第十九話 過去と現在、試される意志
【リーヴェンの異変】
朝靄に包まれた辺境の村、リーヴェン。
村の畑で作業をしていた老人が、異様な気配にふと顔を上げる。
「……また、来たのか」
森の奥から漂う、肌に粘りつくような瘴気。
それは、前の襲撃とは明らかに異なる「濃さ」を持っていた。
「村長! 森の東側で魔物の影を見たという報告が!」
若い村の警備隊員が、息を切らしながら走ってくる。
「……今はまだ、様子を見る。だが、警戒は最大限に高めておけ。
カイ殿がいない今、我々で持ちこたえねばならん」
村人たちの間に、うっすらとした緊張が走る。
リーヴェンには、すでに“守られていた”という安心感が根付いていた。
それが崩れつつある今、彼らの意志こそが村を支える支柱となる。
【騎士団の影】
一方、そのリーヴェンを目指し進軍する部隊があった。
先頭に立つのは、第二師団副団長――リリア・ミレーナ。
「……あと半日で到着する。各隊、油断するな」
整然とした指揮。その中で彼女の瞳は、冷静な光を湛えていた。
だがその胸の奥には、揺るぎない決意と、かすかな期待が同居していた。
(本当に、そこにいるの……カイ?)
かつて、彼女が心から信頼し、心を寄せた男。
何も告げずに騎士団を去ったあの日から、時は過ぎた。
だが、彼女の中でその存在は一度も消え去ったことはなかった。
――そして今、その道が再び交差しようとしている。
【修行の頂】
山深くにある剣聖ゲルトの庵。
朝日が差し込む中、カイは一人、岩壁を背に座していた。
(“あの技”……俺の全てだった。だが、今の俺に振るう資格は――)
拳を握る。血がにじむほどに。
剣士としての誇り、騎士としての誓い、すべてを込めて振るっていたかつての“あの技”。
だが、力を失い、己の迷いを抱えた今では、振るうことすらできなかった。
「今日で最後だ。お前の覚悟を、見せてみろ」
背後からゲルトの声が届く。
振り返れば、老剣聖は静かに剣を構えていた。まるでそれが、試練の門のように。
「……お願いします」
カイはゆっくりと立ち上がり、剣を抜く。
かつての感覚を思い出す。己の意志を込める。
剣の呼吸。剣の流れ。剣の“心”。
「――“蒼雷一閃”」
空気が、裂けた。
一瞬、光の筋が走り、ゲルトの太刀がそれを受け止める。
「……まだ粗い。だが、“芯”は戻った」
ゲルトはゆっくりと剣を納めた。
カイの全身は汗と血で濡れ、足元はふらついていたが、瞳には確かな炎が戻っていた。
「これで……少しは戻ったか」
「技だけでは駄目だ。心も鍛え直せ。あの技は、お前の“信念”そのものだ」
【迫る闇】
そして――同じ頃、王都の最深部。
仮面の男は、再び謁見の間でひざまずいていた。
「剣聖の庵にて、“彼”は再びあの技を振るいました」
「ほう……そうか。ならば、そろそろ“こちら”も準備を進めよう。彼を……使えるうちに」
上座にいるのは、陰にまみれた男。
その正体は未だ明かされないまま、だが明らかに王国の“核”へと繋がる存在。
「カイ・レオンハルト……お前はまだ、選ばれた剣を捨てきれていないのだな」
その言葉は、嘲りか、それとも期待か――
仮面の男は静かに立ち去り、闇の中へと消えていった。
【交差する運命】
日が傾き始める頃、リリアの部隊はリーヴェンの目前に差し掛かっていた。
その瞳に映る、かつての静かで穏やかな村の輪郭。
だが彼女は知る由もない。その村が、再び嵐の中心へと巻き込まれていくことを。
一方、カイは空を見上げていた。
ゆっくりと拳を握りしめ、呟く。
「――もう、逃げない」
その目に宿る決意は、かつて王国を背負っていた頃よりもずっと強く、深かった。