第十八回 寒壁に籠る風を誘い 温室を築きしこと
「ユースケさん、もしや温室というものをご存じではありませんか?」
声をかけてきたのは、植物系モンスターの一族、フローランの族長である老木のような姿のエルダー・パインだった。
「この季節、我らの苗木がどうにも育たなくてな……風が冷たい上に陽も乏しく、魔界農園の収量が減っておるのだ」
たしかに、竜王城の北側に広がる作物エリアは、斜面と崖の影に囲まれ、冷風の吹き溜まりになっている。
「現代技術なら……ビニールハウス、いや簡易温室でいけるかもしれん」
とはいえ、ガラスもビニールもないこの世界で、代替素材の選定が必要だった。俺は魔界スライムの分泌膜と火山地帯の硝石を混ぜた透明ジェルパネルを開発。これで太陽熱を取り込み、温室内部の温度を保つ仕組みを考案した。
建築は順調に進んだが、完成直前、風の精霊たちが怒り出した。どうやら温室の設置で冷気の流れが変わり、彼らの棲み処が乱されたらしい。
「このままだと、また嵐を呼びかねません!」
ミラが警告する中、俺は温室の一部を開閉可能な換気構造に変更し、精霊たちの流れを遮らない設計を急いだ。
「人間の都合だけじゃ、うまくいかねえってわけだな」
完成した温室の中で、新芽がふたたび青く光りはじめた。
「ありがたきこと。この小さき芽が、いつか魔界を潤す木になるやもしれぬ」
パインの言葉に、俺は軽く肩をすくめた。
「それなら、骨組みの強化と水やり設備も、追加で考えておくか」
ユースケの手がけた“暖かな箱庭”は、魔界にほのかな春を運んできたのだった。