第二十三回 魔獣、牙を研ぐ夜 訓練場を築きしこと
「ユースケ殿、お願いがある」
夜更け、城の外縁で待っていたのは、巨体を鎧のような鱗で覆った戦闘獣族のベスガルだった。普段は物静かな彼が、自ら頭を下げてきたのは珍しい。
「戦士たちの訓練場を造っていただきたい」
理由を聞けば、近く再び勇者側のパーティが偵察も兼ねて襲来するという報せが入ったらしい。モンスターたちは個々に強いが、連携不足と訓練不足が否めない。鍛錬の場が必要なのだ。
「ただ……問題がある」
リリナが苦笑いしながら言う。「この城の戦士たちは、体格も戦法もバラバラ。スライムもいれば飛行型もいる。全員に合う訓練施設って、あるのかしら」
実際、設計を始めてすぐに壁にぶつかった。訓練用スペースの規格化ができない上、魔力の暴走事故も発生した。試作区画で火を吹いた竜型魔獣が壁を焼き、周囲のスケルトン兵が巻き込まれたのだ。
「これじゃあ、鍛錬より再建の方が早いぞ」
「……いや、それなら工場と同じだ」
俺は設計図の前で腕を組んだまま、しばし考え込んだ。
(闘技場のような一極集中型では、飛行型と地上型が衝突する。かといって個別に分けすぎれば、管理や修繕が煩雑になる。そもそも魔力を使う訓練と肉体訓練では、必要な素材や安全距離も違う。こりゃあ、下手に施設を建てても、事故が増えるだけだ……)
ふと、工場のライン設計を思い出した。現代でも、危険物を扱う工程や巨大機械のエリアは、安全区画や動線を分けていた。魔物たちの多様性は、人間社会の多様な業種に近い。
「……そうか、用途ごとに分けるんだ」
俺は思案の末、動線を細かく分けたゾーン構成を提案した。地上には重装型や飛行型の走行ルート。地下には魔力演習区。中央には訓練塔を据え、観測と指導が同時にできるようにした。
「加えて、安全区画に防炎・遮断の魔術素材を張る。光の角度は夜でも作業できるよう、“星灯”の副灯を組み込む」
モグラ族が地面を掘り、ゴーレムたちが資材を運び、スライムは地面の整地を請け負った。やがて、多種多様な魔物がそれぞれの特性を生かして鍛え合える複合訓練場が姿を現す。
完成後、ベスガルが無骨な口調で言った。
「……これなら、勇者が来ても、俺たちは逃げずに済む」
俺は首を横に振った。
「逃げなくていいように、でも、無駄に傷つかないように。訓練ってのは、そのためにあるんだ」
夜の星灯に照らされ、魔獣たちは静かに武器を構えていた。
こうして、竜王城に“牙磨きの園”と呼ばれる訓練施設が誕生したのだった。