表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/51

田中伊知子①

 人生について、最近よく考える。

「その人の人生がどういったものになるかは運命で決まっている」なんて言ったら、まともな大人の発する言葉じゃないとか、おかしな宗教にハマったんじゃないかなどと思われたりもしそうだけど、ある程度は当たっているんじゃないだろうか? 幸せになれる人は何も考えず好き勝手やっててもなれるし、反対に幸せになれない人はどうあがいてもなれない。

 私自身、足りない頭や、地味なパーツの集合体みたいな冴えない容姿に生まれたこともあって、幼い頃から自分が幸せになれるイメージを持てたときなど一度もなく、予想通りのぱっとしない日々が半世紀以上も続いて、現在に至っている。

 もし若いときに死に物狂いで勉強なんかを頑張っていれば、幸せな人生を手に入れられたのだろうか?

 でも、よく大人が子どもに努力の大切さを説くが、人間が後天的に上積みできるものなんてたかがしれてるんじゃないだろうか。いろんな成績や数値がすごく向上する人もいるけども、それはうまく使いこなせていなかった能力を訓練することで扱えるようになるだけで、やっぱり持って生まれた部分が大半なんだよ、きっと。

 そうした才能と、お金持ちの家に生まれたといった環境。その二つの運次第。

 しかしこれを他人に話したら、「そんな考え方だから幸せになれないんだよ」などと冷たく返されてしまいそうだ。

 そうだよ、その通り。今までたいした努力もせず、卑屈な性格でさ。でも、そういう人間に生まれてきたっていうのが、やっぱり運命じゃないか。

 はーあ。こんなふうにむなしい堂々巡りになるだけだから、人生がどうこうなんて考えるのはやめにしようと思ってるのに。つい頭に浮かんで、またやってしまった。

「一般的にうつ病は、心地よさを感じた際に分泌されるセロトニンという脳内物質のバランスが崩れることでなってしまうと考えられているんだ。だから治療薬である抗うつ剤はセロトニンの分泌の正常化を促したりするのだけれども、それだけでは治らないケースが多い。ウイルスをやっつけるような薬じゃないから時間が経てば元に戻ってしまうんで、そもそものセロトニンのバランスを悪くしている原因であるストレスなどを取り除いたり対処できるようにしたりしなければ解決しないというわけだ。そして、日本で長年続いている経済の低迷にも同じことがいえる。金融緩和という薬で景気を良くしようとしたところで、多くの国民の稼ぐ力や環境が不十分だし、少々賃上げされたとしても先々の不安が大きいから消費は増えないし、企業も少子化などで明るい展望が描けないからお金を貯め込むのに、そうした根本原因の不安を和らげるためにも必要な生活保護を政治や行政は受けにくくしているし、会社の成長の妨げになるので従業員を解雇しやすくすべきだと語る経済の専門家は少なくない。そんな調子だから、一時的に景気を良くできても、またすぐ停滞するだろう。なぜそれがわからないのか。政治家や官僚や経済アナリストたちは数字や理屈ばかり追いかけてないで、現実の一人ひとりの庶民をよく見ることだ。そうすれば、本当にやるべきこともおのずと見えてくるだろう」

 まただ。あー、やだやだ。

 私の夫が、一軒家の自宅から十メートルくらいの位置の歩道で、おそらくたまたま通りかかった、高校生だろう、学校の制服姿の見知らぬ男のコ相手に、ベラベラ好き勝手なことをしゃべっている。

「へー、そうなんですね。おじさんは経済学の大学の教授とかなんですか?」

「いいや、私の仕事は警備員だ」

「へ? 警備員?」

「ああ。あと宅配便の仕分けもしているよ」

「はあ……」

 夫はメガネをかけ、ハゲかけた髪に、やせてこけたほおに、シワの入り具合、そして全体として気難しそう、良く言えば賢そうな顔立ちで、確かに大学の教授と偽っても違和感はないし、かなり意外だったのだろう。素直で善い子っぽいその男のコは呆気に取られたようになった。加えて、そのコの背後で少し距離をとり、もっと離れている私からは近い地点にいる、友達らしき同じ制服の二人の男子がクスクス笑っている。

「何だよ、おっさんのフリーターかよ。偉そうに語っちゃってさ」

「要するに、自分が生活保護を受けたいってことなんじゃん?」

 あー、恥ずかしい。後ろのコたちはちょっと性格が悪そうだけれど、今小声で口にしたのは妥当だよ。何を偉そうに。

 だいたい夫は経済に詳しくないし、むしろ苦手で学生時代の成績は悪かったと義理の母がたしか言っていた。だから、しゃべっていた内容が正しいかどうかも定かじゃない。

 もし間違ったことを話していて、それを信じさせてしまったら、未来がある若いコたちには特に良くないだろうし、即刻やめさせるべきだったろう。でも、恥ずかしくて近寄りたくもない。

 あーあ。なんであんな人と結婚してしまったんだろうか。それによって私の人生のレールが幸せにはたどりつかないことが確定したようなものだ。

 いやいや、やめよう。そんなことを考えてたって、やっぱりむなしくなるだけなんだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