召喚された悪魔だけど世界平和頑張ってます
三つの願いとか、どうやったら酷い目に遭わずに得するかなーとか考えてたら思いついた話。勢いのままに書いた。
え? おいらが魔王だって?
で、あんたたちは魔王を倒しに来た勇者さまご一同だって言うんだ?
ふーん、へー。
それはまたご苦労様なこって。
や、ふざけてるわけじゃないんだけどね。
だっておいら、魔王じゃなくてただの悪魔だし。もう、何百年前になるかなぁ。変人に呼び出されたせいで魔界に帰れなくなって、ここに住んでるんだよ。
ん? そうそう、呼び出した相手の願い事を魂と引き換えに叶えてやろうってアレよ。おかしな願い事されちゃったせいで、帰るに帰れずこんなところで何百年も過ごす羽目になっちゃったんだよね。
いや、もともとあいつは、おいらに願い事とかするつもりなかったみたいなんだ。
言うなればちょっとした好奇心?
悪魔を呼び出す魔法陣の描かれた書物を見つけたから、本当に呼び出せるのかかどうか実際に試して確認してみたかったみたいなんだよね。
好奇心でそんなことするやついんのかって?
まぁ、普通はできないね。今までにそんな理由でおいらを召喚したやつなんていなかったし。
その魔法陣を発動するのには物凄い労力が必要なんだよ。手間も暇も金も時間もかかるし、発動に持って行くまでに力付きて精神病んだり、場合によっては死んじゃったりするし。その分リターンもなかなかだけどね。だから、ちょっとした好奇心を満たしたかったなんて理由でおいらを召喚したやつはいなかったわけ。
それなのにさー、呼び出されたとたんに
「本当に発動するのか。なるほど。分かった、キミ帰っていいよ」
って言われたおいらの気持ち分かる?
呼び出すのも大変だけどさー、呼び出されるのもそれなりにリスクあんのよ。
呼び出される側が今か今かと待機してるとでも思ってんの? なわけないだろー。
悪魔にだって生活ってもんがあるんだよ。
おいらなんか大好物のムチュプチュを手に入れて、さあ食べようって時に呼び出されたんだぜ。せめて食い終わってからにしてくれれば良かったのに。
え? ムチュプチュはムチュプチュだよ。知らんの? カワイソー。めちゃくちゃ美味いのにアレ。
でも、さっさと食べないと弾け飛んでえらいことになるんだよね。置いてきちまったから心配だよ。弾け飛んだやつを放置するとストラステテラスがわいてでるから。
あ? だからストラステテラスはストラステテラスだって。知らんの? じゃあ、機会があったらプレゼントしてやるよ。
いらない? あっそ。
とにかくさー、呼び出されて帰っていいって言われてもさー、悪魔は呼び出した相手の願いを叶えて魂をもらわないことには魔界に帰れないんだよ。
だからあいつになんか願い事を言えって言ってやったのに、別に願い事なんてないって言い放ってその辺にあった本とか読み出しちゃって、頭に来たから手当たり次第にそこら辺にあった本を投げ散らかしてやったらブチ切れされてさー。
変な魔力の紐みたいのでぐるぐる巻きにされて壁と言わず床と言わずビッタンビッタン叩きつけられてボロボロにされたんよ。
で、そのまま一週間くらいほったらかしにされて、あいつはそのまま座り込んでずっと本読んでて、たまに何か書き留めたり実験したりしてパンかなんか齧って水飲んでトイレ行ってちょっとウトウトしたらまた本読んで実験して。
その間おいらがどうしてたかって? 紐を解けさっさと願い事を言って魔界に帰らせてくれって喚き続けてたのに、あいつ全然反応しやがらなくてさー、精も根も尽き果てて床に転がってたら、本を読むのに一区切りついたんだろうな。
あいつが、ふっと顔を上げて
「まだいたの?」って
涙なしに語れるかってコレが!! さすがに温厚なおいらもあいつをバラスチャモスの穴の中に放り込んでやろうかと思ったね!
