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鏡の迷宮  作者: 憂月
第1部 始まりの影
4/28

第4話 迷宮の呼び声

1.

暗闇が悠真を飲み込んだ。鏡の破片が宙を舞い、鋭い光を放つ。白い服の女の姿が、すぐそこに迫る。

彼女の瞳のない目が、悠真の心を凍りつかせる。


「ゆうま…おいで…」


無数のささやきが頭の中で響き合い、耳を塞いでも止まない。美咲の悲鳴、佐藤の叫び声が遠ざかる。悠真は必死に手を伸ばし、美咲の腕を掴んだ。


「美咲! こっちだ!」


だが、足元が揺れ、床が崩れるような感覚。隠し部屋の扉は閉ざされ、鍵は床に転がる。鏡の破片が、まるで生き物のように彼らを取り囲む。


突然、静寂が訪れた。ささやきが止み、鏡の破片が床に落ちる。悠真は息を切らし、辺りを見回した。隠し部屋。祭壇。だが、女の姿は消えている。


「美咲…佐藤さん…大丈夫か?」


悠真の声が、薄暗い部屋に響く。美咲は床に座り込み、震えている。佐藤は祭壇のそばで、額の汗を拭う。


「何…あれ…?」 美咲の声は掠れ、涙目だ。


「あの女、ほんとにいたよね? 私の名前…呼んだよね?」


佐藤が低く呟く。「あれは、迷宮の住人だ。鏡を通じて、俺たちを引き込もうとしている」


悠真は祭壇に目をやった。古い木の表面に、鏡の木枠と同じ模様が刻まれている。中央には、血のような赤い染みが広がる。


「これ…何だ?」


佐藤が近づき、染みを指で触れた。「儀式の跡だ。教団は、血を使って鏡を『開いた』。魂を迷宮に送るために」


悠真の背筋が冷えた。血。魂。迷宮。あの鏡は、ただのガラスではない。生きている。いや、生きているものを喰らう何かだ。


「出よう。ここ、危険すぎる」


悠真の言葉に、2人が頷く。だが、扉は固く閉ざされたまま。鍵を差し込んでも、カチリとも動かない。


「くそ…開かない!」


美咲が扉を叩くが、鈍い音が返るだけ。部屋の空気が重くなり、息苦しい。まるで、洋館自体が彼らを閉じ込めているようだ。


2.

3人は部屋を調べ始めた。祭壇の周りに散らばる鏡の破片は、触ると冷たく、指に刺さるような痛みを放つ。壁には、古い紙が貼られている。

黄ばんだ紙に、インクで書かれた奇妙な図形と文字。


佐藤が紙を剥がし、目を細めた。「これは…召喚の呪文だ。教団の儀式の記録。『光の集団』は、鏡を通じて『永遠の楽園』に至ると信じていた」


「楽園?」 美咲が首を傾げる。

「こんな気味悪い鏡で?」


「彼らにとっては、迷宮が楽園だった。魂を解放し、肉体を超越する場所だと」


悠真は紙を覗き込んだ。図形は、螺旋と円が絡み合う複雑な模様。

中央に、鏡の絵。

そして、その下に書かれた一文。

「7日目に、門は開く。選ばれし者は迷宮に導かれる」。


「7日目…」 悠真の声が震えた。

鏡を見つけたのは、4日前。残り3日。


佐藤が続ける。「教団の儀式は、7日間の準備期間を必要とした。鏡を見た者は、その間に心を試される。恐怖、疑心、弱さ。それに打ち勝てば、迷宮を閉じられるかもしれない」


「かもしれない、って…曖昧すぎるよ!」 美咲が声を荒げた。


「私たち、どうすればいいの? このまま閉じ込められて、死ぬの?」


「落ち着け」 佐藤の声は冷静だが、目には動揺が滲む。「まず、この部屋から出る。手がかりがあるはずだ」


悠真は祭壇の裏を調べ、隠された引き出しを見つけた。中には、古い日記。表紙に「光の集団 指導者」と書かれている。ページを開くと、乱れた筆跡で書かれた文章。


「鏡は我々の救い。迷宮は魂を永遠にする。だが、代償は大きい。血を捧げ、7日目に門を開く。失敗すれば、迷宮は我々を喰らう」


日記の最後には、名前。「白石瑠璃」。白い服の女の名か? 悠真の胸に、冷たい予感が走る。


その時、部屋の隅でカサリと音がした。3人が振り返ると、鏡の破片が震えている。ゆっくりと浮かび上がり、空中で円を描く。


「また…始まる…」 美咲が呟き、悠真の手を握った。


3.

