第六回 籠城構え外郭拡張 堀削りて水路通すこと
望楼の建設が順調に進む中、新たな報告が届いた。
「ユースケ殿、西の山道にて、勇者軍と見られる一団が接近中とのこと……!」
「人数は?」
「四、五人ほどの少数です。だが、全員が尋常ならざる気配を放っております」
「……ついに来たか」
俺は小さく息を吐いた。
「まだ本格的な戦争じゃない。恐らく、先遣の偵察部隊だろう。だが油断はできない」
これまでの築城は、あくまで一般的な魔物の侵入や自然災害を前提にしたもので、対・人間の戦闘にはまだ特化していなかった。
「となれば、籠城を前提にした設計へと、ここで大きく舵を切る必要がある」
俺は竜王城の周囲地形を再び調べ直し、改めて結論を出した。
「総構えにする。……つまり、外郭を広げて堀と土塁で町ごと包む。小田原城のようにな」
「オダワラ?」とリリナが首をかしげた。
「昔、俺の世界で築かれた巨大な籠城都市だ。町と城を一体化し、敵を長期間食い止める要塞だった。江戸時代に“伊能忠敬”という人物がいた。彼は歩いて日本中を測量して、正確な地図を作ったんだ。俺たちにも、ああいう地道な方法が必要になる」
俺は即座に測量に移ろうとしたが、ここで問題が発覚した。
「測量用の導線もコンパスもねえ……」
「導線?」
「正確な距離を測るためのひも……いや、要するに歩測だ。距離を歩いて測る方法。だが、それには正確に歩ける者が必要なんだ」
そのとき、グロズが腕を組んで唸った。
「ユースケ、だったら俺の部下のジャッグを使え。脚だけは誰にも負けねぇ」
「ジャッグ……?」
現れたのは、トカゲのような下半身を持つ魔物。だがその足はやたらとしなやかで、まるで計器のような動きだった。
「俺に任せろ、人間。足で測るってのは得意分野だ」
ジャッグの協力で、俺たちは外周の距離を次々と記録し、縄張りの見取り図を完成させていく。
「ここの谷間に堀を掘る。水を引き入れられれば、天然の障壁になる」
「水路か……だが、川からは高低差がある」
「ダムを造ろう。魔法で制御可能な堰を使って、水量を調節しながら落差で水を引く」
ここで登場したのが、川に棲む陽気な魔物・リュガだった。全身うろこの大男で、やたらと陽気に歌っている。
「おーい、おめぇがユースケか! おらに任せとけ、水のことならなんでもござれ!」
「頼もしいな……よし、まずは堰堤の位置決めからだ」
リュガの水魔法とジャッグの機動力、バンデンの土操作の協力を得て、俺は水を引き込むための導水計画を練り上げた。
「これで、南の丘から城を見下ろすことは不可能になる。さらに堀が満水になれば、直接突撃も封じられる」
夕暮れ、仮設の堰が水をせき止め、ゆっくりと導水路へと流れ込み始めた。
「流れた!」
歓声があがる。
「すげぇよユースケ! これで俺ら、ちょっと安心できるぜ」
「まだ第一段階だ。だが、悪くないスタートだ」
堀の水面に映る、再建中の竜王城。
その姿は、もはや単なる瓦礫の城ではなかった。