第4話 初級のボス部屋にて
現在俺は、ダンジョンのボス討伐の順番待ちをしながら、10階層のボス部屋前のセーフティーエリアで野宿している。
ボス部屋に入る順番を守るのは冒険者としての当然のマナーで、ボス部屋自体にもルールがあり、ボスが居る場合は、入り口の扉が閉まっていて、挑戦する冒険者が扉を開けて、中に入ると自動で扉が閉じて鍵が閉まる。
そして、見事にボスを討伐すれば入り口と出口の二ヶ所の扉が自動で扉が開き、6時間程そのままになり、ボスがリポップすれば、また扉が自動で閉まる仕組みだ。
そして、ボス部屋に挑戦中に鍵だけ開いて、扉が開かない場合は、それはつまり中の冒険者の全滅を意味する。
と、まぁ、そういう仕組みだと、俺の前で順番待ちをしている、普段は葡萄農家のDクラス冒険者のおっさんが、ついさっき暇潰しがてら教えてくれた情報である。
『ご丁寧に有り難うございます。』
しかし、ダンジョンのボス部屋前での時間潰し目的に始まったおっさんとの雑談も、すぐに話す話題も尽きて半日ほど静かに扉を眺める時間を過ごしている。
討伐後のリポップに6時間かかるのが厄介だ。
そして、ようやく俺の2つ前の駆け出しパーティーのボス部屋チャレンジの番になり、俺と同じくらいの男の子三人のヤンチャそうなパーティーだが、
「お先に失礼します。」
と頭を下げてから出発するという、なかなか礼儀正しい子供達だった。
重そうな扉を押して三人が中に入っていくと、自動で扉が閉まり、ガチャンと鍵が掛かると、再びボス部屋前は静けさを取り戻す。
静かな空間で、俺のひとつ前で順番を待つ冒険者のおっさんが、
「扉まで開きますように…」
と、小声で祈っていた。
『そうか、鍵だけ開けば全滅だからな…』
と理解し、俺も見たことのないこの世界の神に見よう見まねで、三人の無事を祈ってみた。
それから、ボーッと扉を眺める事、約30分…
急にガチャンと鍵が開き、続いて扉がユックリと開き始めた。
ボス部屋の中には、一人仲間の肩を借りてはいるが、三人ともしっかりと立っており、そして、
「お先に上がらせて貰います!」
と、一礼して奥の転移陣部屋に移動してゆく。
おっさんは、
「気持ちのいい坊主達だったな…」
と呟き、俺も、
「そうですね…」
と、去り行く三人の背中を見送った。
それからは、新たな順番待ちも無く、おっさんと俺だけが、ただボス部屋の開け放たれた扉を眺めなるだけの虚無な時間が続き、やっとのこと6時後にギィーっと扉が閉まると、おっさんが槍を担いで、「ヨッコラショ。」と、いかにも年寄り臭く立ち上がり、俺の方を見て、
「少年…もしも、鍵だけ開いたら、その時は躊躇せずに飛び込め。
手傷を負ったボスが完全復活する前に…」
とだけ言い残して、少し寂しそうに微笑んでから、おっさんは何かを決心した表情で、扉に向かう。
なんだか、死亡フラグらきし台詞に思わず、
『おっさん…』
と心配になる俺に、おっさんは振り向かないまま片手をヒラヒラさせてボス部屋の扉を開けて中へと進んで行く…すると、ユックリとボス部屋の扉が閉まり、俺だけ取り残された静かな空間に、ガチャンと鍵がかかる音だけが響いた。
おっさんの背中を見送り、そして、シーンという音が聞こえそうな空間で、俺の、ただ扉を眺めるだけの時間が始まろうとした瞬間、何故かガチャンとボス部屋の鍵が開いた。
『えっ、早すぎる!おっさん!!』
と、焦りながら立ち上がる俺だが、ゴゴゴっとボス部屋の扉が開きだし、中からおっさんが、
「ビックリした?
ねぇ、ビックリした?
