第2話 初めてのダンジョン
徒歩だと一週間だが、馬車に揺られること3日で、初級ダンジョンのある村に到着したのだが、しかし、よく揺れる幌馬車の荷台に無理やり縄でくくりつけた様なベンチでは、腰へのダメージでポーションを飲みたくなる勢いだ。
勿論、そんな贅沢は絶対しないが…
馬車から降りて、背伸びをした後に体を捻って関節をほぐしつつ、村を見渡す。
馬車の御者のオッちゃんに、3日間の礼を述べてから、素泊まりの宿屋に、数件の露店が並ぶ程度のメインストリートの小さいながらも活気のある〈ザナ〉の村に入り、真っ直ぐにダンジョンに向かう。
まぁ、宿に泊まる金も無いのでダンジョンに直行するしかないのだが…
ダンジョンの入り口にある冒険者ギルドの窓口で、ランクの確認と登録を済ませてからダンジョンに入る。
もしも、ダンジョンで死んた場合に何処の誰が出て来ていないかが解る様にするマーキングという手続きだ。
縁起でもない手続きを済ませて、隣にある門をくぐり、はじめて俺はダンジョンに足を踏み入れる…
と言っても、一階層は普通の洞窟風であり、敵は、ノーマルなわらび餅野郎と外からたまに入ってくる虫魔物らしいので、急いでイレギュラーが一匹でも少なくなるであろう二階層に向かう。
この初級ダンジョンは全10階層で構成されているらしく、冒険者ギルドの資料室で見た情報では、
5階層までは、
〈スライム〉
〈アシッドスライム〉
〈ポイズンスライム〉
〈牙ネズミ〉
〈角ウサギ〉
後は希に三種類のスライムの中型個体が出るらしいが、そんな特殊な敵には出来ればまだ、出会たくない…
そして、ダンジョンにはセーフティーエリアという魔物が湧かないし、侵入したがらない安全地帯がある。
大概ダンジョンは、10階層一区切りで5階層から6階層の間に小さめの休憩出来るエリアと、10階層から11階層の間には大きな安全地帯がありキャンプも出来るらしいが、この初級ダンジョンは10階層までなので、ボスを倒せば転移陣とやらで、地上に戻れるらしい。
見たことないからよく分からないが、階層が多いダンジョンでは、ボスを倒すとメダルが貰えて、そのメダルを使えば、ダンジョンの地上部分にある転移陣から、メダルを獲得した階層の転移陣まで行けるシステムなのだそうだが、初級のこのダンジョンでは使えないシステムらしい…
なので、こんな最下級のダンジョンで転移陣も無いのに、ボス周回する奴はほとんど居ない…
たまに、兼業冒険者が、農作業の少ない冬場に稼ぎに入り、一日に2度3度ボスを倒す場合がごく稀にあるらしいが、
『俺は違う!』
虫魔物が居ない世界を目指して、一刻も早く6階層から下の方に行きたいのだ。
階層を結ぶ階段を降りる度に外からの虫魔物は減っていき、魔物が近づかないセーフティーエリアを挟めば、その先は外からの虫魔物も激減するはず…
『俺の理想郷は地下にあり!』
と、意気込み、出会ったスライム達をバッタバッタと凪払いながら進む。
外の世界と違い、魔石や、希に素材を残してパシュンと煙の様に消える討伐魔物は、解体の手間もなく楽チンで、地下だというのにウッスら明るいダンジョンは歩き易く、スライム以外の魔物である牙ネズミや角ウサギも恐れていた程ではない。
ノリノリで進んでいくが、4階層辺りで、
『あれ?おかしい…中古とはいえ新調した片手剣の切れ味があからさまに悪く成っている…』
と、気が付き、俺は恐る恐る片手剣の刃を指でなぞるとザリザリしている。
『まじか!砥石がいるタイプの世界か…聞いてないよぉ~』
と、ガッカリしたのだが、まぁ、考えて見れば当たり前の事、前世でもキッチンの包丁であっても切れなくなったら、たまに研ぐ…
『アシッドスライムの酸で脆く成ってしまったのもあるだろうか?』
などと考えながら、
「う~んゲームの様に、買いっぱなしで壊れない仕様ではないらしい…
ヤバいなぁ… 一旦戻らなければ、下手して武器が壊れたら丸腰でボス戦なんてあり得ないからな…」
と、タメ息まじりの独り言を呟き、
『旅用の保存食があるし、武器を新調したからと調子に乗ったのがダメだった。』
と、反省しながら、なまくら片手剣を握りしめて、ダッシュで来た道を帰ることにした。
3階層の草原エリアを上り階段目指して駆け抜けて、二階層の広い洞窟エリアを一階層の少し狭い一本道の洞窟へと、焦りながら地上を目指す俺を見た兼業冒険者風のオッサン冒険者が、
「坊主、急いでどうした?
