【第七話】陽のあたる村で
季節は初夏へと移り、【リーヴェン】の空には柔らかな風が吹いていた。
魔物の襲撃からしばらくが経ち、村にはようやく静けさが戻ってきた。
しかしその静けさは、単なる沈黙ではなく、人々が日々の営みを取り戻しつつある“息吹”に満ちていた。
「おーい、そっちはまだ梁が傾いてるぞ!」
朝の陽光の中、カイは丸太を肩に担ぎながら、家の再建作業を手伝っていた。
村の北端にある、老夫婦の家は魔物の襲撃時に屋根が半壊しており、今まさに修復の真っ最中だった。
「さすがだねぇ、カイ。あんたの腕があれば、大工も食っていけそうだ!」
「ふふっ、それは勘弁してくれ。剣なら振れても、釘打ちは苦手だ」
老職人のジョークに笑いながら、カイは汗をぬぐう。
騎士としての鍛えられた肉体は、こうした作業にも十二分に役立っていた。
昼になると、広場では子どもたちが走り回り、大人たちは炊き出しをしていた。
「おじさーん! ほら、見て見て! この前のお守り、まだちゃんと持ってるよ!」
ミリィが胸元の布袋を振って見せる。
それはカイが洞窟に向かう前、彼女に渡した手作りの魔除けだった。
「ああ、それは大事にしとけ。……今度はもう少し丈夫なの作ってやるよ」
「ほんと!?」
「本当だ」
満面の笑顔に、カイもつい顔をほころばせる。
この村に流れる時間は、まるで騎士団にいた頃の喧騒が嘘だったかのように穏やかだった。
午後には、畑の再整備を手伝った。
村の畑は一部が踏み荒らされていたが、今ではもう、鍬を握る村人たちの手で着実に回復していた。
「カイさん、この苗、ちゃんと間隔あけて植えたほうがいいですかね?」
「そうだな、広めに取ったほうがいい。前に城下で学んだ技術だが、水はけがよくなるそうだ」
若者に頼られ、教える立場になるというのは、不思議な気持ちだった。
かつて部下に指示を飛ばしていた頃とは違う。そこにあるのは命令ではなく、信頼に基づいた助言だった。
夕方、作業が一段落すると、リーヴェンの小高い丘に人が集まっていた。
そこでは村の若者たちが、壊れた風車を修理していたのだ。
カイも興味を持ち、ふらりと近づく。
「ほう、ずいぶんと本格的にやってるな」
「ええ、実は王都にいた従兄弟が図面を送ってくれて。新しい風の取り込み口をつけるんですよ」
どこか誇らしげに語る若者の横顔に、カイは嬉しくなった。
ここにはもう、ただ守られるだけの村人はいない。
未来に向かって、自分たちの手で歩こうとする意思がある。
その夜、カイは再び縁側で空を見上げていた。
空には、星が静かにまたたいていた。
村の屋根が立ち並び、風に揺れる麦畑が月明かりに照らされる。
「……悪くない、な」
過去の傷は、まだ癒えていない。 だがこの地で、こうして人々と笑い合える日が来るとは、思ってもみなかった。
そのとき、どこからか小さな声が聞こえた。
「おじさん、明日も手伝ってくれる?」
振り返れば、ミリィが膝を抱えてちょこんと座っていた。
「もちろんだ」
そう答えると、少女はほっとして笑い、月を見上げた。
だが、彼らの知らぬところで。
リーヴェンの近隣、古き森の奥地では、不穏な魔の気配が密かに蠢いていた。
それはまるで、大地の下から滲み出す“古き呪い”のようであり、 誰かの意志を帯びた“第二の目覚め”の兆しであった。




