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逆ナンはいつになっても慣れないもんで

作者: 一色 良薬

「いらっしゃいませ!」

 自動ドアをくぐり抜けると多種多様な声が私を出迎えた。

 しゃがれた老人の声。若くのびやかな声。どこか色気を纏った声。老若男女混じった様子はまるで統一のとれていない合唱のハモリにも聞こえた。吹雪く空調とともに汗ばむ私に飛び込んでくる。

 首筋からあふれる汗を拭いながら、辺りを見渡すと小さな男の子と目があった。

 小動物を連想させるくりくりとしたぱっちりおめめだ。もじもじと恥ずかしそうにはにかむ様子はとても愛らしい。立ち止まってしばらく眺めていると

「ごほん、よんで」

 舌足らずのたどたどしい喋り方で、こちらへと手を差し伸べてきた。実はこの手は苦手としている質なのだが、何故だか吸い寄せられるように手を重ねてしまいたくなる。

 にこにこと読んでもらえるのを待っている男の子を他所に、辺りのお客の視線をこっそりと伺う。誰も私を気に留めている様子はない。読んでほしいと差し出された絵本を手に取り、むず痒くぺらぺらと捲った。

「“リスのモリスはパンケーキがだいすき ほほぶくろにたくさんつめていきます”」

 フォークとナイフを器用に掲げている可愛らしいリスがいっぱい乗っている。男の子は嬉しそうに「もっとよんで、もっとよんで」とせがむように私の手を掴んだ。

「おい坊主。嬢ちゃんは俺に会いに来たんだ。いつまでも粘ってんじゃねぇ」

 背後から蛇の舌鳴らしが聞こえた。振り向くと痩身の男がこれ見よがしに図鑑を掲げていた。

「あんたじゃないよ。アタシに会いにきたのさ。今日こそ選んでおくれ」

「いーやワシじゃ。何か月も前から手に取るか迷っておるからのう」

 蛇男の言葉を皮切りに店内が騒がしくなっていく。しかしお客誰一人として咎める者はいない。

 本たちの声は私にしか聞こえていないからだ。

「ぼくだっておねえさんにえらんでもらいたいもん」

「俺だっての」

「アタシだって」

「ワシじゃよ」

 背表紙が一斉に私へと釘付けになる。

 さぁ手に取って、と。

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