第十一回 巨兵にて空へと挑み 吊り上げし梁を掛くること
「……足場が足りねぇ」
グロズが現場を見上げながら唸った。塔の建設が進み、いよいよ上層の梁を組む段階に入ったが、地上からの作業ではどうにも限界がある。
「高所作業ができねぇとなると、空飛ぶやつか……」
「ガーゴイル族に頼るしかないな」
俺はそう判断し、さっそくガーゴイルの族長・クラヴァに協力を要請した。
「上空での安定性が問題だ。風に煽られれば、吊った材が暴れて落下の危険がある」
「我らに任せよ。風の流れと気圧は肌で読む」
空を飛ぶ種族ならではの感覚と経験。それを活かせる場面が、ようやく訪れた。
一方で、重量物の吊り上げにはガーゴイルの飛行力だけでは不十分だった。そこで登場したのが、俺が設計した簡易クレーン装置だ。
「ゴーレムの筋力を滑車と歯車で変換して、荷重をコントロールする……」
だが、ここで問題が起きた。
「……持ち上がらねえ。重さに耐えられねえのか?」
初期型クレーンの負荷試験で、ゴーレムの出力不足が判明した。
「どうやら、もっと強力なエネルギーが必要らしい」
グロズが思い出したように言った。
「南の断崖地帯にな、“雷晶石”ってのがある。魔力の変換効率が高くて、動力源に使えんじゃねえかって話だ」
「よし、採掘に行こう。雷晶石を手に入れて、ゴーレムを強化する」
こうして、俺とグロズ、それに小柄だが機動力に優れたモグラ族のラダックたちとともに、険しい断崖へ向かった。
雷晶石の採掘は困難を極めた。断崖地帯は常に濃霧に包まれ、足場はぬかるみ、魔物の影もちらついていた。強い磁場のせいでコンパスも魔導測量具も狂い、方向感覚が奪われる。
それでもモグラ族のラダックたちは地中の微細な振動や土の匂いを頼りに鉱脈を見極め、瞬く間に掘り進んだ。彼らの嗅覚と指先の感覚は驚異的だった。
「こっちだ、匂う。雷晶石の匂いがするぞ!」
グロズが岩盤を砕くと、淡く青白い輝きを放つ鉱石が姿を現した。採掘の間、魔力の逆流で爆ぜる石片や落石にも悩まされたが、ラダックたちは機敏に身をかわし、連携して危険を排除した。
三日かけて、ようやく必要な量の鉱石を採り終えた。あの過酷な崖の景色が、まるで戦場のように目に焼きついている。
「こいつで、ゴーレムの心臓部を入れ替える……魔導変換炉に雷晶石を据えて……」
戻った俺は徹夜で改修作業を進め、強化型ゴーレムを完成させた。名付けて“クレーンユニットType-R(雷)”。
「動力、よし。制御、よし。じゃあ、いくぞ!」
ゴーレムが唸りを上げ、梁材がゆっくりと浮かび上がる。
「よし、そのまま……少し右……クラヴァ、固定してくれ!」
「了解、固定完了!」
パシン、と音を立てて梁が組まれた。拍手が起こる。俺は汗を拭って深く息を吐いた。
「よし、次の分いこう」
ガーゴイルとゴーレム。空を舞い、静かに材を運ぶガーゴイルたちが、正確な位置に梁を滑り込ませると、地上では巨大なゴーレムが無言のままクレーン装置の歯車を操作し、絶妙なタイミングで荷重を調整した。風と重力、空と地をまたぐこの共同作業は、言葉少なな彼らの沈黙の信頼によって支えられていた。まるで長年の戦友のように、視線と呼吸だけで連携が成立していた。
クラヴァが珍しく笑った。
「空に浮かぶ梁……まるで、我らの翼の延長のようだ」
「それでいい。この城は、お前たちの誇りにもなるんだ」
こうして、竜王城の塔は一層高くなった。
俺たちはそれを“空の梁”と呼んだ。