【第十話】その剣、誰がために振るうか
咆哮が空を裂き、重低音が森を揺らす。
魔物の身体は、いまや獣というよりも“災厄”と呼ぶにふさわしい姿へと変貌していた。
霧のような魔力が濃密に立ちこめ、空間そのものが濁るように歪んでいる。
カイ・レオンハルトは、剣を構えてその前に立ち続けていた。
刃と爪、力と力がぶつかり合い、戦場の空気は剣圧と衝撃波で乱れに乱れる。
魔物の攻撃は熾烈で、鋭く、重い。
だが――カイも一歩も退かなかった。
「……ちっ、しぶといな」
その額に汗がにじみ、呼吸も少しずつ荒くなる。
互いに幾度も斬り結び、引き、睨み合い、そして再びぶつかる。一瞬の油断が命取りになるような、まさしく“死合い”だった。
そのときだった。
魔物が急に姿勢を低くし、視線を変える。伸びるように腕を引き、狙いを――後方の仲間へと向けた。
「……!?」
アレンだった。
動きが読めなかった。いや、“速すぎて”反応できない。
黒い腕が稲妻のように伸び、アレンを貫こうとする。
「アレン、伏せろッ!!」
叫びが響いたと同時に、銀の閃光が走った。
それは――カイの身体だった。
剣を放り、瞬時に飛び込んだ彼の身体が、アレンと魔物の腕の間に割って入る。
ズッ……!!
鋭い爪が、カイの肩口から背へと深々と抉る。
血が噴き出した。
だが、彼は叫ばなかった。
その瞳は、ただ目の前の仲間を見ていた。
「くっ……! カ、カイさんっ!!」
アレンの顔が青ざめる。だが、そんな彼に――
カイは、にこりと笑った。
「……無事か。なら、いい」
その口調は静かで、どこか優しささえ宿していた。
鬼気迫るように、命を捨てるかのような盾となった直後だというのに。
それでも、守るべき者が生きていることが、彼にとって何よりも価値あることだった。
そして。
カイは立ち上がる。
その目に再び、剣を持つ者の光が宿る。
「もう二度と……誰も、奪わせない」
その呟きと共に、カイは魔物へと猛然と駆けた。
剣を拾い、傷ついた身体を引きずるようにして。
――だがその動きは、なお速く、鋭く、迷いがない。
魔物の腕を斬り落とし、再生する前に胴を貫き、膝を叩き折る。
“後方の仲間を巻き込ませない”ように、攻撃のすべてを前方に集中させる剣術。
自分一人が前線に立ち、全てを引き受ける覚悟の刃。
その執念に、魔物すら後退した。
「吠えろよ……化け物。お前の相手は俺だ」
血に濡れた剣を構え直し、カイ・レオンハルトは魔物を睨む。
その背にいる仲間たちを、一切通させぬように。
空は暗くなりつつあった。
夕暮れの陰が森を包み、戦場の空気はさらに冷たさを増す。
だが戦いは、終わらない。
まだ、決着はつかない――