第十二回 白霧に道消えしを憂い 少女、地図に挑むこと
朝も昼も夜も、城の谷を満たす霧が晴れぬ日が続いていた。物資を積んだトロッコは時折脱線し、兵士たちは持ち場に辿り着けず、指揮系統が乱れることさえあった。
「このままでは、戦どころではないぞ!」「誰だ、あの地図を描いたのは!」
責任を追及されたのは、竜王軍の記録係であり、補佐官でもある少女・ミラだった。
「私が描きました。でも、今の霧は……予想を超えていて……」
萎縮しながらも反論するミラの声に、俺は背を押した。
「だったら、描き直せばいい。な? 今ある地図が使えないなら、作り直すしかない」
俺、高山祐介――魔界に突如召喚された建築技術者であり、今や竜王城の普請奉行。現代日本からの知見と、魔界の素材・能力を掛け合わせて、この崩れかけの竜王城を立て直すのが使命だ。
「でも、霧の中でどうやって……?」「測量ってのは、見えない場所を“知ってる場所”から探っていくもんなんだ。コンパスが効かなくても、基準点さえ作れりゃ地図は描ける」
俺は簡単な三角測量と導線法の理屈を紙に書いて見せた。ミラは大きな瞳を見開いて、目の前の可能性に気づいたようだった。
「……私、やってみます!」
数日後。ミラは作業服に身を包み、ラダックたち――地中に潜るモグラ族の魔物たちとともに山の中に分け入っていた。彼らは地響きと空気の流れを感じ取る特殊な感覚を持っており、霧の中でも一定の進路を辿ることができる。
「この岩の向こう、地形が落ち込んでます。注意!」
「こっちは水の流れが強い。ここに橋をかけるのは……無しだな」
ミラは彼らの報告をもとに、手描きのスケッチをどんどん更新していく。一度、落石に巻き込まれかけたこともあったが、ラダックがとっさに土塊をせり上げて防いだ。
そして三日目の午後。彼女は一本の古びた柱を発見した。表面に刻まれた数字と線――それは旧魔王朝の測量標、かつてこの地が統治されていた時代の基準点だった。
「この位置がずれてるってことは……」
ミラは自らのスケッチと照らし合わせ、湿地と思われていた区域がかつては高台だったことに気づく。そこならば、霧の影響を最小限に抑え、補給路の起点にも防衛陣地にもできる。
数日後。ミラの手によって描き直された“霧地図”は、城内の軍議で高く評価された。
「この東の斜面、地形図で見ると堅牢だな」「補給所をこの高台に置けば、安全に往来できる」
竜王も玉座から地図を覗きこみ、重々しくうなずいた。
「よくやった。地図は軍の目なり。汝、手柄とするに足る」
「はっ、ありがとうございます……!」
ミラは背筋を伸ばし、言葉を噛みしめるように応じた。
俺は隣で地図を覗きながら、ぽつりとつぶやく。
「これでお前も、“竜王軍地理局”の初代局長だな」
「……ユースケ、からかわないでくださいっ!」
顔を真っ赤にして抗議する彼女の横で、ラダックが「局長〜」と小声で茶化す。
俺は地図の右下、まだ白紙の空間を見つめた。この白紙が埋まるころ、きっと次の仕事が見えてくる。
竜王の城を取り巻く大地には、まだまだ秘密と可能性が眠っている――そんな気がしてならなかった。