【第十二話】報告と囁き、忍び寄る影
森の戦場には、ようやく静寂が戻っていた。
崩れ落ちた魔物の骸は黒く干からび、土に染み込むように魔力を失っていく。
その中心に立つカイ・レオンハルトの肩は、すでに上下に大きく波打っていた。
「……っ、く……」
左腕の裂傷は深く、腹部にも打撃の痕が残っている。さすがのカイでも、魔物との激闘とその後の急襲で受けたダメージは少なくなかった。
「カイさん!」
慌てて駆け寄ってきたのは、共に戦った若き冒険者のひとり――レイナだった。
その背後には、他のメンバーも傷を負いながらも駆けつけてくる。
「大丈夫か!」「傷が……!」
カイは軽く手を振った。
「死んじゃいない。……だが、ちょっとばかし縫わないとまずいな」
その軽口とは裏腹に、血の気の引いた顔色と足取りの重さが、彼の状態を物語っていた。
レイナが慌てて薬草と包帯を取り出し、傷の応急処置を始める。
「痛み止め、効くといいんだけど……!」
「……ありがとな」
小さく礼を言いながら、カイはあの仮面の存在のことを思い出していた。
「……カイさん。さっきの……あの黒いローブの奴、一体……?」
仲間の一人が恐る恐る尋ねる。
カイはしばし沈黙し、わずかに顔をしかめた。
「……わからん。ただ、俺たちを“見ていた”のは確かにあいつだ」
「何のために……? 核を持ち去っていったけど、あれって――」
「……魔物の核は、ただの素材じゃない。記録、力、そして“指示”すら残っていることがある。 あれを回収するということは、目的が“戦いの観察”だった可能性もある」
言いながら、カイの瞳はわずかに鋭くなった。
「……あいつは、俺を知っていた。どこでかは知らないが……な」
帰路は長く、負傷した体には堪えるものだったが、仲間たちが肩を貸し合いながら、なんとかリーヴェンの村へ戻った。
村は夕焼けに包まれ、煙が立ち上るかまどの匂いと子どもたちの笑い声が、迎えてくれる。
少女が駆け寄ってくる。
「カイおじさん! 帰ってきたの!?」
「おぅ。ただいま……ちょっと、こけてな」
カイは軽く笑いながら、子どもの頭を撫でる。 その柔らかな笑みに、周囲の村人たちも安心したように頷いた。
村の長が歩み寄ってきて、そっとカイに囁く。
「……あの目だな、カイ。かつて、あんたがまだ騎士だった頃に見せていた目だ。 また何かが始まろうとしているのか?」
カイは、しばし空を見上げた。
「……始まってしまったのかもしれないな」
一方その頃。
黒の仮面の人物は、暗く静かな石造りの礼拝堂のような場所に膝をついていた。
背後には魔物の核が安置され、淡く脈打っている。
玉座のような高台に座するのは、仮面の者すら膝を折る“上位の存在”――その正体はまだ見えない。
ただ、重苦しい威圧感だけが辺りを支配していた。
仮面の者が、低く報告する。
「……カイ・レオンハルト。予想より遥かに、力を保っております。 騎士としての縛りを捨てた今なお、“核”を断ち切れる刃を持っていました」
その言葉に、上位の者はわずかに指を動かした。
「……ふむ」
声は男か女かすら判然としない、深く歪んだ響きだった。
「ならば……“あの計画”にも、いよいよ介入してくるかもしれぬな」
仮面の者は核を差し出し、深々と頭を下げる。
「次の段階へ……?」
「そうだ。舞台は整う。カイ・レオンハルト――“過去の王国の影”を知る者。 彼の動きは、我々にとっても無視できぬ因子だ」
その言葉の意味は、まだ謎に包まれている。
だが、確実に歯車は音を立てて回り始めていた。




