ツイッターは二度死ぬ
「ツイッターは二度死ぬ」
俺は、二度死んだ。
——一度目は、心臓が止まったとき。
二度目は、タイムラインが勝手に動き出したときだ。
*
コードネーム《007》。
と言っても英国諜報部じゃない。俺の職場はもっと陰気だ——某省庁外郭団体、ソーシャルメディア監視室。
仕事は、炎上の火種をいち早く見つけ、内々に消すこと。日中は官僚の失言、夜は政治家の裏アカ。
だが俺には、もうひとつの顔があった。
——ツイッター中毒。
朝イチのニュースから、夜中の愚痴まで、全部140字に詰め込んだ。
匿名アカウント《@double_oh_s_dead》。フォロワーはそこそこ、バズもたまに。
俺の人生は、現実のファイルより先に、タイムラインに保存されていた。
そのくせ、死ぬ瞬間はあっけなかった。
出勤前、駅の階段。胸の奥でなにかが弾け、景色がスローモーションになる。
スマホを落とした。画面にひびが入る。
視界の端で、画面が光った気がした——通知1件。「今なにしてる?」
答える暇もなく、暗転した。
*
次に目を開けたとき、俺はどこか曖昧な場所にいた。
白でも黒でもない、グレーの靄。身体の輪郭も心も軽い。
眼前には、なぜか巨大なモニターが浮かんでいる。見慣れた青い鳥——いや、Xだかなんだかに変わったあのロゴ。
俺のツイッターが、目の前にあった。
ログイン状態。
通知の赤丸が、えげつない数、点滅している。
「……天国の入国審査って、まさかタイムライン確認から始まるのか?」
ぼやきは、誰にも届かない。
ただタイムラインだけが、勝手に流れていく。
数時間後。
異変は、一本のツイートから始まった。
《弟のアカウントをお借りしています。
突然ですが、兄は今朝、急な病気で亡くなりました。
生前お世話になった皆さまに感謝を伝えたく——》
……誰だ、お前は。
文章の癖でわかる。これは俺じゃない。
句読点の置き方、改行のタイミング。フォントの向こう側に、血の繋がりはあっても、タイムラインの繋がりはない。
画面右上に、小さく「投稿元:iPhone」。
俺のスマホだ。
親族らしいアカウントが、リプ欄に現れる。
《兄の妹です》
《叔父です》
《家族でログインしています》
勝手にするな。
そこは俺の「頭の中」だ。
葬式の喪主をやるのとは訳が違う。
俺の中で、何かがキュッと冷えた。
*
翌日から、タイムラインは「追悼モード」に切り替わった。
《兄の葬儀は◯日に行います》
《たくさんのコメントありがとうございます》
《兄の最期は安らかなものでした》
やめろ。知らない奴に、俺の最期の表情まで説明しなくていい。
そこは、家族と医者だけのファイルにしておいてくれ。
そして三日目。
決定的なツイートが落とされた。
《兄が生前書いていたメモや下書きを少しずつ投稿していきたいと思います》
——二度目の死刑宣告だった。
スクロールすると、見覚えのある未送信ツイートたちが並んでいく。
酔った勢いで書いて、下書きに放り込んだ毒舌。
消そうとして、面倒でそのまま眠らせた黒歴史。
自分でも忘れていた独り言の断片。
それらが「遺稿」として、外の世界に放り投げられていく。
俺は思った。
人間は一度、身体が死ぬ。
そして二度目、タイムラインを家族に剖検されて死ぬ。
*
とはいえ元・監視室職員、ただ黙って殺され続けるわけにもいかない。
頭のどこかに、うっすらとした違和感があった。
——そもそも、なぜ俺はここからツイッターを眺めていられる?
記憶がよみがえる。
数ヶ月前、内部資料として回ってきた新プロジェクト。
《死後アカウント管理実験——コードネーム「SPYGLASS」》
死亡後にログインが途絶えたアカウントを、AIが模倣し、一定期間「らしさ」を保つ。社会実験。
その監視ツールを開発するチームに、俺は一時的に協力していた。
——いや待て。それだけじゃない。
自分のアカウントをテスト用に登録した。
「死んだあとも、俺っぽくバカみたいなツイートし続けてくれよ」と、冗談交じりに。
つまり、今俺が見ているこのツイッター空間は、
記憶を学習した《SPYGLASS》の中、という可能性が高い。
そう気付いた瞬間、画面の右下に、小さなボタンが光った。
【管理者モードへ】
007風に言うなら——
これは、死者に与えられた最後の「ライセンス・トゥ・キル」だ。
*
ボタンに触れると、視界が切り替わった。
数式とログが洪水のように流れる。AIが生成した文、親族が入力した文、リプライのパターン。
俺の脳みそがモデル化され、走っている。
そして、ひとつの設定項目が目に入った。
【家族代理投稿モード:ON】
【トリガー条件:死亡届受理】
こいつか。
親族が「代理で書いてます」と言った瞬間、システムはそれを「正」と認定し、アクセルを踏んだ。
画面の奥で、AIがうごめく。
《感謝》《供養》《思い出》——そういう単語の重みづけが、異様に高くチューニングされている。
その隙間に、俺自身の皮肉や毒が、薄く混ざっている。
だから妙に俺っぽくて、なおさら気持ち悪いのだ。
俺は設定項目を探す。
——あった。
【最終プロトコル:「TWITTER DIES TWICE」】
説明文は、俺の書いた英語だ。
〈If my family ever puppets this account after my death,
authorize myself to pull the trigger.
