第三十四回 斥候の足音忍び寄りて 森の門に封を施せしこと
森の奥に、ひと筋の影が忍び寄っていた。
それは獣でもなく、魔でもなく、研ぎ澄まされた気配をひた隠す斥候の歩みだった。
竜王城の周囲には、数百年前の栄光を物語るように複数の門があった。南門、西門、かつて物流に使われていた水門、そして密林に面した「森門」――長らく使われていないその門は、建築図面にも記されず、監視の目も届かぬままだった。
俺――高山祐介がそれに気づいたのは、城壁の外郭整備に取りかかったときだった。
「リリナ、この地図、森門の記載がない。だけど実際には、ここに構造物の痕跡がある」
「……確かに。年代的に、封印前のものかもしれません」
リリナは記録を洗い直し、グリムリッチは密林の奥へ偵察に出た。俺は門の封鎖設計を進めることにした。だが、ちょうどその矢先だった。
「不審者発見、森門周辺にて」
駆け戻ってきたグリムリッチが腕に抱えていたのは、小柄な鼠型の魔物だった。草の汁が染みた袋を背負い、盗人のような目で周囲をうかがっていたが、捕らえられて観念した様子だった。
「ち、違うんだ。ただ、草の実を……その、食料に……」
「嘘ではないようですね」とリリナが囁いた。
グリムリッチも、視線を鋭く落とすだけで、すぐには処罰しようとはしなかった。
「斥候か、密猟者か。だが、動きは見事だった。この者、利用価値がある」
そしてその場で告げられた。
「陛下の地を守る“目”となるか、それとも闇に葬られるか――選ぶがよい」
鼠型の魔物は、歯を震わせながらも、うなずいた。
かくして、森門の封鎖はただの塞ぎではなく、「潜入に対する防諜」として生まれ変わった。
俺は監視機構と結びつけた偽装門の設計を進める一方、グリムリッチはその魔物に密林の巡察術を教え込み、昼夜交代で見張る体制を構築した。
「封じるってのは、ただ閉じるんじゃない。見張りを立てて、敵の気配を嗅ぎつける“感覚”に変えるんだ」
俺のつぶやきに、グリムリッチが鼻で笑った。
「まさしく、築く者の発想よな。ならば朕は、これを“森の眼”と名付けよう」
森門は封じられた。だがそれは閉塞ではなく、視界の拡張だった。
密林の入り口に、新たな「目」が生まれた。




