第3話 強くなる実感
五階層の天井を眺めながら、
『こんなフラフラの状態で、地上まではとても戻れそうにないな…。』
と、渋々5階層の下のセーフティーエリアに行くと、既に誰も休憩して居なかった。
俺は、鞄の奥から虫除けのお香を取り出して火を付ける。
広場での野宿では、余り効果が無かった上に少し無理して購入した品の為に、効果が見込めないがとりあえず使う事も、捨てる事も出来ずに鞄の肥やしになっていたが、風が吹かない閉鎖空間ならば、俺を奴らから守ってくれる筈だ…知らんけど。
まぁ、こんな1日で攻略出来るダンジョンで野宿する人間は稀だろうから、煙たいと文句をつける人間も周囲には居ないので、今夜はモクモクと漂うお香の煙に包まれて、眠りについた。
そして、翌朝…といっても時計も無いので大体の感覚ではあるが、小さな泉のあるセーフティーエリアで目覚め、その日も5階層でレベル上げと素材回収をして、夜はまだ鞄の中に在庫がある虫除けのお香に守ってもらい眠る。
俺としては、この数日で確実に強くは成っている感覚に満足している。
町で野宿しながら薬草集めをしていた期間が、あまりにも激弱状態で過ごした事もあり、少し強く成っただけで違いがよく解る…片手剣での一撃の威力や、体の動かし方なども日に日に無駄な力が抜けて、疲れにくくなり、徐々に狩れる魔物の数が増えて来ている。
明日は、試しに下の階層にチャレンジしても良いかな?とも思うが、しかし、明日で一旦地上に戻らなければならないのだ。
何故ならば、手持ちの虫除けのお香を使いきったからだ…
食糧もまだあるのに勿体ない。
しかし、ダンジョンで野宿するにはアレは絶対必要だ!
スケボーサイズの奴が寝ている時に俺の側をカサカサされようモノならばと、考えただけで鳥肌が立つ。
しかし、スライムやウサギやネズミを倒しまくり、強くなってる気はするが、レベルアップの度にファンファーレが鳴る訳でもないし、自分でステータスが見れる訳でもない。
いや、正確に言えば、無料では見れないだな…
町の教会で小銀貨5枚でステータスは見てもらえるが、そんな金があったら飯を食う。
あぁ、本当に貧乏から抜け出したいと思いながら、その日も疲れ果ててセーフティーエリアで野宿の準備をしながから、
『よし、明日は6階層の様子をチラッと見てから地上を目指そう。』
と、決めて最後の虫除けのお香の煙に包まれて眠りに着いた。
次の日、セーフティーエリアから階段を下り、初めて6階層 にやって来ると、大小の岩の転がり、少し凸凹と起伏に富んだエリアだった。
『よくもまぁ、地下だというのに、こんな大空間と何の光か解らないが、明るく、草木も生えているような場所が作れるもんだな…』
と、今更ながらにダンジョンの不思議仕様に感心しながら所々に出ている岩や小山の山肌を眺めていると、キラリと光る水晶の様な物を見つけ、気になって駆け寄り片手剣の鞘を使いカリカリと掘り起こすと立派な拳大の水晶柱だったので、特に使い道は解らないが綺麗なので、とりあえずウサギの角やネズミの牙や魔石で膨らんだ鞄にギュッと押し込む。
鉱物の知識は全く無いし、ダンジョンでは採掘も出来ると資料を読んだから、この水晶も何かしらの価値が付けばラッキーかな?と思うぐらいで、他に何かないかと軽く辺りを見るのだが、
