だ」
「全部見えてるんだな」
「フレコンなんて、見た目だけじゃ重さなんかわからないよな」
「さすがユージさんだよ……」
(いや、車が傾いてるんだから、普通に見りゃ分かるだろ……)
ユージは心の中で呟き、白ご飯を口に運ぶ。
しばらくすると、若い女性が近づいてきた。
事務担当のヨーコだ。
今日は来客対応があったらしく、いつもより少しきちんとした服装をしている。
「ユージさん、お疲れさまです」
「ああ、お疲れ」
ユージは顔を上げずに答える。
ヨーコは少しだけ弁当を見て、眉をひそめた。
「……唐揚げだけですか?」
「楽なんだよ」
「栄養、偏りますよ?」
「気にしたことないな」
少し間があった。
ヨーコは、ほんの少し躊躇ったあと、口を開いた。
「あの……ユージさん」
「ん?」
「もしよかったら……私が作って来てあげましょうか?」
ユージの手が止まる。
「どうせ自分の分も作ってるので、ついでですけど」
さらっと言ったつもりだった。
だが、ほんの少しだけ声が硬い。
ユージは弁当を見下ろし、少し考えた。
そして、首を振った。
「いや、ついでって言ってもさ」
唐揚げを一口食べる。
「俺の弁当の方がデカいから、大変だろう」
「え」
「どっちにしろ、昨日の晩酌の残り物を詰めるだけだから大丈夫だ」
実際、その通りだった。
ユージの弁当箱は妙に大きい。
まとめて作って、まとめて食う。
それが一番楽だからだ。
「でも、ありがとう」
ユージは箸を持ったまま軽く笑った。
「気持ちだけ受け取っとくよ」
ヨーコは一瞬だけ目を伏せる。
「それより」
ユージは続けた。
「こんなおっさんじゃなくてさ」
軽く肩をすくめる。
「もっと若くて将来有望な奴に弁当食わせてやりなよ」
笑う。
「ははっ」
悪気はない。
一ミリもない。
むしろ、気遣っているつもりだ。
ヨーコは少しだけ笑った。
「……そうですね」
それ以上は言わなかった。
少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた先輩事務員が苦笑いを浮かべた。
「ヨーコ」
「はい?」
「朴念仁相手だと苦労するわね」
「……え?」
「でも」
少しだけ微笑む。
「確かに悪い人じゃないのはわかるし、そこはかとない色気があるのよね」
ヨーコは恥ずかしそうに小さく頷いた。
「まあでも、朴念仁の方が逆に安心よね。頑張れ」
「そんなんじゃありません!」
ヨーコはそう言ったが、少しだけ頬が赤くなっていた。
一方ユージは、
唐揚げが少し冷めてきたことの方が気になっていた。
その時、少し離れた場所で、シゲルとゲンさんが話しているのが耳に入った。
ゲンさんは、この現場で一番長く働いているベテランだ。
「ゲンさん」
「ん?」
「さっき相談してた件なんですけど」
「搬入待ちのトラックの順番の話か」
「はい」
シゲルはメモを見ながら言った。
「作業の手順を考えたら、搬入待ちのトラックの順番を少し入れ替えた方がいいんじゃないかって話をしていたんですけど」
「うん」
「さっきユージさんに相談したら、“変えない方がいい”って」
ゲンさんの眉が少し動いた。
「ほう」
「少しでも効率が良くなるなら、変えた方がいいのかなって思ってたんですけど……」
ゲンさんは腕を組んだ。
「いや、変えない方がいいだろう」
「やっぱりそうですか?」
「効率だけ見りゃ、多少は早くなるかもしれん」
「はい」
「だがな」
ゲンさんはゆっくり言った。
「あの現場は、自分たちの都合で勝手に順番を変える、なんて噂が流れたらどうなる?」
シゲルは少し考える。
「……信用、落ちますか」
「気づけば他の業者に荷が流れるかもしれんぞ」
「……」
「順番を入れ替えても、効果はわずかだ」
「確かに……」
「現場はな」
ゲンさんは少し笑った。
「時に効率よりも仁義を優先することも大事なんだ」
シゲルは大きく頷いた。
「なるほど……」
少し間を置いて、ぽつりと言う。
「やっぱりユージさん、そこまで考えてたんですね……」
ゲンさんは苦笑した。
「たぶんな」
「すげえな……」
少し離れた場所で、その会話を聞いていたユージは思う。
(いや)
(そこまで考えてない)
(段取り変える説明するのが面倒だっただけだ)
だが、訂正するほどのことでもない。
面倒だ。
ユージは立ち上がり、軽く背伸びをした。
午後の作業が始まる。
現場はいつも通り回っていく。
ユージは今日も、
特別なことは何もしていない。
だが、
周囲は勝手に意味を見出していく。
当たり前のことをしているだけなのに
なぜか現場が回っていく。
しかし――
そんなユージでも。
すぐ近くにある気持ちには、
なぜかまったく気づかないままだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ユージというキャラクターは、
・自分では大したことをしているつもりはない
・しかし本質は外さない
・結果的に周囲の評価が上がってしまう
という、少し不思議な立ち位置にいます。
現実の仕事でも
「本人は普通にやっているだけなのに、なぜか頼られる人」
を見かけることがあります。
そういう人はたいてい、
・余計なことを言わない
・状況をよく見ている
・波風を立てない
・でも外すところは絶対に外さない
という共通点がある気がします。
派手さはありませんが、
組織にとってはとても重要な存在です。
本編では、そんなユージが異世界に放り込まれ、
さらに盛大に勘違いされていく予定です。
もし気に入っていただけたら、本編の方も覗いてみてください。
既に完結した完結版と、登場人物そのままに別ストーリーで展開している新装版の2作品があります。
また、こうした「働くおっさんの日常」も、機会があれば書いてみたいと思います。




