第7話 7日目の門
1.
洋館のリビングに差し込む朝日が、冷たく感じられた。悠真はソファに座り、震える手で時計を見た。7日目。
鏡を見つけてから、ちょうど1週間。白石瑠璃の声が、頭の奥で響き続ける。
「7日目…私の楽園…完成する…」。
寝室の入り口に立つ鏡は、静かに光を吸い込む。表面に瑠璃の姿はないが、ガラスが微かに波打つ。
まるで、こちらを窺う生き物のようだ。
美咲は膝を抱え、ソファの隅で震えている。
「悠真…今日、何か起こるよね? 私たち…どうなるの?」
佐藤は銀のナイフを握り、教団の日記を広げている。
「儀式を逆転させるしかない。瑠璃の魂を解放し、迷宮を閉じる。だが…代償が必要だ」
「代償って…血? 魂?」 悠真の声は掠れていた。祭壇の赤い染み、瑠璃の血の瓶、ナイフの冷たい感触。
あの隠し部屋での恐怖が、胸を締め付ける。
佐藤が目を上げる。
「教団の記録では、『純粋な心』が鍵だ。だが、瑠璃は俺たちの心を試す。恐怖や罪悪感に打ち勝てなければ、迷宮に飲まれる」
その時、洋館全体が揺れた。床が軋み、窓ガラスが震える。鏡の表面が波打ち、ささやきが響く。
「ゆうま…みさき…恭司…来なさい…」
悠真は立ち上がり、叫んだ。
「もううんざりだ! 瑠璃! 何が欲しいんだ!?」
鏡が震え、部屋の明かりが揺れる。瑠璃の声が、無数に重なる。
「あなたの魂…私の楽園…永遠に…」
突然、リビングの床が傾き、3人は倒れた。視界が暗くなり、冷たい風が吹き抜ける。
2.
目を開けると、3人は再び迷宮の廊下に立っていた。無数の鏡が並び、黒い壁が光を吸い込む。足元は冷たく、遠くで足音が響く。
「また…ここ?」 美咲の声が震え、悠真の手を握る。
佐藤がナイフを構え、周囲を警戒する。
「7日目だ。瑠璃は俺たちを完全に引き込もうとしている。儀式を終わらせないと、戻れない」
悠真は一つの鏡を見た。そこに映るのは、姉・彩花。血だまりの中で彼を見つめる。
「ゆうま…なぜ助けなかった…?」
「やめろ! お前じゃない!」 悠真が叫ぶと、鏡が揺れ、彩花の姿が瑠璃に変わる。白い服、長い黒髪、瞳のない目。
「逃げられない…7日目…私のもの…」
美咲の鏡には、裏切った友人の顔。
「みさき…嘘つき…」
佐藤の鏡には、親友・亮太。血まみれで彼を睨む。
「恭司…お前が…殺した…」
3人の心が、鏡に抉られる。瑠璃の笑い声が、廊下を満たす。
「あなたの弱さ…私の力…楽園へ…おいで…」
悠真は目を閉じ、彩花の声を振り切る。
「姉貴…俺は…お前を忘れない。でも、俺は生きる!」
美咲も叫ぶ。
「ごめん…! でも、過去は変えられない! 私は…今を生きる!」
佐藤がナイフを握り、亮太の姿に叫ぶ。
「亮太…俺は…お前を救えなかった。でも、俺は進む!」
3人の声が重なり、鏡が一瞬揺れる。瑠璃の笑い声が途切れ、廊下が揺らぐ。だが、彼女の姿が、すぐそこに現れる。
「無駄…あなたの魂…私のもの…」
彼女の手が、悠真の胸に触れる。冷たい。骨まで凍る冷たさ。視界が暗くなり、瑠璃の記憶が流れ込む。
3.
