第二十一回 古塔の鐘を改修せしに 音なき祠に響き戻りしこと
塔の上に設けられた古びた鐘楼。魔界祭のときにも使われるはずだったその鐘が、音を失ったまま放置されていた。
「この鐘、鳴らないのか?」
俺がそう尋ねると、傍らにいた魔族の老書記フィロンが答えた。
「ええ。竜王陛下が封じられる以前、最後に鳴らされて以来、沈黙しております。叩いても、何の音も返らぬのです」
見ると、鐘は鈍く曇り、表面には細かいひびが走っていた。鐘の材質は魔鉱鉄――魔力の変動に弱い金属で、封印の波動に巻き込まれて音の伝導性を失った可能性があった。
俺は図面を起こし直し、鐘そのものを再鋳造する案を立てる。しかし、同じ材質では再び音を失う危険がある。
そこで目をつけたのが、かつて雷晶石を採取した谷にある、風鳴岩という共鳴性に優れた鉱石だった。
「問題は輸送だな。あそこは風が強くて道が険しい……」
そのとき、塔の上から顔を出したのはガーゴイル族の斥候、レアードだった。
「ユースケ、俺たちに運ばせろよ。あの岩場は空からの方が早い」
こうしてガーゴイルの輸送隊とモグラ族の採掘班が合同で動き、無事に風鳴岩を竜王城に持ち帰ることができた――かに思えた。
だが、途中で問題が起きた。風鳴岩の共鳴性は非常に高く、空輸の最中、風の音を拾って微振動を起こし、それがガーゴイルたちの飛行に悪影響を与えたのだ。
「ユースケ、荷がうねって制御が効かねぇ!落とすぞ!」
緊急で着陸した地点は、森の奥に棲む音魔族の縄張りだった。彼らは音に敏感で、突如響いた岩の共鳴音に激昂し、輸送隊を囲んだ。
「ここは静域、騒音、許されぬ」
口数少なく睨む音魔族の長老に、俺は図面と礼を携え直接赴いた。
「騒がせたのは謝る。だがこの鐘が鳴らなければ、城は時間を失う。お前たちにも影響が出るだろう?」
俺は丁寧に事の経緯を話し、音魔族の協力を取り付ける。彼らは風鳴岩に静音の魔封印を施し、以降の輸送を可能にした。
鐘の鋳造には、フローラン族の炎花と呼ばれる植物の種が必要だった。これは高温でゆっくり燃える性質があり、鋳造に魔力の波動を混ぜず、穏やかな焼き入れができる。
「よし、型入れだ。息を合わせてくれ!」
モグラ族の職工たちとともに作業に取り掛かり、新たな鐘は数日後に完成した。
吊るされた鐘は、竜王城の塔の頂に再び据えられた。試しに叩くと――
「ゴォォォォン……」
深く、どこか懐かしい響きが城の奥まで染み渡った。
「音、戻りましたな……」
フィロンが目元をぬぐいながら言った。
その日から、正午と日没には鐘の音が鳴らされるようになった。魔物たちはそれを合図に働きを整え、城の中には不思議と規律が芽生え始めた。
そして、誰ともなくこう呼び始めた。
「再び竜王の時を刻む鐘」と。