第五回 空翔る敵影望楼誘う 魔像飛揚し測量成ること
リリナの助言を受けて塔の建設地を決めた直後、偵察に出ていた魔族の斥候が慌ただしく戻ってきた。
「ユースケ殿! 西の空より、飛来せしは……天馬を駆る者、四騎!」
「……飛んでる? 敵か?」
「はい、間違いありません。勇者軍の偵察部隊かと」
ついに来たか──勇者側の行動が、現実味を帯びて迫ってきた。
「空から見られるとなると、壁の高さも意味がなくなる。防衛の設計思想から見直しだ」
俺はすぐに図面を手に、既存の設計案に赤線を入れていった。
「見通しを確保する望楼、あるいは見張り台が必要になる。塔の建設を急がないと……」
「ですが、ユースケ様。高所建築には精緻な測量が不可欠です。ですがこの世界には、現代の測量機器のようなものは……」
リリナの言葉に、俺は頷いた。
「そうだな……だが、空を飛べる者がいれば、三角測量はできる」
「はっ?」
「空中に目印を持たせて、三地点から観測すれば、距離も角度も割り出せる。現代でも山岳地の測量で使われてた方法だ」
「……まさか、我らに?」
「そう。ガーゴイルたちに頼もう」
その提案に、最初はざわつきが起きた。ガーゴイル族は誇り高く、単なる使い走りなど受け入れない性質だ。
だが俺は、塔の設計図と、彼らの滑空能力を活かした飛行ルート、作業工程を示して直接交渉に臨んだ。
「我らに、ただの飛行観測をさせると申すか」
「いや、君たちの飛行能力と空間認識力を活かした測量“技術者”として、正式に依頼したい」
ガーゴイルの長・カルネオは静かに俺を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。
「……その図面。美しいな。力を貸そう」
翌日から、空に舞うガーゴイルたちに、光の玉を持たせて一定間隔で浮遊させる。
リリナと俺はそれを地上から角度測定し、定規と分度器と計算で座標を確定していった。
「思ったより……ちゃんと行けるな」
「リリナ、あの光点の角度をもう一度──そう、そこ! よし、ここと、ここの交点が……塔の芯だ!」
魔物たちが見守る中、地面に杭が打たれ、墨縄が引かれていく。
この瞬間が好きだ。何もなかった空間に、線が生まれ、構造が立ち上がり始める瞬間。
ガーゴイルたちも、意外なほど熱心に協力してくれた。
「見よ、我らの飛行が、地に線を引いたぞ」
「なんだか……ちょっと誇らしいですね」
リリナが笑う。
魔族と人間。空と地。魔法と建築。
異なるものが一つになることで、かつてない城が形を成していく。
そして、その塔は勇者の目にどう映るのか──俺はまだ知らなかった。