6.生温い処罰
武官は名を安優と名乗った。
後宮内にいる武官と言えば龍武軍だ。ならば巡回する武官の経路を全て知り尽くしていると踏んで案内役をお願いし、安はそれを快く引き受けてくれた。
そのおかげで、武官と鉢合わせする事はなく、落ち着いた足取りで花紅宮へと向かえていた。
だが李殊は彼女に対し密かに違和感を抱いていた。
武芸に勤しむ者にしては、彼女の手はあまりにも綺麗過ぎますわ。
龍武軍は、王の近衛隊を務める者も所属する精鋭部隊だ。剣術の鍛錬はそれ相応に厳しいものだと想像できる。
しかし彼女の手にはできる筈のタコや豆もなく、むしろ荒れるどころか爪の先まで綺麗に整えられている。
李殊にはその手が剣を握る手には見えなかった。
しかしあの己の気配の消し方や他者への圧のかけ方は、武芸を習ったから出来るもの。
これは一体どういう事なのでしょう?
前を歩く背中をじっと見つめていると、安は視線に気付いたのかちらちらと後ろをうかがい始めた。
というよりも、向けてくる目が何かを聞きたがっているようだ。
「安殿、何か?」
「その、李殊殿はどうして花紅宮へ?」
「それは魏妃にお尋ねしたい事があるからですわ」
「……まさか毒殺の事で?」
安は足を止めてこちらを振り返った。
李殊に向ける鋭い目は不審者を警戒するものだ。左手には鞘を握り、返答によっては剣を抜く、と彼女から発する圧が語っている。
まぁなんて恐ろしい気でしょう。
李殊は袖で口元を隠し、小さく笑みをこぼした。
「私にはとても気になる事がありまして、その所為で居ても立っても居られないのですわ」
「気になる事?」
「ええ。千王は何故、軟禁という生温い処罰を下したのでしょうか?」
「軟禁を生温いなんて……」
「生温いですわ。非道な千王が、部屋の中に閉じ込めているだけなのですわよ?」
千王は恐ろしく気性の激しい男だ。
話では毒を飲まされた林妃の治療にあたり王医に脅しをかけている。
もし林妃が命を落としてしまっていたのなら、救えなかった罰として王医の命を本当に奪っていただろう。
あれはただの脅しではなく、警告だ。
きっと彼の中の天秤は、圧倒的に林妃に傾いていて、他の者の命はとても軽い。重みすら感じないのかもしれない。
そんな男が果たして軟禁という形で終わらせるのか。
「千王はもし魏妃を犯人だとお考えならば、魏妃を真っ先に斬り捨てていた筈です。ですが下した罰は軟禁。胴欲な千氏の者にしてはお優し過ぎですわ」
李殊の言葉に安の気が揺らぐ。反らした顔には戸惑いの色が見えた。
「…⋯それについて私も不審に思いました。主上はまどろっこしい事は好きではありません。常に生かすか殺すかの答えしかない御方。なので生かさずも殺さずもした事など、これまで一度もありません」
安は俯いたまま「……そもそも魏妃を犯人だと決めつける理由がないのに」と小さく言葉を溢した。
やはり千王は李殊の思う通りの人のようだ。
王ともなれば言動に恨みを買い、或いは玉座から蹴落とす為に、命を狙われるもの。自分を殺そうとしてきた者はこれまで容赦なく一族もろとも根絶やしにしてきた、と下女たちから噂話を聞いている。
「魏妃は牢にも入れられることも無く、花紅宮に閉じ込めたまま、しかし軟禁しておきながらお世話をする侍女の入室は許している。私にはこの事が不思議でたまらないのですわ」
「ならば何故、魏妃は軟禁となっているというのですか?」
「これはあくまで私の推測に過ぎませんが、魏妃は毒殺事件とは違う事で千王を怒らせ、そして罰を与えられたのではないでしょうか?」
「違う事とは?魏妃の件は、事件とは関係ないという事ですか!?」
答えを求める安はどこか必死で、その先がひどく気になっているようだ。
「さぁ何でしょう?」
李殊はとぼけるように言うと再び歩き始めた。




