第九回 老兵嘆きの声に応じ 湯殿を設けて癒し与うること
「湯殿を……だと?」
「そうじゃ。温泉じゃよ、ユースケ殿」
俺の前に立っていたのは、城の西側防衛部隊を束ねる老騎士、グラドンだった。かつては魔界の大戦で名を馳せた古参の英雄だが、今ではすっかり腰を痛め、戦列からは退いていた。
「最近はどうにも関節が冷えてな、寝起きがつらい。若い者たちも、泥まみれで身体を洗う場所もないと、士気が下がっておる」
「なるほど、前線維持には心身の回復も必要か」
俺はうなずいた。魔物たちは戦士といっても身体の構造も多様で、洗浄や保温は意外と大きな問題だった。
「バンデン、地質調査を頼む。温泉、掘れる場所はあるか?」
「ふむ……火山脈からの熱流が東の尾根下に通っとる。掘れば、湯は出るかもしれぬな」
掘削には大型の土魔族が投入された。岩を砕き、地下へと坑道を進めていく。
「ユースケ、湯気が出たぜ!」
歓声が上がった。試しに湯をくみ上げてみると、硫黄の香りの混じったぬるめの天然温泉だった。
「よし、ここに湯殿を建てよう。材は防湿性の高い木材、そして湯壺は火山岩を使って保温性を高める」
グロズの部隊が木材を整備し、バンデンの魔法で地盤を固めて基礎を築く。
五日後、竜王城東の外れに簡素ながらも立派な湯殿が完成した。
「ほう……これは見事なり」
グラドンが湯に浸かり、満足げにうなる。
「生き返るとはこのことか……老骨にもまだ、少しばかり炎が残っておるようじゃ」
他の魔物たちも順番に湯を楽しみ、湯殿の前には自然と列ができた。
「ここは防衛のための砦であると同時に……生きる場だ」
俺はそう呟いた。湯煙の向こうに、笑う魔物たちの姿が見えた。