第十九回 獣路にひそむ影を追い 動く橋を設けしこと
「この吊り橋、通るたびに命が縮まる思いでしてな……」
そう訴えてきたのは、竜王軍の輸送担当を務めるケルベロス三兄弟の長男だった。三つの頭で口々に不満を並べる姿は圧がすごいが、言い分はもっともだ。
北東の谷に掛かる古吊り橋は老朽化が激しく、最近では運搬隊が何者かに襲われるという事件まで起きていた。
「じゃあ、可動式の橋に作り替えるか。攻められた時に引き上げられる構造にして、安全性も上げる」
俺は現代の跳ね橋と落とし橋の原理を応用し、橋の中央を軸にして上下に動く仕組みを提案した。
ガーゴイルたちが空から梁を吊り下ろし、ゴーレムが滑車付きの土台を設置する。橋の完成も見えてきた頃、ふたたび輸送隊が襲われた。
「橋の問題じゃねえ。谷そのものに何かいる」
調査に赴いた俺たちは、谷底の岩陰に奇妙な粘液の痕跡を発見。それはカモフラージュ能力を持つ“迷彩スライム”の仕業だった。
「我らが静かに棲んでいた谷に、鉄と声が満ちた……」
スライムたちは攻撃的な存在ではなく、縄張りを荒らされたことに困惑していただけだった。
俺は提案する。
「橋の下に、お前ら専用の通気トンネルを掘る。そこを棲み処にして、上は俺たちが使う。どうだ?」
スライムたちはぬるりと同意した。トンネルには湿度を保つための排気孔を設け、壁には苔を培養する素材を塗布。結果として、上下階層型の“共存橋”が完成した。
「いやー、揺れないっていいっスね!」
「引き上げ機構もバッチリだな」
「谷底にまた住民が増えたとは……これで夜道も安心かのう」
橋の完成に、三兄弟も笑顔だった。もちろん、三つとも。
ユースケの橋は、今日も谷を越え、声なき住民と共に支え合っている。