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【第三話】封じられし場所

森が、静かだった。 いつもの小鳥のさえずりも、木々を揺らす風の音もない。音という音が、まるで何かに押し潰されたように消えていた。


 「……気味が悪いな」


 カイ・レオンハルトは、草を踏む足音だけを響かせながら森を進んでいた。 ここは、村の北に広がる【黒詠の森】。そしてその奥に、人知れず口を開ける洞窟があった。

 外観はただの岩壁に開いた自然の穴――どこにでもある、ありふれた洞窟。 だが、漂う空気だけは違った。重く、淀み、魔の気配を孕んでいる。


 洞窟に辿り着くまでの間にも、何度か魔物が襲いかかってきた。

 突如飛びかかってきた魔獣に対し、カイは反応する。


 「そこか……!」


 剣閃が一閃。 【断裂】の斬撃が宙を裂き、魔獣の喉元を切り裂いた。

 続いて姿を現したもう一体の魔物も、カイの剣筋を見た途端に怯えを見せるが――逃げ場はない。


 「遅い」


 カイは無言で詰め寄り、鋭く剣を振るう。血飛沫とともに沈黙が訪れる。


 洞窟の入口に立つ。 カイは足を止め、目を細めた。


 「ただの……洞窟、だな。だが……」

 中から流れてくる瘴気は確かに異常だった。

 カイは剣を抜いたまま、慎重に足を踏み入れた。


 内部は岩肌むき出しの、ごく普通の洞窟だった。 最初はただの自然洞窟で、湿った空気と滴る水音だけが耳に届く。

 だが、奥へ進むごとに、空気が重くなっていく。 壁の苔が黒ずみ、足元の石がところどころ焼け焦げている。

 やがて、洞窟の奥で急に空間が開けた。


 そこに広がっていたのは――明らかに人工的な空間だった。

 天井をくり抜いたような広間。 円を描くように並ぶ巨大な石柱。 中央には砕けた台座と、焦げた魔方陣の残骸。


 「これは……」


 カイはゆっくりと近づき、足元の文様に指先を這わせる。


 「……封印跡。しかも古代式……」


 周囲には、魔力を流すための溝、祭具の破片、焦げ跡。 これは間違いなく、何かを“解放するため”に行われた儀式の痕跡だった。


 「誰かが、意図的に……これを解いたのか?」


 背筋を冷たいものが這う。 まるで“何か”が、この地で目覚めたとでも言うかのように。


 そのときだった。


 「グオォォォォォ……!!」


 地鳴りのような咆哮。洞窟の最奥、闇の中から現れたのは――

 全長三メートルを超える異形の魔物だった。

 その巨体は鋼のような外殻に覆われ、背には禍々しく脈打つ魔石の瘤。 その体表からは黒い靄が漏れ、周囲の空気を濁らせている。

 カイは一歩前に出て、剣を構える。


 「……やはり、ここで何かが目覚めたか」


 剣の重みが腕に伝わる。 過去の記憶が蘇る。かつての戦場、守れなかった者の顔――

 だが、今はもう迷わない。

 この村のために、自分の剣を振るうと決めたのだから。


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