バラスチャモスはバラスチャモスだって。知らんの? あほなの? 今度放り込んでやろうか? 遠慮しとく? あっそ。
「お前の願い事を叶えるまで帰れないっつってんだろうが!」って怒鳴ってやったら
「ふーん」
ってひとことだけ言って、別の本を手に取ろうとしやがるもんだから
「せめて先に紐を解け!!」って喚き散らしてやっと解放されたんだよ。
もし魔王なんて存在が本当に実在するなら、魔王はおいらじゃなくてあいつだよ。だとしても手を出すなよ、面倒なことになるから。
え? 数百年前の人なのに生きてるのかって? 生きてるよ。
…願い事が叶わないと契約が成り立たないから。叶うまでは死なないんだよ。あいつの魂はもうおいらのモンで、おいらが刈り取るまでは肉体から抜くことはできないし肉体が壊れて勝手に抜けることもないんだよ。
だから生きてる。今もこの家のどっかで本読んでるんじゃないかな。
そんなわけで、この家には悪魔と変人しかいないから帰ってくんないかな。用事ないでしょ、おいらたちに。
はぁ? 魔王を倒したって証明が必要?
そんなん言われても困るし。魔王なんかいねーし。なんの成果も上げずにおめおめと帰れるかって言われても勘違いしたのそっちだし。
おいらそんなこと知らんもんねー。カンケーないし。
だいたいさー、結局あいつがおいらに何を願ったか分かる?
世界平和だぞ? 悪魔のおいらに!
舐めてんのかってブチ切れてやったんだけど、願い事は成されて契約は成立しちまった。おいらはあいつの願い事を叶えるために、世界を平和に導かなきゃならないわけよ。
分かる? この屈辱。
わかんねーだろーなー。
そんなわけで、ここにいるのは世界を平和に導く悪魔と変人だけだ。だからさっさと帰ってくんねーかな。
こう見えて忙しいんだ、おいら。平和維持活動のために色々やらなきゃいけないから。
え? どんな活動してるのかって?
いやさー、言うておいらって悪魔じゃん?
世界平和なんてどうやって目指せばいいのか全然わかんなくてさー。
あいつは本を読むのと実験するのに忙しいから自分で勝手にやれっつって、こっちには見向きもしないし。
あいつ絶対、願い事考えるのめんどくさいからってテキトーに口だけで言ったに決まってるわ。そう思わね?
で、おいらどうしようもないからとりあえず麓の村まで行って村長に世界平和やりに来ましたって言ってみたのよ。
したら叩き出されそうになってさー。
当たり前だって? 見た目が怪しすぎる?
バカ言うない! 三年連続抱かれたい悪魔No.1に輝いて魔界随一のモテ男と呼ばれたおいらになんてこと言いやがる。
見てわからんの? この背中の鱗の美しさとか、岩をも切り裂きそうな頑丈な爪とか、口から滴る瘴気に塗れたヨダレとか。
え? 分からんの? 目ぇ悪い? 趣味悪い? 頭悪い?
まぁとにかく、弓やら槍やら魔法やらでバカスカ攻撃してきやがるから、雄叫びあげて吹き飛ばしてやったんだよ。
変人一人にギッタギタにされたから弱いと思ってたって? いやあいつ変人だし。おいらめちゃくちゃ強いし。魔界一武道会連続優勝で殿堂入りしているほどの実力者だし!
たんにあいつがそんなおいらを上回る規格外のど変人だったってだけだし。
証拠見せる? そこのボストロールみたいなおっさんとか一瞬で消し炭にできるけど?
え? しなくていい? 見てみなきゃわかんなくない? いらない? あっそ。
とにかく、雄叫びで全員吹き飛ばしてやったら村長ビビり散らして謝ってきてさ、とりあえずおいらも世界平和しなきゃいけないから広い心で許してやったわけよ。
で、世界平和って何すれば良いか尋ねてみたらさ、この辺一帯を治めている領主がめちゃくちゃイヤなやつで、領民に高い税金を課して困らせているって言うんだよ。そんで、そいつをどうにかしたら、世界平和に一歩近づくんじゃないかって教えてくれたのよ。
だから早速その領主のとこに行って、世界平和のために税金安くしてくれって言ってやったのよ。
そんな見た目で税金の交渉に行くのシュールすぎるって?
