【第二話】眠れる獅子の決意
夜が明けようとしていた。
昨夜、村を襲った魔物は一体ではなかった。森の奥から現れた異形の魔物たちが、村の外れにまで迫っていた。
それを――たった一人で迎え撃つ影があった。
「数は……三体か。いいだろう、まとめて来い」
黒鉄の剣が月明かりを反射する。カイ・レオンハルトは、かつての戦場で培った殺気を取り戻していた。
魔物たちは、吠えるような叫びを上げながら突進してくる。
だがその動きは、かつて騎士団筆頭を務めた彼にとっては遅すぎた。
一体目の巨体に踏み込むと、カイは低く構え――
「【重刃――崩牙】!」
地を這うように斬撃が放たれ、魔物の前脚ごと身体を真っ二つに切り裂く。
二体目が横から襲いかかるも、すでに剣は逆手に持ち替えられ、脇腹から喉元へ一直線に貫かれる。
最後の一体は、仲間の死に怯えて後退した。
カイはため息混じりに一歩進む。
「悪いが、お前を逃すわけにはいかない」
剣が唸る。風を裂く音のあと、魔物は動かなくなった。
静寂。
血の臭いと焼けた木の匂いが夜明けの空気に混ざっていた。
カイは剣を地面に突き立て、空を見上げた。
「……まだ、俺の剣は鈍っていないらしいな」
夜が完全に明け、村には少しずつ落ち着きが戻ってきていた。
村長の小屋には、村の有力者たちとカイが集められていた。
普段は口数も少なく、村のことに無関心だったカイの姿を、皆が訝しげに見つめている。
村長が口を開く。
「カイ殿……今朝方も、村の外れで魔物を討伐してくれたと聞いた。本当に、感謝の言葉もない」
カイは静かに頷くだけだった。
「だが、今回の件は明らかに異常だ。あのような魔物が、この辺りに自然発生するとは考えにくい。……おそらく、何かしらの“元凶”が近くにある」
商人の男が言葉を続ける。
「村の北にある【黒詠の洞窟】……あそこじゃないかと言われてる。昔から忌み地とされ、封印もされていたが……何かが目覚めたのかもしれん」
その場に、重い空気が流れる。
しばらくの沈黙のあと――カイが言った。
「俺が、行く」
誰もが驚いた。
今まで村の会合にも出てこなかった男が、積極的に“調査”を申し出るなど、想像もしなかったのだ。
「な、なぜそこまで?」
村長が問う。
カイは、わずかに目を伏せてから答えた。
「放っておけば、村はまた襲われる。……今度は、誰も守れないかもしれない。俺はもう騎士じゃない。だが、この手はまだ剣を振れる。なら、やるべきことは決まっている」
その言葉に、誰も反論できなかった。
村長はゆっくりと頷いた。
「……分かった。お前に託そう。だが、決して一人で無理はするな。今の村には、お前が必要だ」
「気をつける」
カイは立ち上がり、剣を背に背負った。
眠れる獅子は、完全に目を覚ました。
過去に縛られながらも、再び“守るため”に動き出す。
その先に待つのは、ただの魔物ではない―― 世界の闇、その端緒に、彼はすでに足を踏み入れていた。




