表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/20

【第六話】穏やかな日と、忍び寄る影

 あの戦いから、三日が経った。

 辺境の村【リーヴェン】では、穏やかな陽射しの下、人々が日常を取り戻しつつあった。

 森に再び鳥の声が戻り、村の井戸には子どもたちの笑い声が響く。

 だがその裏で、一部の大人たちは静かに、しかし確実に“変化”を感じ取っていた。


 カイ・レオンハルトは、自宅の縁側に腰を下ろしていた。

 洗い晒しの白シャツに麻のズボンという村人らしい装いで、肩にはまだ包帯が巻かれている。


 「……痛みはもう、ほとんどないな」


 傷の回復は順調だった。

 何より、村の薬師たちが協力してくれたことが大きかった。


 「おじさん、リンゴ食べる?」


 声をかけてきたのは、ミリィだった。

 魔物が襲いかかった際に彼が助けた少女であり、今ではすっかり懐いてしまっている。


 「お、いい匂いだな。お前が剥いたのか?」


 「うん! ほら、これ、一番きれいにできたやつ!」


 そう言って差し出されたリンゴの皮は、少しガタガタだったが、確かに心がこもっていた。

 カイはそれを一口かじる。


 「……うまい」


 ミリィが笑顔になる。

 カイも、どこか照れくさそうに微笑んだ。


 昼過ぎ――

 村の中央にある集会所では、村の鍛冶師・バロックが、カイが持ち帰った魔物の素材を調べていた。


 「ふむ……これは、やっぱり普通の魔物じゃねえな。鋼の外殻も、魔石の構造も、人工的な加工痕がある」


 「加工痕……? 自然に生まれたものじゃないと?」


 「ああ。普通の魔物ってのは、進化や突然変異はしても“作られる”ことはねぇ。だけど、これは……誰かが意図的に強化したとしか思えねぇ」


 バロックは分厚い指で、魔石の表面を指した。

 そこには淡く残った、魔術刻印のような模様。


 「それに、この刻印……どっかで見た気がするんだが、思い出せねぇ。だが、こんな技術、今の王都でもお目にかかれねえ代物だ」


 カイは静かに目を伏せた。

 あの戦いの中で感じた“視線”、そして儀式の痕跡。


 「……封印が解かれ、魔物が解放された。それを“誰か”が見ていた。そして、その誰かは――おそらく、それを望んでいた」


 カイの呟きに、バロックも表情を険しくする。


 「このまま黙ってるわけにはいかねぇな。村の連中には……どう伝える?」


 「必要以上に不安を煽るつもりはない。ただ、これが偶然じゃないことは伝えておこう」


 その日の夜、村の広場ではささやかな宴が開かれていた。

 カイの勝利と、村を守った功績を讃えるためだった。

 子どもたちが歌い、老婆たちが笛を吹く。

 素朴な祭りだったが、そこには確かな喜びと安堵があった。


 「カイ! あんたの剣、まだまだ鈍っちゃいないな!」


 「助かったよ、本当に……うちの息子も、お前がいなけりゃ……」


 酒を勧められ、肩を叩かれ、何人もの村人たちが声をかけてきた。

 カイはそのたびに、少し照れたように笑いながらも一つ一つ言葉を返していった。

 昔、騎士団の中で賞賛を浴びても、こんな温かさはなかった。

 そこには戦功や勲章ではなく、“信頼”と“感謝”があった。


 祭りの終わり際、ミリィがカイの横に座った。


 「ねえ、おじさん。これからも、ずっとここにいてくれる?」


 「……ああ。少なくとも、すぐにどこかへ行くことはない」


 「よかった!」


 満面の笑顔。 その表情を見て、カイは改めて誓った。

 ――もう、守れなかったとは言わせない。


 だがその頃――

 遥か遠く、王都とは異なる南方の山岳地帯。 黒衣の人物が、古い石造りの遺跡に立っていた。

 月明かりの下、石碑に手をかざす。 そしてその口が、かすかに呟いた。


 「《第壱封印、解除確認。対象:鋼鬼、消滅》」


 淡く光る石碑に、新たな紋章が浮かび上がる。

 その紋章は、かつてカイが所属していた――王国騎士団の紋章に酷似していた。


 「予定より早い……だが問題はない。次は――“あの男”の真価を試す番だ」


 そして、影は霧のように消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