死んだか!?って思ったでしょ。
俺、これやるために頑張って鍛えてるんだぞ。
じゃあ、坊主、走りキノコも手に入ったし、早く帰って奥さんとイチャイチャすっから、お先ぃ!」
と、ニコニコしながら俺に向かって大声で話して、驚く俺の反応を楽しむ暇も無く、おっさんは上機嫌で、また後ろ向きのまま片手をヒラヒラさせて帰って行った…
『趣味の悪い、粋な趣味だな…』
と感心するやら呆れるやら…俺は無言でおっさんを見送ったあと、現在一人でまたボーッと扉が閉まるのを待つ時間が来てしまった。
あまりの静けさと、暇な事に耐えかねて俺は砥石を出して、シャコシャコと片手剣を研ぎ、それでも余る時間で、干し肉と乾パンで腹ごなしをして、待機しているエリアの隅っこでトイレも済ませたが、結局、時間が余りまくってしまい、また死んだ魚のような目で扉を眺めて虚無る羽目になってしまった。
どれぐらいボーッとしていただろうか…ようやく扉がゴゴゴっと閉まり、俺の番が来たことを知らせる。
若干、俺と同じ年頃の男の子が三人がかりで苦戦していた様子だったのが不安材料ではあるが…
「ヨシ!」
と、自分に気合いを入れて、扉に向かう。
思ったよりも少し重い扉を肩で押しながら開けると、そこには、だだっ広い空間の真ん中に、一匹の牛が立っている。
『牛か…まぁ、上の階層の猪の上位互換だな…』
と、頭の中で納得しながら、まだ距離のあるボスを眺めながら戦闘準備にはいる。
スピードと、パワーは有るのは決定らしいが、皮膚が固ければ詰むかもしれないな…やっべー、緊張してきた。
勝てるかな?
等と様々な考えが頭を駆け巡るが、既に鍵がかかり引き返せない状態である。
盾と剣を構えながらユックリと牛に向かうと、ボスは見えない白線でも有ったのかと思う程に、棒立ちで待機していたのに俺が、あるところまで近づくと急にスイッチが入った様で、
「ブモッ」
と、短く唸り、後ろ足で大地を引っ掻きながら、エンジンでもフカす様に興奮するブラッドブルという、赤い牛を前にして、俺は、
『大きさは軽バン程かな?』
などと、アホみたいな感想と同時に、4人乗りの軽自動車に、轢き殺してやる!というレベルの殺意で向かって来られるのか?!という恐怖を感じていた。
唯一の救いは、突進メインの直線的な動きと、あの質量が故のコーナリングの下手さで、一回避けると、二回目の攻撃まで体勢を立て直す為の間が空くと思われる点だろう。
「やるっきゃないな。」
と、諦めにも似た決意を呟き、そして、ボス戦という名の闘牛が始まろうとしていた。
こちらの攻撃範囲内でギリギリで牛をかわして、首筋に攻撃を入れる…気を付けるのは、角のみ…
と、頭の中で作戦を繰り返し唱えながら俺は身構え、そして、奴の突進を合図にボス戦が開始された。
「ブモォォォォ!」
と吠えた後に真っ直ぐに突進してくる真っ赤な牛に、
『えっ、速い!』
と、思った以上のスピードにビビり、少し早めに回避をしてしまった俺は、ヤツを避ける事はできたが、攻撃が出来ない距離まで移動してしまった。
しかし、今の一回の突進で気づいたのは、あと少し早く回避したならば、牛は突進の軌道を修正して避けた場所に追撃が来る可能性があるので、最低でもさっきのタイミングか、もしくは、もっと我慢してジャストのタイミングで避ける必要がある事を理解したのだが、
『しかし、そのジャストのタイミングが解らない…』
避けるにしても、もう少し我慢しないと片手剣の間合いに入らないし、かといって我慢し過ぎるとヤツの角の餌食になってしまう…
と、俺が焦りながらも頭をフル回転させていると、ブラッドブルは壁際で止まり折り返してくるようだ。
ヤツは数回地面を引っ掻き、
「ブモォォォォ!」
と叫び、再び突っ込んでくる。
俺は、ジャストのタイミングとやらを模索しながら、一旦ヤツをかわし、あえて攻撃をせずに見送りつつ、ブラッドブルが止まって反転する距離を見計らう。
軽バンくらいの大きさの牛が、フルスピードで走るのだ、制動距離がかなり有るはず…
ヤツは轢き損ねた事を確認し、停止して折り返す場所は、俺から10メートル以上は離れている。
つまり、止まりたくても10メートルは制御不能で前進するのだろうと結論づけ、俺は、闘牛士の様な赤い布は持ち合わせて無いが、大きな動きで奴の注意を引きながら移動する。
「やーい、モーモーちゃん。
こっちだよぉ~、悔しかったらここまで、お~いでぇ~!」
と、ふざけた様子で騒ぐ俺を見て、ヤツは鼻息を荒げている。
そして、俺を睨み付け『次こそは!』といった気迫で突進してくる。
さぁ、次が勝負だ!