俺には鉱物探知みたいな便利スキルもなければ、アイテム鑑定なんて有能なスキルも無い上に、たとえ何かの鉱石っぽいモノを見つけたとしても、掘り起こすスコップすら無いので、運良く露出していない限り採掘は無理な話だ。
そして、少し歩き回ると丸い石がゴロゴロしている場所についた。
この階層でまだ魔物に会っていない為に、
『静かなエリアだな…』
と思ったのもつかの間、石が意思を持って、俺に飛びかかってきた。
咄嗟に体を捻りギリギリ避けれたが、突撃してくる岩に焦りつつも冒険者ギルドで読んだこのダンジョンの資料を思い出し、
「コイツらロックスライムとかかな?」
との結論にたどり着いた。
確かに、冒険者ギルドで、このダンジョンについての誰かの書いた古い資料を読んだが、癖の強い手書きのレポートみたいな資料で、途中何ヵ所か書き手の集中が切れて文字が荒ぶるので読みづらい所があり予想も入ったが、『なんちゃらスライム』が6階層に居るのは解ったし、何より虫が居ないのが確認の重要事項だったのでそこまで気にして無かった。
正直、6階層からの魔物も、なんちゃらスライムが三種類と、アタックボアという猪魔物に、走りキノコという植物系の魔物が出るらしいが、
「ロックスライムはマズイ!」
なぜなら、俺が貧乏で頭部装備はおろか、ボディーも少し頑丈な作業着しか着ていないからだ。
どれがロックスライムか解らないゴロタ場で、不意に石を投げつけられるような攻撃がくる。
片手剣からこん棒に持ち替えてはみたが、野球等の球技全般苦手な俺が、見事に打ち返せるとも思えない。
試しに、渾身の力で、そこらの石を殴ると、パシュンと消えたので、
『ヨシ!この方法だ。』
と調子に乗ったのが、全力で殴った二つ目が普通の石だったので、アホみたいに手が痛いだけだった。
「こんなのどうすんだよ…索敵系のスキル持ちしか無理だろぉが。」
と一人ボヤくが、ほぼ無個性の冒険者とパーティーを組むようなボランティア精神溢れる奴などいない世界…
俺が索敵スキルを手に入れるか、または、何でも良いので他のスキルを手にして、役に立つ冒険者にでもなって索敵スキル持ちのいるパーティーメンバーに入れてもらわない限り、このエリアでのレベル上げは厳しい。
なので、残された実現可能なプランは、硬い装備を購入して、我慢しながら通り抜ける…くらいしか無さそうなのである。
そうと決まれば、無理をせずに大人しく5階層に戻り、敵を狩りながら地上を目指す。
鞄もこの数日で戦利品で大分膨らんだので、売れば結構な額になるかもしれないし、虫除けのお香さえ購入できれば、残ったお金で装備を整えるか、それが無理でも鉄製のお鍋を被り、お鍋のフタを盾として装備するという手段でも6階層を無理やり突破も可能だが、どうせならば、胸当てや兜は欲しい。
果たしてどれくらい貯めなければならないか解らないが、地上に上がったら、虫除けのお香や食糧など必要な物を買ってから、防具屋に行こう!
安いくて状態の良い防具の中古でも有れば儲けものだが…と考えながらも危なげ無く敵を倒しつつ地上まで帰還して、ギルドに素材の買い取りをお願いする。
すると、カウンターで、
「ポルタさん、惜しかったですね。
あと、角ウサギの魔石一つ有れば、Eクラスに上がれましたよ。
それと、買い取り金額は大銀貨四枚と小銀貨三枚です。」
と渡された明細を見ながら、
『3日間程の遠征で、四万三千円…妥当なのか?泊まりだから…微妙かなぁ…
それと、あの水晶は魔水晶かぁ…あの手間で二千円とはなかなか!