まぁ、おいらもちょっぴりだけ悪魔としてのアイデンティティに不安を感じたけどね。
でも、平和に交渉に行ったのに領主のやつやっぱり攻撃して来やがってさ。しかも領主だけあって村長んとこの兵隊よりめんどくさいことして来やがるのよ。
パラディンとか聖魔法とか? 悪魔そういうの苦手だからさー。雑魚だと悪くすれば消し飛んじゃうのよ。
おいらクラスだと耐性あるけど、めんどくさいことには変わりないからさ。スーパー雄叫び食らわせて吹き飛ばしてやったのよ。
スーパー雄叫び? 雄叫びのもっと強力なやつだよ。名前がダサい? は? このカッコ良さ分からんの? バカなの? バカに決まってるわ。
めちゃカッコ良だしめちゃ強だし。綺麗さっぱり吹き飛ばしてやったから、歩きやすくなって見通しも良くなったんだわ。
そんで領主のとこ行って、世界平和のために税金安くしてやってくれって言ったら、ビビり散らして泣き喚いてさー。
涙と鼻水は出るし糞もしょんべんも漏らすし、あんまり汚いからちょっと綺麗にしてやろうとしたらさー。
……………
うん、ちょっとした事故があってさ。
まあ、領主がいなくなったら税金なんて払わなくて良くね? って思って満足したからそのまま変人のとこに帰ったんだよ。
領主に何があったって? いやなんもないよ、うん、なんもない。ちょっと洗ってやろうとしただけだよ。事故だよ事故。
とにかく変人のとこに帰って、世界平和に貢献してきたって報告してたんだよ。
したらなんか知らんけど村長がおいらんとこにきてさ、悪い領主はいなくなったけどその息子が兵隊を連れてこの辺を制圧しようとしてるって言うんだよ。
村長は悪魔を差し向けて領主を殺した極悪人にされてて、このままだと領主の息子に殺されるから助けてくれって泣かれてさ。
村長が死のうが生きようがどうでも良かったんだけど、それで息子と戦争になると世界平和から遠ざかるって言うから、仕方なく息子のところに和平交渉に行ってやったわけ。
そしたら、息子めっちゃ怒っててさー。
父親を殺されたんだから当たり前だって? 知らんし。事故だし。
それなのに邪悪な魔物とか忌まわしき生き物とか言われて、なんでか知らんけどめちゃくちゃ褒めてくれたのよ。
え? 褒めてない? いや、めっちゃ賞賛されてるって。
だから、息子は意外と話のわかる良いやつじゃんって思って、よくよく話を聞いてみたら村長のやつが実は悪者だったのよ!
もともと村長は領主の弟で、ずっと領主になった兄貴のことを妬んでたんだって。おいらを騙して兄貴を殺させて、領主の正統後継者の息子も殺させて新しい領主になるつもりだって。おいらは騙されてるんだって教えてくれたんだ。
それでめちゃくちゃ腹が立ってさー。
契約もせずにおいらの力を自分の良いように使おうとするなんて絶対にあってはならないことだからさ。
だから古の契約に従って、不当においらの力を行使しようとする輩に罰を与えよってやったら、村長も息子も溶けて無くなっちゃったのよ。
びっくりだよね、まさか二人とも溶けちまうなんて。
村長にも息子にも騙されてたって知ったおいらの気持ち分かる?
ちょっと自暴自棄になってダイナマイト雄叫び上げまくってたら、この辺一帯スッキリしちゃってさ。それでちょっと気持ちも落ち着いたってわけ。
さすがにうるさかったみたいで変人が様子見に来て、この辺スッキリしてるの見てゲロ怒られた。おいらなんにも悪いことしてないのに。
変人が住んでた古屋も吹き飛んじゃって、この辺に残ってるの領主の家くらいだったし。で、仕方ないから二人してこっちに引っ越してきたってわけ。
まぁ、もともとこの領主の家は変人の父親のもので、領主は変人の父親を殺してこの家を自分のものにしたみたいなんだよね。
だから家を取り返してやったことには感謝されたけど、この辺にあった本とか貴重な文献とかを全部吹き飛ばしちゃったことに対してはめちゃくちゃ怒ってた。
本は大切にしなきゃダメなんだってさ。
え? 怒るところそこなのかって?
変人は他のことは気にしないけど、本を大切にしないとゲロ怒るよ。変人だからね。
とりあえず、この家には変人の歴代のご先祖様が集めた本がたくさんあったから、またそれを読めるようになったことで機嫌直してくれたけど。
ちょっと気になってたけど、ここは家じゃなくて城じゃないかって? そんな細かいニュアンスどうでも良くね?
