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【第四話】鋼鬼との激戦

洞窟の空気が揺れた。 重く、濁った咆哮。魔力が圧のように降りかかる。

 現れたのは、巨躯の魔物。 鋼のような外殻に覆われ、体表から黒い靄が噴き出している。 【鋼鬼こうき】――本来は中級以上の魔術により封じられる、極めて危険な存在。


 「こんなものが、どうしてここに……」


 剣を構えたカイ・レオンハルトは、魔物の異様な威圧に眉をひそめた。 騎士団時代でも、これほどの魔力を持つ魔物には滅多に遭遇しなかった。 それだけに、目の前の“それ”は明らかに異常だった。


 【鋼鬼】が動いた。地を砕く勢いで、前脚を振り上げる。 その一撃を、カイは地を滑って回避する。


 「速い……!」


 巨体に見合わぬ俊敏な動き。 逃げた直後、背後で岩壁が砕け、破片が飛び散る。

 カイは即座に反撃に転じた。 跳躍し、鋼鬼の右肩部に剣を振り下ろす。

 金属音――しかし、刃は弾かれた。


 「……外殻が、硬すぎる!?」


 鋼の殻は想像以上に分厚く、刃が通らない。 再度、鋼鬼が尾を振り上げ、カイを薙ぎ払おうとする。 寸前で身を捻り、洞窟の柱に跳び移る。


 「昔のようには……いかんか」


 息が乱れていることに、自分で気づく。 心拍が上がり、右腕に鈍い痛み。 若き日のように、無尽蔵の力が湧いてくることはない。

 だが、それでも――


 「……退く気はない」


 剣を強く握り直す。


 鋼鬼の目が赤く光る。 口から放たれた黒い熱線が、床を抉って一直線に走る。 その一撃は封印の台座さえも焦がした。


 「ッ……!」


 カイは辛うじて跳びのき、左肩をかすめた熱が皮膚を焼く。 呻きながらも姿勢を立て直し、すぐさま駆け込んで距離を詰める。


 「通らぬなら、貫くまで――!」


 全体重を乗せた突き。 狙ったのは、腹部の継ぎ目。鋼板と鋼板の隙間。

 刃が、わずかに食い込む。

 だが、その瞬間――


 「……ッ!?」


 背筋に、氷のような冷たい感覚。

 “誰かに、見られている”。

 戦場にはカイと魔物しかいない。 だが、それでも確かに感じる。 どこか――高みから、あるいはこの世界の“外側”から。

 視線は温度すら持たぬ、静かな“観察”。 まるで……試されているような。


 気を取られた隙に、鋼鬼の尾が迫る。

 「……くそッ!」


 カイは防御の姿勢を取るも、吹き飛ばされる。 岩壁に叩きつけられ、口から血がにじむ。


 「ッ……まだ、だ」


 それでも立ち上がる。 肩で息をしながらも、剣を構え直す。

 “見られている”。 だがそれ以上に、今はこの村と、自分の決意を守らねばならない。


 鋼鬼が再び吼えた。 洞窟全体が震え、天井から石が落ち始める。 視界が揺れる。だがカイの視線は一瞬たりとも外さない。


 「……来いよ。今度は外さない」


 疲弊し、傷つき、それでもなお立ち上がる“元最強の騎士”。 その瞳には、微かに――かつての覇気が戻りつつあった


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