第十七回 石壁の裏に潜む声 封じられし井戸を改修せしこと
「ユースケ殿、古井戸の調査をお願いできませぬか?」
リリナに呼び出され、案内されたのは城の裏手にある石垣の影。かつて使われていたという古井戸が、長らく放置されていたらしい。
「最近、井戸の近くから妙な音が聞こえると報告がありまして……」
実際に足を運ぶと、苔むした井戸の縁から、ひんやりとした空気とともに、微かに呻くような低い音が聞こえてきた。
「……気味が悪いな。まずは安全確認からだ」
俺はゴブリン隊に周辺の瓦礫撤去を命じ、井戸内部の構造を調査した。結果、底にはかつての貯水槽とは別に、奥へと続く横穴が存在することが判明する。
「水道施設……というより、これは何かを封じた構造に近いな」
竜王城の古文書を調べた結果、どうやらこの井戸は、数百年前に“声を喰らう悪しき精”を封じた場所であったらしい。
「なんでそんなもんの上に城建ててんだよ……」
封印はまだ効力を保っていたが、老朽化した構造によって一部が緩んでいる。俺は現代の止水壁技術を応用し、封印構造そのものを再設計することにした。
だが、作業を進める中で問題が発生する。井戸の奥、封印壁の一部が崩落し、作業員の一人が姿を消した。
「隊長! 中から声が聞こえるっス!」
響くのは、人間の言葉にも似た、しかし理解不能な囁き声。
「退避!全員地上へ戻れ!」
すぐさま現場を封鎖し、ミラに浄化の光魔法を依頼。俺はゴーレムと共に新たな封印壁の構築を急いだ。
封印の仕上げには、竜王陛下自らが立ち会った。
「かつての我が世に蠢いていた“声の魔”よ……朕の城に騒音は不要なり」
陛下の魔力とミラの光が融合し、封印は完成した。やがて呻き声は消え、井戸は再び静寂に包まれた。
後日、俺は井戸の上に防護柵と封印標を設け、簡易の貯水塔として再活用する案を提出。魔物たちも「怖いけど便利だな」と半ば納得していた。
「こういうのは、無理に蓋をするより、上手く使うのが一番だ」
俺の呟きに、リリナが「それって封印じゃなくて利活用ですよね」と笑った。
悪しき声の井戸は、今も静かに、魔界の水を湛えている。