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鏡の迷宮  作者: 憂月
第1部 始まりの影
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第5話 迷宮の深部

1.

悠真の耳に、冷たい風が吹き抜ける音が響く。目の前は無数の鏡が並ぶ暗い廊下。洋館の隠し部屋から一瞬にして移動した空間は、果てしなく続く迷路のようだ。鏡の表面が月光のように鈍く光り、悠真、美咲、佐藤の姿を歪めて映す。


「ここ…本当に迷宮?」 美咲の声は震え、悠真の手を強く握る。


佐藤が周囲を見回し、低く答える。

「間違いない。教団が『楽園』と呼んだ場所だ。だが、ここは魂を閉じ込める牢獄だ」


悠真は一つの鏡を見た。そこに映るのは、姉・彩花の姿。血だまりの中で彼を見つめる彼女の目。

「ゆうま…なぜ助けなかった…?」


「やめろ! お前じゃない!」


悠真が叫ぶと、鏡が揺れ、彩花の姿が白い服の女――白石瑠璃に変わる。瞳のない白い目が、悠真を貫く。


「逃げられない…7日目に…全て終わる…」


足音が響く。重く、不規則。誰かが、または何かが、近づいてくる。鏡の破片が床を滑り、3人を追い詰めるように動く。


「走れ!」


佐藤が叫び、3人は廊下を駆けた。だが、鏡が次々に現れ、道を塞ぐ。どの鏡も、過去の記憶や恐怖を映し出す。美咲の鏡には、学生時代に裏切った友人の顔。佐藤の鏡には、10年前に失った親友が血まみれで立つ。


「見るな! 目を閉じろ!」 佐藤の声が響くが、悠真の足が止まる。瑠璃の声が、頭の奥で響き続ける。


「ゆうま…ここに…おいで…」


突然、廊下の奥から光が溢れ、3人の視界が白く染まる。目を開けると、彼らは再び洋館の隠し部屋に立っていた。祭壇、鏡の破片、閉ざされた扉。

だが、部屋の空気はさらに重い。


「今…何だった?」 美咲が息を切らし、問う。


「迷宮の入り口だ」 佐藤が答える。

「まだ完全には引き込まれていない。だが、時間がない。7日目の期限が近づいている」


悠真は時計を見た。鏡を見つけてから5日目。

残り2日。


2.

隠し部屋の扉は、依然として開かない。悠真は祭壇の日記を手に取り、ページをめくった。白石瑠璃の筆跡は乱れ、恐怖と狂気が滲む。


「迷宮は我々を試す。心の弱さを暴き、魂を喰らう。だが、私は選ばれた。門を開くのは私だ」。


「瑠璃は…何をしようとしたんだ?」 悠真が呟く。


佐藤が祭壇の石板を指差した。


「彼女は教団の指導者として、迷宮を完成させようとした。だが、儀式は失敗した。彼女の魂が、鏡に閉じ込められたんだ」


美咲が割り込む。


「じゃあ、瑠璃を解放すれば、呪いは終わる? どうやって?」


佐藤は首を振る。

「簡単じゃない。儀式の逆を行うには、瑠璃の血が必要かもしれない。だが、彼女はもうこの世にいない」


悠真は日記の最後のページに目をやった。「7日目に、門は開く。血を捧げ、迷宮は完成する。だが、失敗すれば、永遠に彷徨う」。


「血…?」 美咲の声が震える。「私たちの血、ってこと?」


その時、部屋の隅でガラスが割れる音。鏡の破片が再び浮かび上がり、3人を囲む。ささやきが響く。

「血…捧げなさい…」


悠真は美咲を庇い、佐藤が叫ぶ。


「下がれ! 触れるな!」


破片が一瞬止まり、床に落ちる。だが、部屋の壁が震え、祭壇の赤い染みが広がる。まるで、生きているかのように脈打つ。


「この部屋…何かおかしい」 悠真が呟く。

佐藤が壁を叩き、隠された仕掛けを探す。「教団は、この部屋で儀式を完成させた。鍵はここにあるはずだ」

美咲が祭壇の下を調べ、隠された箱を見つけた。

中には、古いガラス瓶。赤黒い液体が揺れる。


「これ…血?」 美咲が顔をしかめる。

佐藤が瓶を取り、慎重に開けた。腐臭が広がり、3人は顔を覆う。「これは…瑠璃の血かもしれない。儀式の鍵だ」


だが、瓶を手に持った瞬間、部屋が揺れた。鏡の破片が再び浮かび、鋭い音を立てて3人に迫る。

「逃げろ!」 佐藤が瓶を握り、扉へ走る。だが、扉は動かない。破片が佐藤の腕をかすめ、血が滴る。

「くそ…!」 佐藤が呻く。血が床に落ち、祭壇の染みがさらに広がる。


3.