奴が、某エナジードリンクのまわし者で無ければ、翼は授けられていないはず…
俺はヤツを惹き付けてからギリギリで回避する。
すると、俺に集中していたヤツは、俺の背後に壁が有ることに気がつかないようで、見事に角を壁に突き立てたうえで、頭を強打し、壁にぶら下がりノックダウン状態になる。
俺はチャンスとばかりに牛に駆け寄り、頸動脈を目掛けて片手剣を突き刺すと、ブラッドブルの赤黒い首筋から、血が吹き出しヤツが鮮やかな紅に染まる。
『ほら、マジもんのブラッド色だ。』
と一瞬ほくそ笑んだ俺だが、痛みで目が覚めたヤツはが壁から角を引き抜こうともがきはじめた。
『まずい!』
と焦りながら、俺は首を切り付けた剣を握り締め、今の位置から攻撃出来る片方の前足に狙いを定め可能な限り、時間いっぱい切りつけた。
しかし、少し欲張り過ぎてしまい、壁から引っこ抜いたついでの勢いの、奴の角の凪払いを見事に食らってしまった。
俺は咄嗟に中古の盾でガードしたが、余り効果はなく、ホームランには成らないが、かなりのクリーンヒットを食らい飛ばされた。
角を刺された訳ではなく、角で叩きのめされた俺は、肺の空気が押し出され、吸い込みたくても痛みで呼吸の仕方を一瞬忘れそうになる程パニくっているが、ヤツは攻撃の手を緩めてはくれない…
ヤツもチャンスとばかりに飛ばされた俺に追撃を加えようとし、なんとか武器を握りしめ、ユラユラと立ち上がる俺を目掛けて突進してきた。
『ヤバイよ、ヤバイよ!』
と出川みたいに焦るが、勿論許しては貰えない。
俺は必死に呼吸を整えて自分を落ち着けながら、ヤツの突進をギリギリで飛び込む様に転がって避ける。
ヤツは轢き損ねた事に気がつきブレーキをかけるが、俺が先ほど最後っ屁の様に時間いっぱいまで切りつけた片方の前足が、奴の左右のバランスを狂わしたのか、突進から止まる事が出来ずにヤツは横転してクラッシュした。
その間に、俺はフラフラで立ち上がり、一度深呼吸をして、落ち着き直して武器を構える。
ブラッドブルもプルプルと立ち上がり、戦闘体制に入るが、首と前足から血を流し過ぎたのか、そのまま前のめりに倒れて、バシュンと音を発ててて消えた。
あまりにも急な幕引きに、少し拍子抜けした俺は、
「死に際まで前のめりとは、漢だねぇ…」
と呟き、その場でヘタリこみ、気休めの安いポーションをカバンから出して飲み干す。
そして、少しの休憩の後に、奴の消えた場所に向かうと、初めて見る拳より大きな魔石と、立派な角がドロップしてるのを確認すると、
『…終わった…』
と、心から安心して、俺はヘニャっと腰が抜けてしまい再び座り込んでしまった。
何とかボスを撃破した喜びを噛みしめた後に、ドロップアイテムを鞄に押し込み、出口に向かうと、そこには噂通り、ダンジョンボスの初討伐のご褒美の宝箱が出口前に現れていた。
宝箱がランダムで現れるという噂を聞いて9階層を駆けずり回ったが、結局、宝箱は見つけられず、以前のアタックボアからドロップした宝箱から木槌を手に入れて以来、数日ぶり二度目の宝箱である。
ドキドキしながら中を確認すると、7つ集めると願いが叶いそうなサイズの水晶玉?が、ひとつ入っていた。
俺が、それを手に取ると、玉はピカッと光りを放ちフッと消えた…
『えっ、何か解らないまま消えた。
要らない物なら売れただろうに…』
と、戦利品が消えて無くなった事で、すごく残念な気分のまま、このダンジョンの一番奥にある転移陣の部屋に入り、部屋の真ん中の床に描かれた魔法陣に乗り、魔力を流すと資料を読んだのだが、ここで俺は魔法など使った事がないことに気が付く。
とりあえず、『動け!』と、念じてみると、魔法陣が青白く光りだし、
『セーフ、俺にも魔力は有ったみたいだ…』
と、安心したのだった。
一瞬、魔力無しで転移陣が起動せずに、歩いて地上まで帰る事も覚悟したが、金なし、使えるスキルなし、魔力なしでは、余りにも俺が可哀想過ぎる…
しかし、何とか魔力は有った事に喜びを感じる暇もなく、体がフワッと落ちる感覚が有り、辺りを見ると、ダンジョンの入り口の受付横に立っていた。
冒険者ギルドの受付嬢が、俺を見つけて、
「転移陣はどうでした。タマヒュンでしたでしょう?」
と、にこやかな笑顔で「タマヒュン」と言ってくる。
「えぇ、まぁ…」
と少し頬を染めながら答える俺に、
「では、ボスの討伐確認をします。
ドロップアイテムの提示と、ランクの確認が出来る書類の提出を」
と受付嬢にいわれて、角と魔石、それとEクラスの昇格証明書を提出した。
受付嬢はそれらを確認すると、何かの道具をゴソゴソした後に、
「はい、おめでとう!
