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サクラと僕~君がいた、あの夏~  作者: 相田ゆき


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5-一人じゃない日々

「けんにいちゃーん!」


朝の空気を切り裂くような声が、川沿いに響いた。


賢が「にいちゃんはやめろ」と何度言っても、良二はまったく気にしていない。

むしろ、その呼び方を気に入っているようだった。


「今日はね、網、ふたつ持ってきた!」


「……なんで」


「昨日、けんにいちゃんがカブトムシとる言いよったじゃろ?」


「……言ってないけど」


「言いよったもん。顔が言いよった」


賢はあきれたようにため息をつきながらも、笑いをこらえた。


本当に、うるさいやつだ――

でも、悪くない。


最初は面倒だったはずのこの少年との時間が、いつの間にか、自然と日常に溶け込んでいた。


    *


良二は、驚くほどよく喋った。


川のカニがどこに潜んでいるか、誰それのおばあちゃんが作る梅干しがどれだけしょっぱいか、夜の神社の奥には絶対に何かがいるとかいないとか――


賢が相槌を打とうが打つまいが、そんなことはおかまいなしに、言葉が滝のようにあふれてくる。


でも、たまにふと黙ることがあった。

それはたいてい、サクラが姿を現すときだった。


ある日、川辺でふたり並んで腰を下ろしていると、サクラが音もなく姿を見せた。


「……あ、白ねこさんだ」


「知ってるのか?」


「うん。ときどき見るよ。前におばあちゃんが“この子は長生きしてる猫だねぇ”って言ってた」


「長生き、か……」


サクラは、良二にも賢にも同じ距離感で接した。

寄り添うわけでも、逃げるわけでもなく、ただそこにいる。


それが、なぜか心強かった。


「この子、名前あるの?」


「……サクラ」


「さくら?」


「桜の木の下で出会ったから」


「ふーん……似合うねぇ」


良二がぽつりと言ったそのひと言に、賢は少し驚いた。


からかうでもなく、茶化すでもなく、ただまっすぐにそう言ったその目が、不思議と印象に残った。


    *


 ――夏祭りの日。


村の小さな神社には、色とりどりの提灯がぶら下がり、太鼓の音が山にこだましていた。


賢は人混みが苦手だったが、良二が「絶対来てよ!」としつこく誘ってきたので、しぶしぶ浴衣を借りて足を運んだ。


「けんにいちゃん、似合ってるよ。あ、でも髪がボサボサだから、直してあげる」


「いじるな」


良二は、金魚すくいで一匹も取れなかったくせに、「でも、気持ちはとれたけぇ、ええんじゃ」と真顔で言った。


賢はつい、吹き出してしまった。


「……お前って、ほんと変なやつ」


(いなげ)なやつって言ったー!」


「あーあ、良二に狙われて、かわいそうな金魚たち」


「くっそー、じゃあ今度、もっとでっかい金魚すくっちゃる!」


提灯の灯りが、良二の顔を柔らかく照らしていた。

その笑顔は、どこかまぶしくて、少し切なくもあった。


この時間が、永遠に続けばいい――

そう思う自分がいることに、賢は気づいていた。



 ――数日後。


ふたりは、サクラと一緒に川辺の桜の木の下にいた。


「けんにいちゃんは、また学校行くの?」


良二が突然そう訊いてきたとき、賢は答えに詰まった。


「……さあ。わかんない」


「そっか。でも、行けるときが来たら、行ってもええ思うよ」


「……お前に何がわかるんだよ」


「わからんけど。けんにいちゃん、ちゃんと怒ったり笑うたりするけぇ、大丈夫思うただけじゃ」


良二の声は、驚くほど静かだった。


いつもより少しだけ背伸びしたような言葉に、賢は何も言えなくなった。


そのとき、サクラがふと立ち上がり、ゆっくりとふたりの間に入って座った。


「サクラも、そう思う?」


サクラは答えない。けれど、その瞳が、まるで優しく頷いているように見えた。


「……ありがとう」


賢は、ぽつりとそう言った。

言葉にしたのは、きっと初めてだった。


誰かに感謝するなんて、ずっと遠ざけてきた感情だったはずなのに――

今は、自然と口をついて出た。


風が、草の海を撫でていく。


夏はまだ終わっていない。


けれど、サクラのその瞳の輝きのなかに、なにかを予感させるような、かすかな影が落ち始めていた。



 


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