小型のシャベルでも買って鞄に入れとくかな?』
と考えながらも、非常食や、虫除けのお香などのアイテムを買う為に冒険者ギルドに併設されたアイテムショップに向かう。
アイテムショップはこじんまりとしているが、必要な保存食やポーション類が並び、奥の棚には目玉商品であるダンジョン産のマジックバッグに、小金貨二枚との値札がついていた。
マジックバッグは、見た目より遥かに沢山の物が入り、いくら物を入れても重さの変わらない、正に魔法の鞄だ。
サイズや機能にバリエーションがあり、中には大容量の物や、時間停止の付いた物もあり、
目の前の鞄には、『荷車一杯程度』と書かれているが、時間停止は付いていないようである。
それが、約二十万円…安いのか高いのか…俺のよく解らない世界だ。
確かに、この鞄があれば森で猪魔物を狩って持って帰るのが楽になるかも知れないが、今の鞄を満タンにすることも出来て居ない俺は、スライムの激安魔石でも大銀貨四枚以上稼げる容量のある今の肩掛け鞄で当面は大丈夫だろう。
アシッドや、ポイズンならばノーマルわらび餅野郎よりは魔石の単価も高いので、この鞄にパッツンパッツンまで狩れば、あのマジックバッグだって夢ではないが、しかし、今は装備が優先だ。
俺は、近くの防具屋に向かい、品物を見る。
店の端にある中古の革の兜や、革の胸当てならば買えるが…店の奥に並ぶ新品は無理だ。
鉄の帽子か鉄板入りの革の胸当てならば中古で、どちらか買える…
鉄の帽子は革の帽子を鉄板で補強した物で、鉄兜よりは弱いが、鉄兜より遥かに軽い装備だ。
十歳の俺には丁度かもしれないものだし、革の兜や胸当てでは、投石を食らっても跳ね返せそうにない…
胸当ては、もう一度ダンジョンに潜って、もうワンランク上の鉄の胸当てでも良いかもしれないし、お金を貯めてマジックバッグも有りかも知れない。
『夢が膨らむよ。』
と、ウキウキしながら店の親父さんに中古の鉄の帽子の代金を払いながら、俺はあることに気がついた…
『ヤベッ、宿の代金を残してない!』
と…
俺は泣く泣くその足でダンジョンに戻り、野宿スポットのセーフティーエリアを目指した。
そして、時は流れ…
俺がダンジョンの村であるザナに来てから1ヶ月程が経った。
現在俺は、ここの冒険者から煙たがられている。
直接嫌われている訳ではなくて、虫除けのお香の匂いが染み付いているから、物理的に煙たいらしい。
別に悪い匂いではないが、独特な香りがするし、セーフティーエリアにも毎日の様に俺が居るから、残り香的な煙の香りがあり、好評でも不評でも無いが、冒険者達は俺の事を〈燻製〉と影で呼んでいる。
もういっその事、本当に全身お香で燻して、俺の体臭が虫除けのお香に成ればイヤな虫が寄って来ないかもしれない。
茶化されるのも、暫くの我慢と思いながら、少しずつ装備を揃えてダンジョンに潜っていたら、先日、初めて宝箱がドロップした。
大木槌という、ドでかい木製ハンマーだ。
デカイ宝箱が猪を倒したらドロップして、喜んでいたのだが…重い、ひたすらに重い。
大工さん等には好評かも知れないが、俺には重すぎる…
しかし、折角のドロップアイテム、使わないにしても売り払いたい。
必死に地上まで運搬して、武器屋で買い取ってもらうと、インパクトというスキルが付与された逸品だったらしく、小金貨一枚と大銀貨二枚になり、
『あれ、もう少しでマジックバッグが買えるのでは?』
となり、本来であれば、そろそろ最下層の10階層のボスを倒して他の町に行く予定だったが、追加でもう数日狩りをすることになった。
地上にいる間は新鮮な野菜を食べたいので、料理も食べれる酒場に入ると、現在は畑作業をしない冬のせいか、兼業冒険者達が畑も冒険もせずに、昼間から飲んでいて、数名から
「おっ、Eクラス冒険者の燻製君、今日も燻して来たのかい?」
と茶化される。
別に、怒る事でもないと考え、俺は軽い愛想笑いで流していると、あの時、セーフティーエリアでGから助けてくれたベテラン兼業冒険者さんが、
「おい、坊主をからかうのはヤメてやれ!