突然、部屋が暗くなり、鏡の破片が一つの大きな鏡を形成する。そこに、白石瑠璃が現れる。白い服、長い黒髪、瞳のない目。彼女が微笑むと、部屋の空気が凍りつく。


「ゆうま…みさき…恭司…私の血…返して…」


彼女の声は、頭の奥で響き、3人の動きを止める。悠真の視界が揺らぎ、瑠璃の記憶が流れ込む。


1950年代。洋館の屋根裏。教団「光の集団」の信者たちが、祭壇を囲む。瑠璃が中央に立ち、鏡に血を捧げる。彼女の目は狂気に満ち、信者たちも熱狂に駆られる。「迷宮へ! 永遠の楽園へ!」

だが、儀式は失敗。鏡が揺れ、信者たちが次々に吸い込まれる。瑠璃の叫び声。「間違えた! 門は閉じない!」

記憶が途切れ、悠真は現実に引き戻される。美咲が泣き、佐藤が瓶を握りしめる。


「彼女は…迷宮に閉じ込められたんだ」 佐藤が呟く。「だが、俺たちを巻き込もうとしている」

悠真は叫ぶ。

「どうすればいいんだ!? 瑠璃を止めたい!」


鏡の中の瑠璃が笑う。「止める? 私を? あなたたちは…もう私のもの…」


鏡の表面が波打ち、部屋が歪む。悠真の足元が揺れ、床が崩れる感覚。美咲が悲鳴を上げ、佐藤が瓶を投げつける。

ガラスが砕け、血が鏡に飛び散る。瑠璃の姿が一瞬消え、部屋が静まる。だが、扉は依然として閉ざされたまま。


「これ…効いた?」 美咲が震えながら問う。

佐藤が首を振る。「一時的だ。瑠璃の力はまだ生きている。俺たちは…迷宮に近づきすぎた」


4.

3人は隠し部屋に閉じ込められたまま、解決策を探した。佐藤が日記を読み直し、教団の儀式の詳細を解読する。


「7日目の儀式には、3つの鍵が必要。血、鏡、心。瑠璃の血は手に入れた。鏡はここにある。だが、心…これは俺たちの試練だ」


「試練って?」 悠真が問う。


「迷宮は、俺たちの心を試す。恐怖や罪悪感に打ち勝てなければ、引き込まれる」


美咲が叫ぶ。「そんなの無理だよ! あの鏡、ずっと私の過去を…!」


彼女の言葉が途切れ、鏡が再び揺れる。瑠璃の声が響く。「みさき…嘘つき…裏切り者…」


美咲が崩れ落ち、悠真が支える。

「美咲、しっかりしろ! あれは本物じゃない!」


だが、悠真自身も姉の記憶に縛られる。彩花の声が、頭の奥で響く。「ゆうま…私のせいで…」


佐藤が割って入る。「目を閉じろ! 鏡の声を聞くな! 俺たちの心を操ろうとしている!」


3人は互いの手を握り、目を閉じた。ささやきが遠ざかり、部屋が静まる。だが、静寂の中、別の音が響く。足音。ゆっくり、近づいてくる。


「誰…?」 悠真が目を開けると、部屋の奥に新たな鏡。そこに映るのは、瑠璃ではない。見知らぬ男。血まみれの顔で、悠真を見つめる。


「ゆうま…助けて…」


男の声は、10年前の佐藤の親友に似ている。佐藤が硬直し、呟く。「…亮太?」


5.

鏡の男――亮太が、ガラス越しに手を伸ばす。

「恭司…なぜ…俺を置いていった…?」


佐藤が後ずさり、声を荒げる。「お前じゃない! 亮太は死んだ!」


だが、鏡の男が笑う。瑠璃の声と重なり、無数のささやきが部屋を満たす。

「7日目…あなたたちは…私のもの…」


悠真は美咲を支え、佐藤に叫ぶ。

「どうすればいいんだ!? このままじゃ…!」


佐藤が日記を握り、答える。「迷宮を閉じるには、瑠璃の魂を解放するしかない。だが、その方法は…まだ分からない」


突然、部屋が揺れ、鏡の破片が再び浮かぶ。破片が3人を囲み、鋭い刃のように迫る。悠真は美咲を庇い、佐藤が祭壇に走る。


「ここに…何かあるはずだ!」


佐藤が祭壇の石板を叩くと、隠された溝が開く。中には、古い銀のナイフ。柄に、鏡の模様と同じ符咒が刻まれている。


「これ…儀式のナイフだ」 佐藤が呟く。

だが、その瞬間、鏡の破片が佐藤に襲いかかる。彼がナイフを振り上げ、破片を弾くが、腕に深い傷が走る。血が床に滴り、祭壇の染みが光る。


「ゆうま…みさき…恭司…来なさい…」


瑠璃の声が、部屋を圧迫する。鏡が一斉に揺れ、暗闇が溢れ出す。悠真の視界が揺らぎ、迷宮の廊下が再び現れる。


無数の鏡。無数の影。瑠璃が、すぐそこに立つ。彼女の手が、悠真の心臓に触れるような冷たさ。


「7日目…あなたたちは…私の楽園に…」


光が爆発し、3人の意識が途切れる。目を開けると、彼らは洋館のリビングに倒れていた。隠し部屋ではない。鏡は、寝室の入り口に静かに立つ。


「また…戻った?」 美咲が震える。

佐藤がナイフを握り、呟く。

「いや…迷宮はまだ俺たちを離さない。7日目が、すぐそこだ」


鏡の奥で、瑠璃の笑い声が響く。


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