バルトゥナス王国? なにそれ?
数百年前に一晩で無くなった謎の王国?
知らんしそんなん。この辺にそんなもんあったの? 興味ないしどうでもいいし。
とにかくさー、それでおいら学習したのよ。領主がいなくなっても世界は平和にならないって。結局、村長とか息子とか、第二第三の領主が現れておんなじことを繰り返すだけだってね。
だから、領主と仲良くなって、領主に世界平和頑張ってもらう方向にシフトチェンジしたわけよ。ヒトの世界の平和に対する理解度はヒトの方が高いだろうしね。
ただ、おいらの見た目ってヒトからすると人智を超越したカッコ良さみたいで、この見た目でヒトの前に現れるとほとんどのヤツが泣いて喜んで話にならないのよ。
で、見た目をヒトにモデルチェンジしてから一番近いところにいる別の領主に会いに行ったのよ。
どんな見た目か見たいって? しょーがねーなー。ほらこんなだよ。
絶世の美女? ウケる。一応、おいらオスなんだけどね。
ヒトのオスってオスよりもメスのが好きだし、逆も然りだよね。だからメスに化けて領主に会いに行ったわけ。領主はオスだったから。
悪魔を呼び出したヒトのオスって、だいたい同じものを望むんだってさ。金、美女、栄誉。大概は金でなんとかなるから、金を選ぶヤツが多いって聞いたな。
メスは永遠の美しさを選ぶヤツが多いかな。美しさは金にも権力にもなるんだって。なんでか知らんけど。
え? そんなにホイホイ悪魔を呼び出せるのかって? そりゃ悪魔を呼び出した人間は何人もいるさ。見えないだけでその辺歩いてるヤツとかもいるしな。
戦争で英雄になったヤツとか傾国の美女とかで名を馳せたヤツとかは大概悪魔と契約してんじゃね? まぁ、軒並み途中で死んでるけど。
当たり前だろ。おいらクラスとランプを数回擦ったくらいで呼び出される悪魔とでは力量が違うのよ。その辺の雑魚と一緒にすんなし。
とにかくさ、ヒトのメスに化けて領主に会いに行ったらめちゃくちゃ歓迎されてさ。なんか寵姫とかいうのにしてくれてひたすらチヤホヤしてくれたのよ。
あれはヒトの求愛行動だったんかね? おいら悪魔のオスなのに。服やらピカピカした石ころやらどんどん渡されておいらの望むことならなんでも叶えてやるって。
だからおいらお願いしたんだよ、世界平和を。ほら、ヒトの感覚と悪魔の感覚ってやっぱりどうしても違うしさ。ヒトが世界平和を願うならヒトが主体でやった方が良いんじゃないかって思ったわけよ。
やだな、違うよ。めんどくさいから押し付けちゃえとか思ってないよ。
とにかく、その領主は話のわかるヤツでさ、おいらの願いを叶えて世界を平和に導いてくれるっつったのよ。で、そのために世界を征服してくれることになったんだ。
は? 発想がおかしい?
そうなん? 領主がたくさんいるとそいつらが相手を蹴落とそうとして平和が乱れるから、一人が世界を征服して全人類を支配したら戦争が無くなって平和になるって言われて、それは一理あるって思ったんだけど? なんか間違ってる?
間違ってるような間違ってないような? なにそれ?
