第四十三回 影道に耳を澄ませて響きを探り 風声に紛れて敵を測ること
偽路の工事が一段落し、城内にもわずかな余裕が戻りはじめていた。
だが俺たちは油断しなかった。敵は姿を見せなくとも、どこかでこちらの出方を窺っている。そんな空気が、城の石壁にさえ染みついているようだった。
「音が、違う」
そう呟いたのは、モグラ族の老技師だった。
地下通路の最奥、壁に耳を当てたまま、じっと動かない。
「昨日までは……もっと土が乾いておった。いまは、何かが動いたあとのような、湿りの響きがある」
俺も耳を当ててみた。
確かに、地の奥から、かすかな響きがある。水ではない。だが、柔らかな空気の波が地中に揺らぎをもたらしているような──そんな気配だった。
「掘ってる……か?」
「あるいは、何かを埋めておるか。音の抜け方が妙です」
グリムリッチが地下図を広げ、周辺の通路と地層の関係を示した。
「この位置……人間界との旧交易坑道と重なります。封鎖されて久しいはずですが」
「向こうが、地下から探ってる可能性もあるな。奴ら、地の下も捨ててないってわけだ」
そこで、俺は“響き探り”の装置を試してみることにした。
現代で言うところの音波探査のようなもので、魔界では結晶石を使って微細な地鳴りを拾う道具が存在していた。
かつてゴーレムの巣を探すのに使われた古道具を、小鬼たちが修理してくれた。
「これを、地下の要所に埋める。動きがあれば、響きがずれる」
「敵が通ったかどうかは、足音よりも、壁の呼吸が先に教えてくれるというわけですね」
さらに、俺は風の抜け道──空気の流れを読むための“風道”も整えた。
穴を通る風の強さと温度差を測れば、どこかに新たな穴が開いたかどうかがわかる仕組みだ。
これは魔界の古い要塞建築でよく用いられた技術らしい。
「地下の目と耳、か。なかなか頼もしいじゃねえか」
俺はそう呟きながら、風穴に手をかざした。ほんのわずか、風向きが変わっていた。
やはり、何かが動いている。
俺たちはまだ戦っていない。
だが、音は語り、風は囁く。
その気配に、俺たちはじっと耳を澄ませていた。




