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田中伊知子②

 夫の名前は、田中太郎。これを上回るのはないんじゃないかと思うくらいの簡単な名だ。下の名前が一郎じゃなかったのが救いだ。私は伊知子だから、いちろう・いちこで、漫才の夫婦のようになってしまうから。

 あ。

 もー。夫が近所の植田さんの奥さんに、またベラベラ何かしゃべっている。

「なぜ資本主義のもとでは貧富の差がとめどなく拡大するのかと申しますと、金持ちと貧乏人が所有しているお金をともにすべて銀行に預けた場合、金額が高い金持ちのほうが多くの利子をもらえるといったように、金持ちがより金持ちになるシステムになっているからなのですが、もう一つ大きな要素として、人間の心理があるんです。例えばプロ野球では、打率が三割だと素晴らしく、二割五分だとたいしたことがないバッターだと言われるのですけれども、百回のうち三十本ヒットを打てるのと二十五本ヒットを打てるのという、わずか五本の違いでしかありません。その五本が大変ではあるのでしょうし、もっと打数が増えて五百回なら二十五本差になりますので、はっきり違ってくるんだなどと指摘されることも考えられます。とはいえ、両目の間が狭く見える人と離れて見える人の差が実際はほとんどないように、人間はちょっとの差を大きく捉え、加えて、勝ち馬に乗ろうとする。トップクラスのスポーツ選手には、まずまずのレベルの選手との実力差の何倍ものスポンサーがつくことからも明らかでしょう。要は、格差社会を嘆きながら、自らその状態を後押ししている可能性も多分にあり得るのであり、それに大勢の人が気がつけば、もっとなんとかなるはずなんですけどね」

「なるほどー。勉強になるわー」

 私たちより少し上の年齢で、愛想の良い植田さんの奥さんは、いつも笑顔で夫の話に耳を傾けてくれる。近所でも、あんなにちゃんと相手になってくれるのは、あの人くらいのものだ。日頃の他の場面からも、善い人に違いないとは思うが、微笑んでいるのは夫の変人っぷりが可笑しいからじゃないかと勘繰ってしまう。何にしても、恥ずかしくて仕方がない。

 迷惑な人も多いだろうし、ああやって他人にくだらない長話をするのはやめるように、いいかげん夫に注意しようか。

 でもな。あれが唯一の生きがいかもしれないし、そろそろガタがきてもおかしくない歳になってきたなか、元気と一緒に働く気力をなくされて、これ以上稼ぎが悪くなったりしたら困るから、しょうがないか。

 ……だけど、やっぱり恥ずかしい。

 あー、やだやだ。こんなことに悩まされて、ほんとに私の人生って何なんだろう?


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