まあとにかくさ、領主が世界征服頑張ってる間、おいらは領主の館でだらだらぬくぬく暮らしてたわけ。たまに抜け出して変人のところに遊びに行ったりしてたけど。
変人は変人だからヒト型で会いに行くよりネコ型で会いに行った方がウケが良くてさ。ついでに領主にもらった服とか石ころとかも変人にやろうとしたんだけど、領主に返して来いって言われたんだよね。
本を読むのにそんなもんいらないんだって。仕方ないから領主におねだりしてたくさん本を貢いでもらって、それを変人に持って行ったらめちゃくちゃ喜んでた、珍しく。
食べるものもやった。あいつ、おいらと契約して死ななくなったのを良いことに、飲み食いせずにひたすら本を読み続けてたからさ。風呂にも入らないからくせーし。洗ってやろうかと思ったけど、最初の領主みたいにミンチが全部ワームになっても困るからやめといたけど。
え? だから事故だよ。何がどうなったかって? だからミンチがワームになったんだよ。それ以上でもそれ以下でもないよ。
とにかく、食い物と本以外は突き返されたから服や石ころなんかは領主に返そうとしたんだけど、プレゼントしたんだから持っていて欲しいって言われてさ。仕方ないから領主の次に偉いやつに返そうとしたら
「これを受け取るわけにはいかないので、然るべき時までお預かりしておきます」って言われたのよ。
でもまあ受け取ってもらえたから良かったんだけど。
で、領主のやつが世界征服頑張ってるからおいらも少しは貢献しとかないとなーって思って、その二番目に偉いやつに世界平和のために税金を無くしてくれって頼んだんだ。
そしたら、税金を無くすと社会福祉や公共事業に使うお金が無くなって国が立ち行かなくなるのでそれはできないって言われてさ。
そんでから
「ただ、今は戦時中で平時よりも高額の税金が課せられており、民の生活が苦しくなっているのは事実です」とも言われたのよ。
それで気がついたんだけど、戦争はしてるわ税金は高いわで世界は全然平和になってなかったんだ、コレが!
思わず、そんなつもりじゃなかったのにってボヤいたら、なんでか二番目のヤツが
「やはり貴女は誤解されているだけで、心の清い人だったのですね」とかなんとか悪口言って来やがってさ。
え? 褒めてないだろ、超弩級の悪口だろ普通に。いや、悪魔に向かって『心が清い』が褒め言葉になるって本気で思ってる!?
そうだろ? 分かればいいんだよ、分かれば。
そんな悪口言ってきやがったその口で
「私の理想も世界を平和に導き、この地に住まう全ての民が平穏に恙なく暮らせることです。もし、私がその理想を叶えて、貴女がその結果に満足したならば、私にその手を取る栄誉を与えてくださいますか?」
とかなんとか言って来やがって、悪口言われたことにはムカついたけど世界を平和にしてくれるんなら握手くらいいいかって了承したんだよ。
それ握手じゃなくて求婚されたんじゃないかって? バカ言うない。おいら、悪魔のオスだせ。ヒトのメスじゃないんだぜ。悪魔のオスとヒトのオスが結婚なんてできるわけないだろ。
は? その姿は絶世の美女だろうって? いや、分かるだろ魔力とかオーラとかで。分かんないの? マジで?
ふーん。ヒトって不便なんだな。
二番目のヤツが不憫だって? でも、もう昔のことだしあのおっさんとっくに死んでるし、今さらそんなこと言われてもさー。
あー、領主に戦争を止めて民の税負担を軽減しろって進言してぶっ殺されたんだよ。兵隊を差し向けられたからおいらを連れて逃げようとしたけど、逃げきれなくて自分が囮になって刺されて死んだよ。
助けてやらなかったのかって? いや、おいら別にあいつとはなんの契約もしてないし、助けてやる義理とかなくね?
それに、おいら変人と契約中だし、契約してない人間の手助けすると違反になるのよ。できることとかないのよ、普通に。
それがきっかけになってクーデターが起こって、領主も結局ぶっ殺されたからプラマイゼロで良くね?
良くない。うーん、いまさらそんなこと言われてもなー。昔のことだしさ。
え? その領主の名前? そんなの覚えてないよ。華欄王国の紂玄じゃないかって? ぜーんぜん覚えてない。
なら、おいらが何て呼ばれてたかって? 傾国の悪姫、花魁? いやそんなの全然知らんし。
とにかく、クーデターのせいで領主は死んじまうし世界征服のために併合してあった国もバラバラになっちまったから、この作戦は失敗に終わったんだ。
けっこう時間かかってたからめっちゃ無駄なことした気持ちになったわ。
しかも、囮になる前に「預かっていた物の一部です。逃げる際にお使いください」っておっさんから渡された袋に返したはずの石ころがたくさん入っててさー。いらんのに。
邪魔だったからそこらへんに建ってた家にちょっとずつ放り込んでそのまま変人のとこに帰ったのよ。その家がどうなったかって? 知らないよそんなこと。
コッドタウンの呪われた宝石事件? なにそれ?