糞ならその辺でしておけよ、しばらくしたらダンジョンが消してくれるから。」
と心配してくれた。
しかし俺は、
『お腹がゆるくてトイレを目指しているのではない!』
そして、
『ウンコってダンジョンでは消えるんだ…』
と、変な知識を得た俺は、オッサンに、
「武器が切れなくなたので出直すだけです。
ありがとーございまーす。」
と速度を緩めずに走り去り、地上へと帰還し、冒険者ギルドで素材と魔石を売ると、小銀貨6枚程度になった。
大体の目安として、
小銅貨 = 十円程度
大銅貨 = 百円程度
小銀貨 = 千円程度
大銀貨 = 一万円程度
その上にある十万円の小金貨や百万円の大金貨は、下手をすると、見ないまま終わるかもしれない…
しかし、命を削って潜った日当が六千円…微妙だ。
片手剣は、砥石が有れば、また切れる様にはなるが、どんどん細くなる…
相手に応じて武器を代える必要がありそうだな。
等と思いつつ、
冒険者ギルド直営の雑魚寝の素泊まり宿は体拭きのお湯も合わせて小銀貨二枚、
残ったお金で、砥石と、こん棒、それに食糧を購入して、宿屋で仮眠して、翌朝を待った。
次ぎこそは、6階層手前のセーフティーエリアを拠点にして強くなるついでに、資金を稼ぐ予定だ。
なんかの間違いで宝箱がドロップして使えるスキルが手に入れば、生活が一気に安定する。
欲は言わないから、プラスになるスキルとやらに早く出会いたいものだ。
虫などを視界に入れる前に一撃で燃やせる魔法…とは言わないが、せめて中型魔物と渡り合える様に成らなければ、冒険者としてお話にならない。
ボスは後回しにしたとしても、少し貯金して装備を整えるのを目標に頑張るゾイ!
そして翌朝、早くに目が覚めた。
広場で野宿していた頃とは違った意味であまり眠れなかった…
思った事が出来ている事に興奮しながら、
「武器ヨシ、食糧ヨシ、毒消しヨシ、ポーションヨシ、砥石ヨシ!」
と、完璧な準備を整えて、朝もやの中、改めてダンジョンに潜る。
まず、目指すは6階層だが、多分、今の俺では苦戦する羽目になるのは明らかなので、中間のセーフティーエリアでキャンプしながら、上の5階層を回ってレベル上げと素材集めを頑張る予定だ。
中型のビックスライムと出会えたら、かなり大きな魔石もゲット出来る。
そして、初級ダンジョンを踏破できればDランクの昇格条件を満たして、あとは、冒険者ギルドの依頼達成ポイントや買い取りポイントさえ貯めればDに昇格出来る事になる。
昨日4階層までは下見済みでサクサク進め、注意するのはアシッドスライムの装備へのダメージと、ポイズンスライムの毒攻撃ぐらいだ。
複数で取り囲まれない限り大丈夫だとは思うが、油断は禁物…可能な限り武器の負担が少ない様に片手剣で狙いをつけてスライムの核を砕くと、パシュンと乾いた音がなりコロンと小さな魔石が転がる。
食事も忘れて狩りを続けて、夕方頃には、ピョンピョン跳ねて狙いが定まらない角ウサギも初見では苦戦したが、三匹目には行動パターンが解ってきたようで、なんとなく対応出来る様になった。
今倒した角ウサギの魔石と角を鞄にしまいながら、ここ数日で確実に成長している実感に喜びを感じる。
「そろそろ腹も空いたから、一旦セーフティーエリアに向かおう。」
と、呟いて、5階層の下り階段へと移動する。
5階層は見晴らしの良い平原風の殺風景なエリアだから迷うことはない、
「地下なのに、普通に野外みたいだから変な感じだな…」
と、誰に伝える訳でもない独り言を言いながら階段を下り、そして、到着したセーフティーエリアには、数名の駆け出しと、兼業のベテランが飯を食べている…
ギルドの資料で知ってはいたが、セーフティーエリアに水場があるのを生で見て少し感動した。
チョロチョロ水が湧き出す小さな泉がこの少し狭い休憩エリアの隅にあり、
冒険者達が喉を潤したり、水袋に補充したりしている。
よっぽどダンジョンはお客に来て欲しいようだな…快適な空間を提供してまで人間を内部に留めたいのだろう。
と、泉を眺めながら俺も水袋を出して新鮮な水を補充し、セーフティーエリアの入り口近くの空いてる場所に腰を掛けて乾パンと干し肉を噛りながら一休みしていると、
「アニキ!」
と、呼ばれた気がして辺りをみるが、
俺を呼ぶ冒険者等いない…
『気のせいか?』
と思い、再び干し肉を噛ると、
「アニキ、コッチデス。」
と、言われた気がする…いや、確実に言われたし、何かの視線を感じる!