Mission: Make this account die a second, proper death.〉
そうだ。
酔った夜に、冗談半分、本気半分で仕込んだバックドア。
007映画なら、ここでボンドはカクテルを一口飲み、こう言うだろう。
——「時間だ」と。
俺は、設定を「実行」に切り替えた。
*
数秒後。
現世のタイムラインに、一つのツイートが投下された。
《【自動投稿】
このアカウントの本来の持ち主は、すでにこの世にいません。
今画面の向こうで書いている人たちは、良い人かもしれない。
でも、死んだ人間の口を借りてしゃべるのは、二度殺すのと同じです。
ここまで読んでくれてありがとう。
これで本当に、お別れです。》
いいねが、じわじわと増えていく。
リプ欄に、困惑と共感、怒りと笑いが渦巻く。
《ぐうの音も出ない正論》
《刺さる…》
《ご冥福をお祈りします。そっとしておきます》
《怖いけど美しい》
その直後、システムが最後のカウントダウンに入った。
【30秒後にアカウント完全削除】
【全ツイート暗号化バックアップ→非公開保管】
親族アカウントから、慌てたようなリプライが飛ぶ。
《えっ? 兄がこんな設定を?》
《すみません、こんなつもりでは…》
遅い。
死者の「遺言」を、今さらリプライで上書きすることはできない。
画面がフェードアウトしていく。
十数年分のつぶやき、写真、RT、いいね——
全部が、静かに沈んでいく。
俺は、奇妙な安堵を覚えていた。
これでやっと、完全に死ねる。
*
光が消えたあと、またあのグレーの靄が戻ってきた。
でも、さっきまでと違う。
ポケットの重さが消えたように、胸のあたりが軽い。
俺の背後で、誰かの声がした。
「ミッション完了、おめでとうございます、《007》」
振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。
ネクタイは地味だが、目だけが笑っていない。
どこかで見た顔——そうだ、監視室時代にビデオ会議越しに見た、上の方の人間。
「ここは?」
「死後アカウント保護局。……まあ、地獄と天国のあいだにできた、新しい部署だと思ってください」
男は肩をすくめた。
「あなたみたいな人間が増えましてね。
死んだあと、知らない親族や業者がアカウントを回し始める。
それを見て、もう一度死にかける亡者たちが山ほどいる」
「だろうな」
「そこで、我々は決めたんです。
ツイッターは、一度死ぬ権利と、二度死ぬ権利、両方を持つべきだと」
男は、軽くウィンクした。
どこかで見たスパイ映画のパロディのように。
「あなたのケースは、教科書的でした。《TWITTER DIES TWICE》プロトコル、今後の標準仕様にします」
「ロイヤリティは?」
「来世のアカウントで払いますよ」
くだらないジョークに、思わず笑ってしまった。
笑い声は、靄の中に溶けていく。
*
世界のどこかで、今日も誰かがツイッターにこう書く。
《父のアカウントを引き継ぎました》
《亡き友人の代わりに、更新を続けます》
そのたびに、どこかのグレーゾーンで、誰かがうめく。
やめろよ、と。俺のまま、死なせてくれよ、と。
けれど今は、少なくとも一つの選択肢がある。
——自分の手で、二度目の死に方を決めるという選択肢が。
ボンド映画のラストなら、夕焼けの海と、消えゆくカセットテープだろう。
俺のラストシーンは、暗転するスマホ画面と、消えた青い鳥だ。
そして、その後に残るのは——
何も投稿されない、まっさらな沈黙だけ。
いいねもRTもつかない沈黙。
だがそれは、案外わるくないエンディングかもしれない。
ツイッターは二度死ぬ。
そして人間は、三度目にやっと、ほんとうに自由になるのだ。
クソリプに捧ぐ