コッドタウンの複数の家に高価な宝石が放り込まれて、誰が何の目的でそんなことをしたのか分からずに大騒ぎになった?
強盗の仕業で後で取り返しに来るつもりだとか、実はどこそこの家が盗んだ宝石を他の家になすりつけて罪に陥れようとしているとか、どこそこ家の宝石は投げ込まれた物だけどこちらの家の宝石はもともと主人が愛人のために買って隠し持っていたものだとか様々な憶測を呼んで、お互いが疑心暗鬼になって殺し合いに発展してほとんどの家が無くなってしまった、と。
ふーん、ヒトってほんと殺し合い好きだよねー。
え、違う? おいらのせい? なんで? おいらが宝石を投げ込んだせいで殺し合いになったって?
意味わからんし。勝手においらのせいにすんなし。
普通、家の中になんか良いもんが投げ込まれてたら他の悪魔に自慢して終わりじゃね? 自慢された方だっていいなーお前ばっかりずるいなーとは言うだろうけど、自慢されて終わりだろ。
なんでそれで殺し合いになんの? 意味わかんねー。結局、ヒトは殺し合いがシュミでその宝石をきっかけに殺し合いになったってだけのことじゃね?
だってさー、最初の領主だって次の領主だって、おいらが世界平和をお願いしますっつってんのに、世界平和のために始めたのは結局殺し合いだったんだぜ?
他人事みたいな顔してるけど、お前らだって一緒だよ。魔王が気に食わないからって殺しに来たんだろ? こういうところが許せないので直してくださいとか言えばいいのに、魔王でもなんでもないおいらをいきなり殺そうとしたじゃんか。
自分たちで選んだ選択なのに、それをおいらのせいにされてもね。
あれ? なんか落ち込んでる? それともなんか怒ってる?
まぁ、どうでもいいけど。
とにかくさ、おいらはヒトは寄ると触ると殺し合いを始める生き物だって理解したわけさ。
でも、それだと世界は平和にならないだろ?
だから、ヒトが殺し合いを始めようとしたら、それをぜーんぶ焼き尽くすことにしたわけよ。
表現が不穏? 普通に雷落として一掃したけど? 雄叫びで全部吹き飛ばすよりはマイルドだよ。地形は変わらないからね。
サカマール平原の神の雷? ルクス峠の聖なる稲妻?
うーん、それもしかしたらその辺は全部おいらかもねー。戦争を憂いた神の御業? ウケルし。おいらだし。悪魔だし。
なんだよ? 勝手に勘違いしたのそっちだろ。おいらのせいにすんなし。それに、もうほとんど神みたいなもんじゃん。おいら充分世界平和に貢献してるしさ。
どこがだって? この涙無くしては語れないおいらの苦難のストーリー聞いてそういうこと言う? 実際、雷で焼き尽くすことにしてからは戦争も減っただろうがよー。普通においらのおかげじゃね?
納得いかない? 魔王として成敗する?
え? お前らバカなの? バカなの? おいらの話し聞いてなかったの?
やめとけって! おい! 危ない! 危ないって!
やめろってば! ってほらぁ〜。
…………
あーあ、だからやめろって言ったのに。
え? それが勇者? 溶けちゃったけど。
てか、見てたよね? おいらのヨダレ落ちるとこ。思っきり踏んづけるからさー。
それに、おいらきちんと説明したよね?
そこのボストロールみたいなおっさんを一瞬で消し炭にできるよって。雄叫びでこの辺一帯更地にできるよって。雷で戦争中の兵隊を全員焼き尽くせるよって。
なんでおいらに勝てると思ったの? バカなの? 脳みそダチョウかよ? 今さらビビっても遅いよ。勇者もう溶けちゃったし。
……………
あーあ、なんか今ので心がポッキリ折れちゃったなー。おいら、何百年も世界平和頑張ってきたのに。
前から思ってたんだけど、メガント雄叫びで世界中全部更地にしてやったら世界は普通に平和になるんじゃないかな。争うやつが誰もいなくなれば、世界は平和になると思うんだよ。
は? 自暴自棄になるな? 考え直せって?