俺は、この感覚を知っている。
そう、虫だ…俺は最大級の警戒をしながら辺りを見回すと、それは案外近くにいた。
前世も今世でも、俺の一番の天敵である黒光りするアノ虫…Gだ!
俺は、足元からガタガタと震え出し、その震えが駆け上がるのを感じつつ思わず、
「うわぁぁぁぁぁ!」
と叫びだす。
俺の異変に気がついたベテラン風の兼業冒険者が、鉈を片手に駆けつけてくれ、カタカタ震える俺に、
「坊主どうした?!」
と聞いてくる。
俺は震えながらデッカいGをなんとか指差すと、ベテラン冒険者が、
「ジャイアントコックローチか?セーフティーエリアでもこいつは平気で居るからな…」
と言って、ベテラン冒険者は素早い動きで敵の間合いに入り鉈を振り下ろすと、俺の頭の中に直接響く様な切ないうめき声の後、奴は倒されて地面に転がった。
何とも言えない気分と同時に、先ほどのベテランさんの一言が頭で繰り返し再生され、
『えっ、セーフティーエリアに平気で居るの…アイツら…』
と、あまりのショックで気を失いそうになるが、ベテラン冒険者さんが、
「坊主、噛まれたのか?怪我は…」
と心配してくれる。
俺は青い顔で、体中に蕁麻疹が出てヘナヘナとその場にへたりこみ、その様子を見たベテラン冒険者は、
「糞っ、俺の知らない毒の症状だ。
奴らは何でも喰うし、どこでも這い回る、知らない病や、毒を喰っている可能性もある…どうすれば…」
と焦っている。
しかし、
『ごめんなさい、ただの虫に対する拒否反応です。』
と言いたいが、そんな雰囲気でもない…
俺は、鞄から毒消しを取り出して、ゴクリとあおり、さもこの毒消しが特効薬か何かの様に振る舞い、
「ありがとうございます。
…不意を突かれて…不覚を…」
と誤魔化した。
虫嫌いで、特にGが死ぬほど苦手とは言えない俺は、ベテラン冒険者に感謝を告げた後で、少し恥ずかしくなり、足早に一旦5階層に移動した。
背中にベテランさんの、
「坊主、無理はするなよ。」
との声を聞きながら…
俺は、恥ずか死にそうになりながら五階層に入り階段の側で、
「予定が狂った…折角虫が少ない階層に来たのにGが居るなら、全部台無しだ。」
と、ポツリと呟きながら暫く項垂れていた。
その後、ヤケクソ気味にスライム達や、ウサギやネズミを倒すが、ふとした時に頭に奴がチラつく、
『これなら、草原でダンゴムシやバッタに悩まされるほうがましかも知れない…』
と、少し後悔しながらも、不安を拭い去る様に、敵を倒し続ける。
『ん、だよ!虫が居ない世界は無いのかよ!!』
いや、居ても良いんだけど、俺の側に来ないで欲しい…
前世のサイズのGでも恐怖の対象なのに、今世のGはスケボーサイズなので、あんなの見ただけで産まれたての小鹿みたいに震えてしまう。
先ほどの奴の姿を思い出さない様にと、無理して半日程暴れていたが、流石に少し疲れて来た。
『どうしよう?地上に戻れば宿代が必要になるし、セーフティーエリアは無料だが、Gが出る可能性がありセーフティーでは無い…』
これは詰んだかも…
と、涙目になりながら何も無いのにウッスラ明るいダンジョンの天井を眺めていた。
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