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4.愛妃

「まず、この後宮には五人の妃がいます」


 廃帝の愛娘、正妃()桂馨(けいけい)

 太保の父を持つ、(てい)昌英(しょうえい)

 羽林軍将軍の娘、(れん)玲春(れいしゅん)

 大貴族の令孫、(りょう)瑾鈴(きんれい)

 そして、王のそばに仕えていた、(りん)()


 正妃と妾妃四人、と蘭釆は語る。


「あれは今から半月ほど前、(りん)()が妃となって半年が過ぎた頃でした」


 真っ黒な空に朧月が淡く輝く夜の刻、とある宮に甲高い声が響き渡った。

 その宮の名は白銀(しろがね)宮。林妃のいる宮だった。

 近くを巡回していた女の武官たちは、悲鳴から唯ならない状況を察したと言う。

 すぐに駆けつけてみれば、暗い部屋の中で侍女二人の姿を見つけた。しかも怯え震えて泣いている。

 明け放った扉から差し込む月影が薄暗い部屋を照らし、床の布切れが見えた。嫌な予感をしながらその先へと目線を向ければ、ぐったりと倒れ込んでいる林妃の姿があった。

 口から血を吐いて、ぴくりとも動かない。微かな月影に照らされた彼女はひどく青ざめて見え、武官たちは慄いた。


「このおぞましい出来事はすぐさま主上へと報告がいきました」


 愛妃の事に激昂した千我曉は直ぐ様王医たちに林妃の治療を命じた。


『いいか!何としてでも助けろ!もし我が妃を助けられなかったらお前たちの命も無いと思え!』

 

「そして王医たちの懸命な治療によって、林后はかろうじて一命を取り留めました。しかし未だ体調が優れないそうです。体も起こすこともすら出来ない状態らしく、今もずっと療養中で、部屋を出入りする侍女以外は姿を見ていません」

「確かこちらに送った文では毒殺と言っていましたわね」


 蘭釆は「はい」と頷く。


「林妃が飲んでいた水に毒が混ざっていたそうです」

「まだ体調が良くないのならば、それはかなり強い毒だったという事ですわね?」

「毒の種類までは私たちには分かりませんが、かなり珍しい毒だそうです」


 珍しい毒、ですか。


 李殊は毒に詳しい訳でなかったが、珍しいというのならばそう安々手に入るものではないと容易に分かる。

 そもそも後宮の女たちは外へは出られず、持ち込むものも門番によって確認をされる。李殊が後宮内に入るときも怪しいものを持ち込んでいないかを厳しく検査されていた。


 ならば誰が、どうやって、珍しい毒を持ち込めたのでしょうか。


 犯人は毒を入れる事が出来るのと同時に、珍しい毒を仕入れる事が出来る、そして毒を後宮内に持ち込む事が出来る程の者と言う事だ。


「その時刻誰か怪しい者を見た者は?」

「林妃は一人でゆっくりしたいと人払いをしていて、侍女達は部屋から離れていたそうです。後宮内は宦官や女性武官が巡回をしていますが、丁度その頃は部屋から離れた所にいたと。なので目撃者がいません」


 それはまた、暗殺するにはうってつけな状況ですわね。


 李殊は他人事のように思った。


「それならば正妃の()()が疑われた理由は何故ですの?」

「それは、……桂馨様のいる花紅(かこう)宮が白金宮から一番近くにあるからです」

「それだけではないのでしょう?」


 住まいが近いからだけでは疑うには弱すぎる。

 そう言うと蘭釆は押し黙ってしまったが、握りしめた両手にぐっと力を込めると口を開く。


「……主上が、あまりにも桂馨様を蔑ろにしているからです」

「それはどういう意味ですの?」

「千王の妃はみな、高官たちに定められて後宮入りしました。しかしただ一人、林妃だけは違います。主上がそばに仕えていた彼女を気に入り、強引に妃として迎えたのです」

「強引に?」

「身分の違いもあり、周りの者たちは反対したのですが聞き耳持たず」


 それは噂に聞く千氏らしいとといえばらしい強引さだ。


「そうして林妃を後宮にいれると、他の妃に興味を示さなかった主上はますます見向きもしなくなり、さらには儀礼の場で林妃を正妃と同等に扱い始めた。主上は彼女だけを寵愛していました」

「他の妃からしてみれば面白くはない話ですわね」


 蘭釆は小さく頷いた。


「桂馨様は正妃でありながら、この十年、ずっと主上に蔑ろにされていました。会いに来ることもなく、顔を合わせるのも祝賀の儀ぐらいで、二人の間に会話もなく……桂馨様はいつも寂しくしておいででした」


 その姿を思い出しているようで、蘭釆は悲しげに目を伏せた。


「他の妾妃たちも同様、いえ、もっと酷い。初夜に姿を見せてはくれず、ひとりで夜を過ごしたもの者もいます」

「つまりは四人の妃たちはみな、林妃をよく思ってはいなかったということですわね。その中で正妃が際立ってしまった。だから周りは正妃が犯人だと思った」

「桂馨様は人殺しなどしてません!」


 蘭釆は突然立ち上がると力強く叫んだ。

 彼がそんな姿を見せるのは意外で、李殊はまぁ、と目を丸くする。


「魏桂馨は犯人ではないと?」

「人を殺めるなんて事をする方ではありません!…⋯それにその日、日が暮れた頃から桂馨様はずっと部屋にいましたから白金宮に行く事は不可能です」


 はっきりと言葉を返す蘭釆にはいつもの気弱な面影はない。

 李殊が後宮に来て数日の間に、後宮内の下女たちから暗殺未遂事件についての噂話を聞いていた。

 あくまで勝手な推測と脚色によって、人によって内容が若干ずれていたが、みな口を揃えてこう言った。


『きっと正妃が愛妃を嫉妬して毒殺しようとしたんだわ』


 蘭釆の話から目撃者も、確かな証拠もないようだが、周りが既に犯人だと決めつけて、まるで自分の言う話が真実のように語っていた。

 噂はどこまでが真実で、どこからが偽りかは判断がつかない。それが噂だ。

 なので蘭釆から話を聞けてよかったわ、と笑みを浮かべる。


 ──でも貴方、嘘をついていますわね?


 月華宮の下女たちの中には、その時刻は桂馨もまた人払いをしていたのだと、「ここだけの話」と声をひそめて話す者もいた。

 ならばどうして蘭釆は魏妃が部屋にいたと断言出来たのか。それに話す途中、一瞬目を泳がせたのも李殊は見逃さなかった。


「肝心の王はこの件どうお考えなのでしょうか?軟禁なんて物騒なことになっているのなら王も魏妃が犯人とお考えで?」

「……あの方の考えなど誰にも分かりません。暫くは後宮にはお出でになっていないですし。ただ、あの騒ぎの後、桂馨様に部屋から出ることを禁じたの事は確かです」


 お可哀想に、とぽつりと声を溢す蘭釆を李殊はじっと見つめる。

 

「部屋の前には見張りがいて、侍女の出入りすらも監視されていて…⋯桂馨様は正妃であるのに!」


 肩を震わせる蘭釆の目には怒りの色が混ざっている。山にいた頃はあんなにも気の弱かった子。それが怒りを露わにさせている。

 初めて見る蘭釆の表情に、まぁそんな目も出来るのですね、と呑気に蘭釆の成長を感じていた。


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