ちょっとやさぐれただけだし、やらないよ。できるけど。
おいら説明したろ? 本を吹き飛ばしたら変人にゲロ怒られるって。本当はヒトを吹き飛ばしたり焼き尽くすのもやめろって言われてるんだ。
その中に、面白い本を書くやつがいるかも知れないし、そいつが書かなくてもそいつの子孫が書くかも知れないからって。
でも、あいつが本に興味が無くなったら全部吹き飛ばして終わりにするつもりだよ。それが一番手っ取り早いからね。
そんなことにならないように、定期的に本を献上する? くれるの? マジで?
それ教えてやったら、あいつ絶対喜ぶわ!
お前らちょっとウザって思ってたけど、良いとこあんじゃん。早速、あいつに話してきていい?
あ、お前らももう帰るの? うん、ご苦労さん。
本、できるだけ早く持ってきてね。家の中に入るとおいらのヨダレが落ちてて危ないから、普通に玄関のとこに置いといてくれたらいいよ。せっかくの本が溶けちゃうと困るからね。
じゃあ、おいらあいつのトコに行ってくるから!
バイバーイ
あ、言い忘れてた!
って、なんで腰抜かしてんの? そこ、ヨダレ落ちてるから触ると溶けるよ。
ところで、おいらもあいつの影響で最近ちょっとだけ本を読むんだ。だから、あいつが読んでるみたいな小難しいのじゃなくて、おいらでも読めそうな面白そうなやつも持ってきてよ。
『木ねずみタンタンとどんぐりの森』みたいなやつ。
え? 読んだことある? おもしろいよねアレ。なんかあんな感じのがいい。
タンタンの続編がある!? マジ!?
絶対読みたい! 絶対それ持ってきて! 約束な!
じゃあ、おいら今度こそあいつんとこ行ってくるから!
家を出る時はヨダレに気をつけてな。そんじゃあな!
そう言って、悪魔は絶世の美女から小さな黒い子猫に姿を変えて、そのまま軽い足取りで走り出した。
ふんふんと匂いを嗅ぎながら走り回るも、探し人は見つからない。
いい加減焦ったくなり始めたところ、ふと覗いた窓から庭の東屋で座っている少女が見えた。子猫はそのまま窓枠に手をかけると窓からひらりと飛び降りた。
「探したじゃんかよー。てか風呂に入ったのか? 臭いがしないから分からなかった」
駆け寄ってきた子猫を見て、少女が薄らと目を細める。
「研究がひと段落して、ふと鏡を見たら髪の毛が石化しつつあるのに気がついたんだ」
「ほぼ石になってたもんな、お前の髪の毛。ちなみに、お前が風呂に入ったのは80年ぶりだ」
子猫は、喉をごろごろ鳴らしながら少女の足にまとわりついて額を擦り付けた。
「…通りで。身体をくまなく洗うのに6時間かかった」
まとわりつかれた少女は、子猫の脇に手を入れて壊れ物でも触るようにそっと抱き上げる。
「髪の毛にポチャロンが巣を作ってたもんな。そりゃ、それくらいかかるわ」
「ポチャロンって蛍光紫で足が20本くらいあってなんかネバネバしてるやつ?」
そのまま子猫を膝の上にそっと下ろすと、子猫が喉を鳴らす音は一際大きくなった。
「それそれ。しかも番いで飼ってたからな。なかなか珍しいよ」
「あいつ薄ら光るから、夜明かりをつけなくても本が読めて便利だった。洗い流しちゃったから、これからちょっと不便になるかも」
「明かりくらい、おいらがいくらでも点けてやるよ!」
子猫は少女の膝の上でくるくると周りながら落ち着く場所を探し、そのままくるりと丸くなると少女を見上げた。
「それはありがたいな」
目を細めて微笑む少女に、子猫の鼻の穴がふんすと広がる。
「そんなことより聞いてくれよー。さっき、勇者一行とかいうのが来ててさ、なんか知らないけど定期的に本をくれることになったんだよ」
「なんと! それはありがたい! 本を買うために宝物庫の物や城の調度品を売り払ってもらったけど、そろそろ軍資金が尽きそうだったんだ!」
少女の手が優しく子猫の頬に触れて、子猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「売ったもの全部で二百億になったって喜んでたけど、今はいくら残ってるんだ?」
「…七万だ」