ポルタ君は今日からギルドカード持ちの冒険者ギルド正会員になりました。
カードを提示するとサービスを受けられる場合や、帝都のギルド図書館などが無料で、利用できます。
やったね!。」
と、言ってカードを渡してくれた。
確かに今までは、判子のついてある書類だけだったが、初級ダンジョン踏破でようやく冒険者のスタートラインなんだな…と、冒険者としての先の長さに絶望しかけていると、受付嬢が、
「んで、ポルタ君、初回踏破の宝箱は何だった?
ナイフかな?…槍なら鞄からはみ出でるし…」
と聞いて来たので、俺は、
「良く解らないタマがヒュンと無くなりました。」
と、消えた水晶玉の話をすると、受付嬢は、
「えっ、そっちのタマヒュンはラッキーじゃん」
と…
『お嬢さんが、タマヒュン、タマヒュン言っちゃダメっ!』
と、思いながらも、
「ラッキー…ですか?消えて無くなっちゃったんですよ??」
と質問する俺に、受付嬢は、
「だって、スキル昇格の球だよ、触った瞬間に発動するから余り持ち帰れる冒険者はいないけど、ウチのダンジョンの激レア報酬だよ。」
と説明してくれたのだが、俺のスキルって、〈インセクトテイマー〉か、〈虫の王〉がレベルアップ…
『要らない、要らない!
マヂで失敗した…触るべきでは無かった。』
と、後悔したが、しかし、今更悔やんでも後の祭りである。
余り俺の落胆に受付嬢が、
「どうしたの?」
と聞くが、
「大丈夫です。もう、現実を飲み込みました。」
と、苦笑いで答えると、
「若いのに大変そうね、ガンバっ!」
と受付嬢は両手をグーにして俺を励ましつつ送り出してくれた。
暗い気分のまま買い取りカウンターでダンジョン踏破の成果を売り払うと、小金貨一枚と、大銀貨五枚に成ったので、
『ヨシ、気を取り直してマジックバッグを購入して他の町に行くぞ!』
と、気持ちを切り替えてアイテムショップに行くと、既にマジックバッグは売れた後だった。
ショップの店員さんに聞けば、若い三人組が昨夜買って行ったらしい。
『あぁ…あの、礼儀正しい子達かぁ~、だったら仕方ないな…』
と、ガッカリしていると、店員さんは、
「帝都に行ってみな、常にあれくらいのマジックバッグなら売ってるし、
魔導具師が沢山いるから、お洒落なマジックバッグを制作もしてるよ…少し値がはるけどね。
でも、ダンジョン産のモッサいマジックバッグは少し安いらしいから、安く買うならばダンジョンの町の方が良いかも…」
と有力情報をくれた。
これは、マジックバッグを目指して帝都とやらに拠点を移すのも有りか?…
図書館も無料らしいし、この世界の知識を得るのに良いかもしれない。
孤児院の爺さんが文字を教えてくれたからこそだ。
沢山稼いで寄付でもしてやりたいが、それはまだ先の話だな…
まずは、マジックバッグだ、
木槌みたいな重い物や、デカイ獲物も持ち帰れる様になりたいし、ならなければ今後の冒険者活動に支障がある。
只でさえ俺には邪魔が多いというのに、ダラダラと森や草原をうろつけば、仲間になりたい奴らに出会ってしまうから、理想としては、すっと行って、バッと狩って、シュッと帰るスタイルで営業するには是非モノなんですよ、マジックバッグは!
あと、あえて考えないようにしていたが、スキルがレベルアップしてしまったらしいのだが、個人的に悪い予感しかしない。
〈インセクトテイマー〉で、扱える虫が増えるとかなら使わなければ良いだけだが、〈虫の王〉がレベルアップしたらどうなるの?
虫に好かれるのを通り越して、愛されるの?
考えただけでキモい…
読んでいただき有り難うございます。
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