第二回 荒城に測図を敷き 魔軍の力に指示飛ぶこと
竜王城の修復を命じられた俺──高山祐介、ユースケは、まず目の前にある問題に向き合うことにした。
「現場調査」だ。どんな工事でも、現地の状況を知らずに計画は立てられない。
だが、現代日本の現場とは違い、この世界には図面もない。測量機器もない。ドローンどころか巻尺すら怪しい。頼れるのは俺の記憶と、目と、地元の協力者だけだ。
「南西の塔は基礎から沈んでるな……こっちは地盤がゆるいか。こっちの堀跡は、かつて水を引いてたようだが、今は枯れてる……」
手元の羊皮紙にスケッチを描いていく。見取り図、断面図、寸法表──すべて手書き。目測。まるで江戸時代の普請方に戻った気分だ。
「おい人間、何をぶつぶつ言ってやがる」
声をかけてきたのは、筋骨隆々の鬼族。赤銅色の肌に、ぶ厚い腕。名前はグロズ。俺を信用していないらしい。
「図面描いてんだよ。頭じゃ覚えきれねえからな」
「それで、このボロ城が直るってのかよ」
「直すだけじゃねえ。敵の軍勢を防ぐ防衛拠点に造り直す」
「……ほう」
鼻で笑うような表情。しかしグロズの背後から、別の魔物──ゴブリンの技師、バンデンが顔を出した。
「隊長。こいつの言うこと、間違っちゃいませんぜ。こいつ、なかなかモノを知ってる」
「バンデン、お前は土の魔法が使えるんだったな。ここの地盤、掘って見てもらえないか?」
「お安いご用で」
バンデンの魔法で地下を調査し、俺はそれを元に基礎設計の草案を描く。
建材の搬入経路、資材置き場の配置、安全な動線、視線の確保。限られた資源と人員で、最適な導線を設計しなければならない。
「おいユースケ、魔物たちが指示待ってるぜ!」
「よし! 資材置き場は西側、斜面に瓦礫を捨てて、東門の足元を掘り下げて整地しろ! グロズ、お前は石材の検品を頼む!」
現場に号令をかけると、魔物たちは一瞬たじろぎながらも動き始めた。
最初は疑心暗鬼だった彼らも、次第に作業の理にかなっていることに気づき、徐々に指示を受け入れていく。
それでも中には、黙っていられない者もいた。
「陛下、あの人間にすべて任せてよいのですか?」
玉座に向かって言葉を投げたのはグリムリッチ。痩せた骸骨のような魔術師で、どうやら参謀役らしい。
竜王は静かに、だが重々しく答えた。
「ユースケの声は、朕の声と心得よ」
その一言が、すべてだった。
荒れ果てた竜王城の瓦礫の中に、少しずつ秩序が生まれていく。
それは築城の第一歩。図面の上ではなく、命と石と信頼で組み上げていく、命がけの普請だった。