1950年代。洋館の屋根裏。教団「光の集団」の信者たちが、祭壇を囲む。瑠璃は中央に立ち、鏡に血を捧げる。彼女の目は狂気に満ち、信者たちも熱狂に駆られる。「迷宮へ! 永遠の楽園へ!」
だが、儀式は失敗。鏡が揺れ、信者たちが次々に吸い込まれる。瑠璃の叫び声。
「間違えた! 門は閉じない!」
彼女の血が、祭壇に流れ、鏡に吸い込まれる。瑠璃の魂が、迷宮に閉じ込められる瞬間。彼女の絶望が、悠真の心に響く。
「私は…永遠を…求めただけ…なのに…」
記憶が途切れ、悠真は現実に引き戻される。美咲が泣き、佐藤がナイフを握りしめる。
「瑠璃は…自分の失敗を認められない。俺たちを犠牲にして、楽園を完成させようとしている」
悠真は叫ぶ。
「なら、彼女を止めよう! どうすればいい!?」
佐藤が日記を手に、答える。「儀式の逆転。瑠璃の血とナイフを使い、彼女の魂を解放する。だが…誰かの血が必要だ」
美咲が震えながら問う。「誰か…って、誰?」
佐藤の目が、悠真と美咲を交互に見る。
「純粋な心。瑠璃の魂と対等な代償。俺たちの誰かが…」
その時、廊下が揺れ、鏡が一斉に現れる。瑠璃の姿が、すべての鏡に映る。
「血…魂…私の楽園…完成する…」
4.
悠真はナイフを手に、叫んだ。
「瑠璃! お前の楽園は終わりだ!」
彼は瑠璃の血の瓶を取り出し、床に叩きつけた。赤い液体が飛び散り、鏡が震える。瑠璃の叫び声が響く。
「やめなさい…私の血…!」
佐藤が祭壇の石板をナイフで切り、符咒を破壊する。
「今だ! 心を一つにしろ!」
悠真は美咲の手を握り、目を閉じた。
「俺たちは負けない! 瑠璃、お前の呪いは終わる!」
美咲も叫ぶ。
「私、怖いけど…逃げない! 過去に縛られない!」
佐藤がナイフを振り上げ、鏡に突き刺す。
「亮太…俺は…お前を忘れない! だが、俺は生きる!」
3人の声が重なり、鏡が砕ける音が響く。瑠璃の姿が揺れ、叫び声が廊下を満たす。
「やめなさい…私の楽園…!」
突然、廊下が崩れ、光が溢れる。3人は洋館の隠し部屋に戻っていた。祭壇の染みが光り、瑠璃の血が蒸発する。
「終わった…?」 美咲が震えながら呟く。
だが、佐藤が首を振る。
「まだだ。瑠璃の魂は…まだここにいる」
部屋の隅で、ガラスが割れる音。鏡の破片が浮かび上がり、3人を囲む。瑠璃の声が響く。
「7日目…私の楽園…あなたたち…私のもの…」
5.
隠し部屋の扉が、突然開いた。だが、出口ではない。暗い廊下が続き、無数の鏡が並ぶ。迷宮だ。
「また…!?」 美咲が悲鳴を上げる。
佐藤がナイフを握り、叫ぶ。
「瑠璃はまだ諦めていない! 儀式を完成させるんだ!」
悠真は祭壇に走り、ナイフで石板を切り裂いた。符咒が光り、部屋が揺れる。瑠璃の声が、頭の奥で響く。
「ゆうま…みさき…恭司…私の血…私の魂…」
突然、悠真の腕に痛みが走る。鏡の破片が、腕を切り裂く。血が滴り、祭壇に吸い込まれる。
「悠真!」
美咲が叫ぶ。
佐藤がナイフを振り上げ、鏡に突き刺す。
「今だ! 瑠璃の魂を封じろ!」
悠真は血を流しながら、叫んだ。
「瑠璃! お前の楽園は終わりだ! 俺たちの血で…お前を解放する!」
鏡が砕け、光が爆発する。瑠璃の叫び声が、部屋を満たす。「やめなさい…私の…永遠…!」
光が収まり、3人はリビングに倒れていた。鏡は、寝室の入り口に静かに立つ。だが、瑠璃の声は聞こえない。
「終わった…?」 美咲が震える。
佐藤が腕の傷を押さえ、呟く。「いや…まだだ。瑠璃の魂は弱ったが、迷宮は閉じていない。7日目の門は…まだ開いている」
突然、洋館全体が揺れ、鏡の表面が波打つ。暗い廊下が映り、瑠璃の姿が現れる。
「ゆうま…みさき…恭司…私の楽園…永遠に…」
鏡が光を放ち、3人の視界が暗くなる。
迷宮の奥へ、引き込まれる。