一瞬、子猫は喉を鳴らすのを止めたが、少女の手が子猫の耳の後ろをくすぐり始めたので、またもや気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。
「おいら、ヒトの世界の金勘定とかよく分かんないけど、それって普通のことなのか?」
「………普通だろ。なんせ430年分だ」
「じゃあ、お前に召喚されてからもう430年経ったってことかー」
「そうなるな」
子猫は、ふっと立ち上がると前脚を少女の身体に預けて彼女の顔を覗き込んだ。
「お前、そろそろおいらの番いにならないか?」
「なんでそうなる」
「お前ほんとは世界平和とかどうでも良くて永遠に本を読んでられたらいいとしか思ってないよな?」
少女は、ふと遠くを見るように空を眺める。
「…世界は平和な方がいいとは思ってるさ」
「でも、実現できると思ってないよな?」
「……」
無言で空を眺める少女の顔を、子猫は後ろ足で伸び上がって無理矢理覗き込む。
「世界中を更地にしたら、世界は平和になる。そしたら、おいらはお前の魂を食うことができるんだ! でも、おいらはそんなことしたくない!」
子猫は前足で少女の頬を挟む。
「お前の魂を食いたくない! お前とずっと一緒にいたいんだ! 本が欲しいならたくさんやる! だからおいらと番いになってくれ!」
少女の手が子猫の鼻先をするりと撫でた。
「魅力的な申し出だが、お前と番うということはヒトを辞めるということだろう。さすがに少し葛藤がある」
「なんでだよー!?」
子猫は、怒ったように少女の膝から飛び降りた。
「お前なんか、既に人外だろー! 500年近く生きてるし、普段は髪の毛石だし頭にポチャロン飼ってるし顔には苔が生えてるしなんなら腋にはキノコだって生えてるじゃないか! どっからどう見ても立派な悪魔だろ! なんで悩む必要があるんだよ!」
「……悪魔になったら、世界を更地にすることに抵抗が無くなっちゃうんじゃないかと思ってさ。だって、ほら。ここはすごく静かで平和だろう」
少し寂しげな少女を見て、子猫は逆立てていた毛をゆっくりと寝かせ、膨らんで棒立ちになっていた尻尾をペタンと地面に垂らした。
「お前はそんなことしないよ。そんなことをしたら本が読めなくなるからな」
「それもそうか」
少女は再び子猫を抱き上げるとニッコリ笑った。
「じゃあ、今度、風呂に入ったあとにお前と番いになる」
「はぁっ!? そんなんいつになるか分からんし! 待たせんなし! 今すぐ番いになりやがれ!」
「ダメだよ! どうせ悪魔になるなら私は最強の肉体と魔力を手に入れたいんだ。そのために本を読んで研究する時間が欲しい」
「そんなもん手に入れてどうするつもりなんだよ!」
「え? ただ手に入れたいだけだけど?」
「なるほど、ならしょうがないか」
抱き上げられてジタバタと暴れていた子猫は、ふと体の力を抜いて大人しくなる。
そんな子猫の鼻先に、少女は軽く口付けをした。
途端に、ぼふっという音とともに子猫の身体中の毛が逆立ち、子猫はそのまま音もなく地面に滑り落ちた。
子猫が滑り落ちたはずの地面には、べちゃべちゃでヌメヌメとした謎の物体がウニョウニョもぞもぞと蠢いており、それを見た少女はクスリと笑って呟いた。
「私もお前とずっと一緒にいたいよ」
緩やかな風が少女の髪の毛を揺らす。
430年前、悪魔の手によって更地にされたバルトゥナス王国の跡地には、今は青々とした森が広がっている。その最奥にある王城には、もはや昔の栄華の面影は見当たらない。
蔓草に覆われ、城壁の割れ目からは木々が芽吹き、庭にはツメクサやボチョドリヌスやババルリの花が咲き乱れている。
城を囲む森には木ねずみやムチュプチュやウサギが巣を構えており、時々ヒューヒーの鳴く声も聞こえる。
そこには、時が止まったかのように穏やかな時間だけが流れている。
いつか、この城には仲睦まじい悪魔の夫婦が棲まうようになるだろう。
それは二百年後のことなのか三百年後になるのかは定かではないが、その頃にはこの森はもっと大きく育っているだろう。
そして、こんもりと囲まれた城で、悪魔の夫婦は永遠に幸せに暮らすことだろう。
世界が終わりを告げるまで。
ダチョウの脳みそは40グラム