第十回 軟体の民訴えを上げ 滑りし道に砂利敷くこと
「ユースケーッ! 滑るぅぅぅぅッ!」
悲鳴とも笑い声ともつかぬ叫びとともに、目の前を青い塊がすべっていった。ぬらぬらと地面に広がるその正体は、竜王城内に住むスライム族の一人、チュルだった。
「またか……」
俺はため息をつきながら、手にしていた設計図を置いてチュルに駆け寄った。
「だ、だってユースケ、ここの石畳、雨ふるとツルッツルなんだもん……ぬめぬめ族には命がけだよ」
たしかに、魔王城の廊下や中庭はすでに石で舗装を進めていたが、スライム族のような軟体種にとっては、滑りやすさが死活問題になるらしい。
「ここを通らないルートもあるだろう?」
「あるけど、台所に行くのにいちいちぐるっと回るのはつらいんだよぉ……」
「なるほど。これはスライム族のための“バリアフリー”ってやつか」
俺はうなずいた。
「対策は簡単だ。石畳の表面加工に工夫を入れよう。あと、水はけの悪い箇所には砂利を追加敷設する」
「砂利ってなに?」
「小石を砕いたものだ。水を通すし、踏んでも沈まない。適度に摩擦もある」
さっそく俺は、バンデンに頼んで砕石用の岩場を教えてもらい、スライム族と協力して“滑りやすいゾーン”を洗い出していった。
「ユースケー、ここが一番よく滑るよー!」
「ここは通路の傾斜も強いな。よし、溝を掘って排水もしよう」
グロズの部隊が砂利を搬入し、俺の指示で地面を整えていく。
「ユースケ、これで俺たちもすべらないで通れるよ!」
嬉しそうに跳ねるチュルの姿に、俺もつい笑みを漏らした。
「これからも、どんな魔物にも優しい道をつくっていこうぜ」
「うん! ぬめぬめたち代表として、感謝するよーっ!」
こうして、竜王城に“軟体族向け耐滑舗装ゾーン”が新設された。
誰もが安心して歩ける道。それもまた、砦の大切な一部なのだ。