【第十一話】残された意志、現れた影
血のように濃い魔力が、あたり一帯を包み込む。
カイ・レオンハルトと魔物の死闘は、もはや限界を超えた持久戦へと突入していた。
剣の一閃、肉を裂く音、吹き荒れる風圧と破壊音。それらすべてが戦場の鼓動のように、絶え間なく響き続けている。
魔物は肉体の限界を超えてなお、執念のように動いていた。
だが、カイの太刀筋はそれを上回る。
「……どうした、もう終わりか?」
カイの声は冷静だった。しかしその瞳には、鋼の意志が宿っている。
何十回と交錯した攻防の果てに、魔物の呼吸は荒れ、動きにも狂いが出始めていた。
――そして、その時。
魔物の身体が、突如として震え始めた。
「……?」
異様な気配を察知し、カイが身構える。
魔物の皮膚が割れ、内部から魔力が漏れ出していく。
それは爆発的なエネルギーの膨張――まるで、自らを魔力の塊として解き放とうとするような動きだった。
「自爆……!」
敵は悟ったのだ。この“剣士”には勝てない。逃げることも叶わない。ならばせめて、相手を道連れに――
「……させるかよッ!」
カイが地を蹴った。
傷ついた身体に鞭を打ち、残された力をすべて刃に注ぐ。
「――《風穿・断影》!」
一陣の風が、空気ごと空間を裂いた。
高速で放たれた斬撃が、魔物の中心核へと一直線に到達する。
そして――
ズバァァァァン――!
咆哮も悲鳴も、爆発もなかった。
ただ静かに、魔物は崩れ落ちた。
カイの一撃は、自爆の起動すら許さず、完全にその命を絶ったのだ。
静寂が訪れる。
森の中に、ようやく風が戻ってくる。
カイは息を吐き、剣をゆっくりと下ろした。
そして、魔物の中心部――薄く光を放つ“核”に目を向けた。
それは、魔力の結晶体。強大な魔物の力の源であり、調査にも価値あるものだった。
だが。
その時だった。
サァァァ……
風が一瞬、止まった。
そして、闇の中から“それ”は現れた。
黒いローブを纏い、仮面をつけた何者かが、まるで空間をすり抜けるようにして、音もなくカイの前へと姿を現した。
「……!」
剣を構えるカイ。
だがその者は、敵意を向けるでもなく、ただ魔物の核へと手を伸ばす。
「貴様……何者だ?」
問いに、仮面の者は答えなかった。
代わりに、核を回収し、静かに一言を落とす。
「……かつての焔は消えたと思っていたが、まだ燻っていたか」
不意に、カイの中に何かがざわついた。
(……こいつか。あのとき、俺を“視ていた”のは――)
以前、戦いの最中に感じた“視線”。あの時のそれと、今のこの仮面の者から放たれる気配は、間違いなく同じだった。
「貴様、俺を……知っているのか?」
その問いに、仮面の者は言葉を返さなかった。
ただひとつ、意味深な笑みを浮かべるような沈黙だけを残し――
スッ……
彼は、闇の中へと消えていった。
その場に残されたのは、魔物の死骸と、微かに震える大地だけ。
だがカイは、ただの戦いでは終わらぬ気配を、確かに感じ取っていた。
「……何が始まっている」
呟く声が、森の静けさに溶けていく。
夜が深まり始めるなか、確かな“影”が背後に広がりつつあった。