【第十三話】黒焔の記憶、動き出す王国
リーヴェンの村に朝日が差し込む頃、カイ・レオンハルトはひとり、村の外れの丘に立っていた。 そこからは、かつて魔物が現れた森と、その向こうに広がる王国の影が見える。
「……風向きが変わるな」
空を仰ぎ、カイは呟く。
この数年、忘れたくても忘れられなかった“王国での出来事”――その記憶が、再び現実と交差し始めていた。
【王都ルディエル 王立騎士団・作戦室】
荘厳な大理石の間に、重厚な鎧の男たちが並ぶ。 中央には、かつてカイが所属していた〈王立騎士団〉の指揮官――エルヴァイン団長が座していた。
「……魔物の殲滅を確認。しかし、“核”は何者かに奪われたとの報告。 そして、その場に“カイ・レオンハルト”の存在があった……そうだな?」
騎士のひとりが答える。
「はい。現地に派遣した観測部隊が、断片的な情報を持ち帰っております」
エルヴァインは目を細める。
「……奴が動いたか。生き延びていた以上、いずれこの火種は再び燃え上がると覚悟していたが――」
彼の視線が、壁にかけられた一枚の古びた地図へ向かう。地図の一角、赤く囲まれた場所には、かつての事件――“黒焔の叛乱”の痕跡が記されていた。
【回想:十年前 王都地下研究区画】
焼け爛れた石壁。崩壊した魔導器。その中心に、真紅の目を光らせた“何か”が蠢いていた。
その日、王国の機密研究区画で何かが“生まれた”。 ある者はそれを「神の代行」と呼び、ある者は「災厄」と恐れた。
カイ・レオンハルトは、騎士団の命を受けてそこにいた。
「お前らは……王国のためなんて言いながら、こんなモノを……!」
彼が目にしたのは、命を代償に造られた生体兵器、忌まわしき“核融合魔生体”。
その完成直前に暴走を起こし、研究員たちを喰らいながら暴走した存在。
その暴走を止めたのが、カイだった。
命を懸けて“それ”を断ち切った――はずだった。
その戦いの中で、彼は“守るはずだった者”を失った。そして、王国の中枢にある隠された研究と、騎士団の欺瞞を知ってしまった。
【現在:リーヴェンの村】
「……あの魔物の様子、まさかあの時の」
カイは焚き火の前に腰を下ろし、治療を終えた腕に包帯を巻き直しながら呟いた。あのとき、自分が断ち切ったはずの“力”。それが今、別の魔物の中で“再生”されているのだとしたら――
背後から、村の長老が静かに近づく。
「カイ。あんたが過去に何を背負っているのかは知らん。だが、今この村を守ってくれているのは、あんたの剣だ。それで十分だと思っておるよ」
カイは微かに笑った。
「……ありがたい言葉だ。だが、それじゃ済まないこともある」
----そこはまるではるか上空から世界を覗き込んでいるかのようだった。部屋というには外界との隔たりがなく、ただ空が広がっているだけのような…
そのような場所に魔物の核仮面の者
魔物の核を手にした仮面の者は、再び“上位の存在”の前に跪いていた。その者は、金属の仮面ではなく、透き通るような“無の面”を付けていた。ただ、不思議なことにその素顔は見ることが出来ない。
「……カイ・レオンハルト。 過去に黒焔の叛乱を鎮めた“元騎士”。力は健在、精神面にいくらかの揺らぎあり。 現状、計画の進行において想定外の因子となる可能性が高い」
上位の存在は言葉を返さず、手のひらをかざす。
魔物の核が、青白い光を放ちながら砕け、中から“記録された記憶”が浮かび上がる。
そこには、カイが魔物を斬り伏せる瞬間、仲間をかばい血を流す姿が記されていた。
「……やはり、彼の“本質”はまだ残っている。 だがそれが、計画にとって希望か、脅威かは……まだ定まらぬ」
無の面の者は、静かに立ち上がる。
「カイ・レオンハルト――君が再び“剣を抜いた”意味を、いずれ問うことになるだろう」
王国の闇が、再び地上に滲み出し始める。 そしてその渦中に、否応なくカイは引き込まれていく――