第三十六回 清泉の恵みを守らんとし 防人の壁を築かせしこと
神水の井戸が復活してから数日。
東区では清水を求める魔物たちが集まり、井戸の周辺には自然と人の流れができていた。
「こんなに人が集まると、狙われるぞ」
とグリムリッチは警鐘を鳴らした。
実際、森の彼方からこちらを伺う影が何度か目撃されている。
「水源を守る壁を築くぞ」
俺はそう宣言し、急ぎ設計に取りかかった。
防衛に特化しつつも、自然の流れを阻害せず、水脈に負担をかけない構造を目指す。
「土嚢を積んで、防水壁を兼ねた胸壁を作る」
土嚢――それは布袋に土を詰めて積み重ねる、簡素だが柔軟性のある防御材。
水圧を吸収し、土の流出も抑える優れた性質を持っている。
今回は、
・ゴーレムが掘った湿地の粘土質の土
・乾いた火山灰のような魔砂
・硬化性のある魔草の繊維
これらを混合して「魔界式土嚢」を作成した。
また、その基礎には「版築」を用いた。
版築とは、土を型枠に詰め、叩いて締め固めて層を作っていく古来の工法である。
俺の世界では中国や日本で城壁に使われた。
材料は土・砂利・石灰などだが、今回はそれに耐久魔法を帯びた骨粉を加えることで強化。
「土で守るってのはな、ただ盛るんじゃねえ。生きてる土を、固めて、層にして、守る意思を刻むんだ」
ゴーレムたちは無言で黙々と土を運び、木槌で叩き続ける。
リズムは鈍重だが、確実。
だがその夜、建設中の南西の角で異変が起こった。
地面が突然陥没し、積み上げた土嚢が崩落した。
「地中空洞!?……いや、これは……旧時代のトンネル跡か」
俺とリリナ、数名のガーゴイルで現場を確認すると、崩れた穴の奥に、
ひときわ異質な存在がうごめいていた。
それは土と苔と骨をまとった古の魔物――名をムルグラという。
「水……水を、穢すな……我、護りし者なり……」
朽ちた声で呻くその姿に、ガーゴイルたちが構えるも、俺は止めた。
「こいつ……護ってるんだ、ずっと、この水源を」
リリナが一歩前に出て、語りかける。
「私たちは水を汚しません。井戸を蘇らせ、多くの者を救いました」
ムルグラはしばし沈黙した後、土の壁にゆっくりと溶けていった。
「ならば、我、眠りながら、目を光らせん……この壁の下にて」
翌朝、魔物たちの間では“井戸の守り神が戻った”と噂された。
土嚢と版築の混合壁は完成し、清水を囲う柔らかな曲線の輪となった。
その姿は防壁というより、誰かの手で慈しむように水源を包み込む腕のようでもあった。
グリムリッチが言った。
「頼もしい。これぞ、護りの構え」
ユースケは空を見上げ、静かに呟いた。
「守るってのは、壊すんじゃなくて、重ねること、だな」
水を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。