鏡の破片が、突然動きを止めた。部屋の空気が凍りつき、ささやきが響き始める。


「ゆうま…みさき…恭司…」


声は、頭の奥で増幅する。悠真は目眩を感じ、膝をついた。視界が揺らぎ、部屋が歪む。


「見ないで!」 佐藤が叫ぶが、遅い。悠真の目の前で、鏡の破片が一つに集まり、小さな鏡を形成する。そこに映るのは、悠真の過去。


3年前、悠真の姉・彩花が事故で死んだ。車に轢かれ、血だまりの中で息絶えた瞬間。悠真はそばにいたのに、助けられなかった。あの日の後悔、罪悪感が、鏡に映し出される。


「ゆうま…なぜ…助けなかった…?」


姉の声が、鏡から響く。悠真の目から涙が溢れる。


「違う…俺は…!」


美咲もまた、鏡の破片を見つめ、硬直する。彼女の過去。学生時代、いじめを見て見ずふりした記憶。

友人を裏切った罪悪感。


「みさき…嘘つき…」


彼女が泣き崩れる。佐藤も、鏡に吸い寄せられる。10年前、親友を失った事故。彼が鏡を見た後、親友が狂ったように海に飛び込んだ記憶。


「恭司…お前が…殺した…」


3人とも、鏡に映る過去に縛られる。ささやきが、心を抉る。


「やめろ…!」


悠真は叫び、鏡の破片を床に叩きつけた。ガラスが砕け、ささやきが一瞬止まる。だが、部屋の壁が震え、隠し扉が軋む。


「これは…試練だ」 佐藤が息を切らし言う。「鏡は俺たちの心を試してる。弱さを見せれば、迷宮に引き込まれる」


悠真は立ち上がり、美咲を支えた。「なら、負けない。絶対に出るぞ」


美咲が頷くが、目は恐怖で濡れている。佐藤は祭壇の日記を手に、呟く。「この部屋を出るには、儀式の鍵が必要だ。白石瑠璃…彼女が答えを知っている」


4.

3人は再び部屋を調べた。祭壇の下に、隠された石板。そこには、鏡の模様と同じ符咒と、血で書かれた文字。「瑠璃の血、門を開く。7日目に、迷宮は完成する」


「白石瑠璃…教団の指導者だったのか?」 美咲が呟く。


佐藤が頷く。「彼女は、儀式の中心だった。だが、失敗した。彼女の魂が、鏡に閉じ込められたんだ」


悠真は日記を読み直した。瑠璃の記述


「私は迷宮を見た。そこは、魂が彷徨う闇。だが、逃げられない。私も、仲間も、皆そこにいる」。


その時、部屋の奥で、ガラスが割れる音。振り返ると、祭壇に新たな鏡が現れている。小さく、破片が寄り集まったような鏡。そこに、白い服の女。瑠璃。彼女が、ゆっくりと微笑む。


「ゆうま…みさき…恭司…一緒に…」


声が、部屋を満たす。悠真は美咲の手を握り、佐藤が叫ぶ。「見るな! 目を閉じろ!」


だが、鏡の力が強まる。部屋の壁が揺れ、床が傾く。悠真の視界が暗くなり、冷たい風が吹き抜ける。


「ここ…どこだ…?」


目を開けると、3人は暗い廊下に立っていた。洋館ではない。無数の鏡が並ぶ、果てしない通路。遠くで、瑠璃の笑い声が響く。


「ようこそ…迷宮へ…」


5.

廊下は冷たく、壁に並ぶ鏡が光を吸い込む。悠真は美咲の手を離さず、佐藤が後ろを守る。だが、足音が響くたび、鏡に映る影が動く。


「ここ…本当に迷宮?」 美咲の声が震える。


佐藤が頷く。「鏡の向こうの世界だ。教団が目指した『楽園』。だが、ここは魂を閉じ込める牢獄だ」

悠真は一つの鏡を見た。そこに映るのは、姉の彩花。彼女が血だまりの中で、悠真を見つめる。


「ゆうま…なぜ…?」


「やめろ! お前じゃない!」


悠真が叫ぶと、鏡が揺れ、彩花の姿が瑠璃に変わる。彼女の白い目が、悠真を貫く。


「逃げられない…7日目に…全て終わる…」


突然、廊下の奥から足音。重く、不規則な音。誰かが、近づいてくる。鏡の破片が床を滑り、3人を追い詰める。


「走れ!」 佐藤が叫び、3人は廊下を駆けた。だが、鏡が次々に現れ、道を塞ぐ。

悠真の足が止まり、振り返ると、瑠璃がすぐそこに。


「ゆうま…一緒に…永遠に…」


彼女の手が伸び、悠真の腕に触れる。冷たい。骨まで凍る冷たさ。


その瞬間、佐藤が悠真を押し倒し、鏡に体当たりした。ガラスが砕け、眩い光が溢れる。


目を開けると、3人は隠し部屋に戻っていた。祭壇。鏡の破片。だが、扉は開いている。


「今…出るんだ!」


佐藤の声に、悠真と美咲は走った。屋根裏を抜け、階段を駆け下り、リビングへ。だが、振り返ると、鏡がまた現れる。寝室の入り口に、静かに立つ。


「ゆうま…逃げられない…」


瑠璃の声が、洋館全体に響く。


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