表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サクラと僕~君がいた、あの夏~  作者: 相田ゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

2-サクラとの出会い

 ――――次の日も、その次の日も、賢は何もする気が起きなかった。


祖母は何も言わなかった。

ただ、朝になればごはんを用意し、昼にはおむすびと麦茶を出し、夕方には夕顔の咲く庭に水を撒いていた。夜になれば、焼き魚などの質素ながらも、品数の多い夕飯を作ってくれた。


賢が座敷でぼんやりと本を読んでいても、スマホで動画を眺めていても、何も言わずにただそこにいてくれた。


三日目の午後、ふと風に誘われるようにして、賢は外へ出た。


村の空気は驚くほど澄んでいて、空が広かった。

遠くの田んぼでは、小さなカエルがぴょんと跳ねるたび、葉の影が揺れた。


そのときだった。


「……ニャ-」


かすかに聞こえた、鳴き声。

賢は思わず足を止め、あたりを見回した。


その声は、すぐ先の川辺から聞こえてきた。


坂道を下り、桜の木が一本だけ生えている土手の近くまで来たとき――そこに、白い猫がいた。


左耳に小さな欠けがある。


まっすぐこちらを見つめる金色の瞳。

けれど、逃げる素振りはない。


「……猫?」


賢は思わずそうつぶやいた。


猫は一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。

警戒する様子もなく、ただ静かに、まるで飼い主に会ったように、歩いてきた。


「……おいで」


しゃがみ込みながら手を差し出すと、猫はまた小さくニャ-と鳴いて、その手のひらに鼻先を寄せた。


――――温かい。


それだけで、賢の胸の奥に、何かがじんわりと広がっていった。


久しく感じていなかったもの――たぶん、「安心」というやつだ。


「……君、名前、あるの?」


猫は答えなかったが、そっと目を細めた。

その仕草がまるで、「あるよ」とでも言っているかのようだった。


賢は、ふと桜の木を見上げた。葉のあいだから、夏の陽がちらちらと差し込んでいた。

その木の下に座り込む白い猫は、まるで花の精のように見えた。


「じゃあ……サクラ、でいいかな」


猫は、まるで納得したかのように、小さく尻尾をふった。


その日から、賢はほぼ毎日、サクラに会いに桜の木の下へ通うようになった。


不思議なことに、どこかに行ってしまう日はあっても、数日後にはまた現れる。


鳴き声も少なく、すぐに膝に乗るような猫ではない。けれど、サクラはいつもそばにいた。

風に揺れる草の音の中、サクラの白い毛が陽に透けて光っていた。


「お前は、なんで俺なんかのとこに来たんだ?」


ある日、ぽつりと賢がつぶやいたとき、サクラはふっと顔を上げて、じっと賢を見つめた。


まるで――「お前()()()、じゃないよ」と、伝えようとしているかのように。


賢は目をそらして、笑った。

声にならない、久しぶりの、ほんの少しだけ苦くて優しい笑いだった。


その夜、祖母が縁側でぽつりと言った。


「賢、ちいと顔がやわおうなったのぉ。サクラさんのおかげかのぉ」


「え……?」


「川の桜の下で遊んどる白猫じゃろ? あの子は、昔から時々、ふらっと現れるんじゃ。不思議と、人が寂しいときに、よう現れるんじゃ」


「……おばあちゃんも?」


祖母はふっと目を細めて、夕闇の向こうを見つめた。


「そうじゃのぉ。おばあちゃんがまだ若いころ、ひとりぼっちじゃった時期があったの。

 そのときにね、あの白猫に、助けてもろうたんじゃ」


まさか、同じ猫じゃ――

そう思いかけて、賢は言葉を呑んだ。


けれど、それが本当であっても、不思議と怖くなかった。


どこか、温かくて、胸の奥がしんとするような感覚だった。


「サクラは、ただの猫じゃないのかもね」


そうつぶやいた祖母の言葉が、縁側の風鈴とともに、夜風に流れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