あのジャイアントコックローチの毒反応は一咬みで全身に発疹が出て、顔から精気が感じられなくなる病気と毒の複合症状みたいだった。
コイツが咄嗟に高い万能薬を飲まなければヤバい状況をこんな坊主が味わったんだ。
用心して虫除けのお香ぐらい焚いて夜営するのは普通だろ?!」
と俺を庇ってくれた。
まぁ、娯楽の少ない田舎で、珍しい行動していたら茶化されるのは仕方ないが、ベテランさんは優しいな…と思いながら、ベテランさんにペコリとお辞儀をして、酒場で料理を食べるのは止めて、この酒場特製の野菜サンドだけを購入して、ソソクサと再びダンジョンに潜る。
『今更、タダの虫嫌いとは言えないよなぁ…』
と後ろ暗い気持ちになりながらダンジョンの下層を目指す。
最近は、大体一潜り5日程度のサイクルで、必要な食い物やアイテムを差し引いても一回で、大銀貨六枚程度手に入る。
片手剣と、丸盾、鉄の帽子に、鉄の胸当てに革の籠手と鉄のすね当て…
潜る度に、稼ぐ度に少しずつ買いそろえて、何とか格好がついてきた冒険者だが、全部が中古品なのがいかにも俺らしい。
あとマジックバッグが買えれば、ここダンジョンの村、ザナでの目的は、ダンジョンボスの討伐のみとなる。
別に倒してからマジックバッグでも良いかな…
中間のセーフティーエリアも過ぎて、ストーンスライムのゴロタ場をガード体制のまま小走りで、急いで次の階層に進む。
7階層は森のエリアで、〈グリーンスライム〉という触手が武器の緑のスライムだが、何故かドロップが魔石と毒消しポーションだ。
そして、〈走りキノコ〉という走り回るキノコだが、これがなかなか倒せないし、あまり出て来ない。
経験値なのか、レアドロップアイテムなのか、何かしらの旨味があるようで、大概この初級ダンジョンで潜り続けているベテランはヤツを探し回っている。
8階層も森だが、生えている木が違う。
ドングリ等の森に、アタックボアという猪魔物がメインでうろついている。
ここにも走りキノコは出るらしいが、この階層ではのんびりキノコを探しどころではない。
何故ならば、何時来るか解らない猪の体当たりを警戒しなければならないし、もしも、運良くヤツの背後が取れたのなら、攻撃しないと、次の瞬間には猪魔物から体当たりを仕掛けられる可能性が高くなる。
やられる前に、殺らなければ怪我をするエリアだが、慣れたベテラン冒険者達は、ここでもキノコ狩りに挑んでいる。
ここでのノーマルドロップはキバや毛皮だが、正直、毛皮はかさばるから牙が有難い。
毛皮はロープで丸めて背中に背負うが、五枚も背負えば移動が遅くなる。
猪の毛皮は、安い防寒着の材料で、捨てて行く冒険者もいるハズレアイテムである。
レアドロップが肉で、激レアドロップが大木槌か、力が少し上がる猪の腕輪らしい。
武器屋のおやじが、
「腕輪なら小金貨三枚だったのにな。」
と言っていたから、ダメで元々で猪を狩ろうかと悩んだが、毛皮で身動きが取れなくなる未来しか見えない。
俺は現在、ボス部屋の扉前のセーフティーエリアを拠点にしている…つまり、10階層に寝泊まりしているのだ。
案外そのような冒険者は多く、ボスを倒したら、リポップに6時間が掛かるので、四組も待機していたらボス部屋前で自分の順番が来るまでに1日以上待たなければならない。
しかし俺は、ボスの順番待ちはせずに、9階層の遺跡エリアで狩りをしている。
なんと、9階層のエリアではランダムで宝箱が配置されるらしく、アイテムショップに有ったマジックバッグも9階層産の物らしい。
そして、9階層のメイン魔物が、ファイアスライムという、炎属性攻撃をする赤いスライムで、魔石も大きくて炎の属性まで付いている、
野外での煮炊きに便利な魔石コンロや点火魔道具というライター代わりの小さな杖に使われ、生活に欠かせない為に、他のスライムの粒魔石よりほんの少し高値で取引されるので、俺にはもってこいの獲物だ。
それに、最下層近くで、しかも動くモノに襲いかかるスライムさんの中でも、索敵能力に長けたグリーンスライムさんと、スピードと攻撃力に長けたファイアスライムさんにかかれば、俺の天敵である外から紛れ込んだ野生のGなど生きてはいけないはずだ!
このダンジョンの中でも一番手強いファイアスライムの住み処だが、俺的には、ある意味一番安全な場所かもしれない。
そして、そのファイアスライムでさえも、俺は獲物と出来る程には強くなったのだ。
『ファイアスライムを二~三日狩ったら、そろそろボスに挑むか?…流石に初級ダンジョンのボスだから大丈夫だろう…
ヨシ、そうしよう。』
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