第十五回 湿地に沈む道を憂い 堤と蓮に救われしこと
南の湿地帯は、魔力の流れが狂い、常にぬかるみが広がっている厄介な地だった。人も獣も足を取られ、運搬中の物資が幾度も泥に沈んだ。
「このままじゃ、道路整備どころか、通行すらままならん」
俺は何度目かの視察の末、湿地を横断するルートの見直しを決断した。
「完全な舗装は無理だ。だったら浮かせる。土台ごと、水面から浮かせてしまうんだ」
提案したのは“浮き桟橋”のような構造だった。基礎に軽石と浮力石を用い、地盤の上に直接荷重をかけない設計。さらに湿地の一部に流れ込む小川をせき止め、水位を調整する簡易堤を築くことで、安定性を得る。
この堤の建設には、水魔の一種・ヒュドラの末裔「ミズチ」が協力を申し出てきた。
「ワシの川は、かつてこのあたり一帯を潤しておった。……使うなら丁寧に扱えよ」
陽気で口うるさいが、どこか憎めないミズチの助力により、湿地全体の水脈整理が進む。
「ユースケ、こっちの蓮根も使えるかもしれないぞ」
ミラが提案してきたのは、蓮の根を絡ませて地面を補強する“植物基礎”のアイデアだった。
「なるほど、根が地中を這えば、柔らかい地盤も安定する……」
魔界の植物は成長が早く、半月で足場が組み上がった。そこに軽石構造を組み合わせることで、ぬかるみを越える道が完成しつつあった。
だが、問題はそこからだった。
「……舗装しすぎると、逆に敵が侵入しやすくなるんじゃないか?」
リザードマンの警戒の声に、俺もはっとする。
この湿地は、もともと天然の防壁だった。
それを越えやすく整備してしまえば、防御上の弱点にもなりかねない。
「じゃあどうする? 荷運びはしたいが、敵も通れる道じゃ意味がない」
俺たちは頭を抱えた末、対策を加えることにした。
「橋の途中に“沈み杭”を仕込もう。こちらが仕掛けを外せば、すぐに崩落させられる構造にしておく」
ゴーレムの手で密かに埋め込まれる可動式の支柱。いざという時、道を崩して敵の進軍を阻む仕掛けだ。
さらに、湿地内には意図的に道を分かりにくくする“偽の分岐”を数本設けた。
敵が侵入しても迷路のように誘導され、本命ルートには辿り着きにくい。
「……なんかこう、土木っていうより、罠師みたいな気分だな」
俺のつぶやきに、ゴーレムが無言でうなずいた(ように見えた)。
完成した堤と浮橋は、通行の難所を一変させた。
「湿地越えられるようになったぞー!」
「ミズチさま万歳ー!」
モンスターたちの歓声が、ぬかるみに染み渡るように響いた。
だが同時に、橋の裏側には“戦いの罠”もまた、静かに仕込まれていた。
「さて……次はどこが問題かな」
俺は地図を広げながら、次なる依頼を待った。