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サクラと僕~君がいた、あの夏~  作者: 相田ゆき


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4/5

4-小さな足音

 ―――その日は、少し風が強かった。


サクラは珍しく姿を見せず、賢は川辺の桜の木の下で、ひとりぼんやりと石を投げていた。

川の流れが、ざらざらと音を立てながら通り過ぎていく。


静かな時間。けれど、どこか物足りない。


そんなことを考えていたとき――背後から、草を踏む音がした。


「……にいちゃん、何しよるの?」


突然の声に振り向くと、そこに立っていたのは、小さな男の子だった。

麦わら帽子の下から、大きな目がこちらをのぞいている。


歳は……小学校低学年くらいだろうか。

素足にサンダル、少し泥のついた半ズボン。右手には虫取り網を持っていた。


「……見てわかんない? ぼーっとしてた」


賢は少しぶっきらぼうに答えた。

相手が子どもだとしても、話しかけられること自体にまだ慣れていなかった。


でも男の子は気にした様子もなく、隣にちょこんと腰を下ろした。


「そっか。じゃあ、ぼくもぼーっとする」


「勝手にすれば」


「うん」


まるで会話が成立しているようでしていないような、不思議な間が流れる。


しばらくして、男の子がぽつりと呟いた。


「にいちゃん、よそから来た人じゃろ」


「……なんでわかる」


「村の人、おおかた顔知っとるもん。

あと、そのシャツ、ちいとかっこええ。こっちじゃ売っとらんやつ」


確かに、母が買ってくれたTシャツは都心の店で買ったものだった。

どうでもいいと思っていたが、村の子どもにしてみれば目立つのかもしれない。


「……観察力あるな」


「うん、ぼく、探偵じゃけぇの」


「探偵?」


「うん。カブトムシと、秘密と、へんな音を見つける名人」


「最後の“へんな音”ってなに」


「……夜に聞こえるやつ。たぶん、おばけ」


冗談なのか本気なのか、わからない。

けれどそのまっすぐな目と、くしゃっと笑う顔が、少しだけ胸に引っかかった。


「名前は?」


良二(りょうじ)


「……賢」


「けんにいちゃん?」


「“にいちゃん”はやめろ」


「けんにいちゃん、川でカニとったことあるけ?」


「……ない」


「じゃあ、教えてあげるけぇ!」


その瞬間、良二の顔がぱっと輝いた。


その笑顔は、まるで光のようだった。

警戒心も壁もなく、ただ無邪気にこちらを信じてくるその様子に、賢はどうしていいかわからなくなる。


「今度、虫とりも行こう! ぼく、すげぇ秘密の木、知ってるけぇ」


「……勝手に誘うな」


そう言いながらも、賢は気づいていた。

自分が少しだけ、――ほんの少しだけ、口元をゆるめていたことに。


良二はまっすぐで、うるさくて、元気すぎるほど元気だった。

でも、不思議と嫌ではなかった。


ふと、サクラの姿がない今日という日に、代わりに現れたのがこの少年だということが、なにかの巡り合わせのようにも思えた。


「じゃあ、また明日ここに来るけぇの!」


良二は虫取り網を肩にかけて、軽い足取りで土手を駆け上がっていった。

その背中を、賢はしばらく見送っていた。


風が吹いて、川面がきらりと光る。


静けさが戻ったその場所で、賢はひとりつぶやいた。


「……ほんとに、うるさいやつだな」


でもその声には、少しだけ笑みが混じっていた。

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