11時
湯気が立ち込めるお風呂場。
「あっ、、よい、もう少し左じゃ左」
「先ほどから注文が多いですね。マスターからお願いされていなければ死んでもあなたの髪なんて洗いませんよ」
「それは礼を言わなばなー、感謝するぞー人間」
湯船に浸かりながら聞こえてくる2人の声に耳を傾ける。
本当は自分が洗ってあげるべきなのだが、どうにも体が動かないのだ。
「ありがとユメ、助かるよ」
「いえ、感謝を言われるようなことはしてません」
「そんな事ない、とっても助かってる。それにほらシャワー中に戻って来てしまったこっちが悪いし」
ダンジョンのワープ先が、まさか入浴中のユメの所に繋がっているとは流石に思わなかった。
「気にしないでください。それに経緯も教えてくださいましたので」
「分かった、気にしないでおく。後上がった後にダンジョンでの細かい事とか、今後についても話しておきたいんだけど」
「その必要はありません。この空間も残りわずかです。余裕もないのでここで済ませてしましましょう」
そう言いながら2人が浴槽人間入って来た。
「人間!もう少し場所をあけよ。邪魔じゃ」
「いや、3人も一気に入ったら普通に狭いから」
普通の風呂よりは大きいサイズだが、3人も入れば狭くもなる。
(まじか、2人して羞恥心とかないわけ?目のやり場に困るんだけど...あっ、天井見てればいいか)
「とりあえず、ダンジョンでのことなんだけど...」
「なるほど、今はそのようになっているのですね。まず私から言えることはこの女についてでしょうか。確かにこちらの世界でいうドラゴンです。まあ、閉じ込められていたのでそこまで強い存在ではないでしょうが」
「はあ!?嘘を言うな。我は最強じゃ!1番強い!我より強い奴などおらぬわ」
「バカも休み休み言ってください。最強はマスターです」
「なっ、それは戦ってみないと分からんじゃろ」
「戦わずとも明らかです」
(まあ、ドラゴンって言っても子供だし、女の子と比べるのは違う気がするんだけど)
そんな中ユメが強引に断ち切り話を続けた。
「後、マスターが気にしてらしたスキル「魔王の手」についてです。大きく変わった所は「発動させるたびに周りに恐怖を与えること」でしょうか」
「恐怖って具体的にどう言うことなんだ」
「はい、文字通り相手を強制的に怯えさせ動きを止めることができます。相手にもよりますが場合によっては気絶することもあり、その効果はスキルレベルが上がるほど強くなります」
「おー、おいそれとは使えないわけか。使えそうな場面がまるで想像出来ん」
「そのような力があるのじゃな。まるで話に聞いた魔王のようじゃな」
(スキルに「魔王の〜」とか付いてるし、俺魔王にでもなるんだろうか。嫌いじゃないけどみんなから怖がられるのは嫌だな)
あっ、そうじゃ」
そう言いながらヨルはおもむろに立ち上がった。
個人的にはもう少し前を隠す事を覚えて欲しい。
「初めて人間の力を見た時、我の眼でも見えない部分があったな。あれはなんなのじゃ?」
「貴方に教えることはないです。眼が悪いだけではないですか」
「そんなわけあるか!見たもの全てを見通すんじゃぞ!お前も含めてこんな事は初めてなんじゃ」
ユメが少し考える素振りを見せた気がした。
言いたくない事でもあるのか、少し気になるが無理に聞くのもよくないだろう。
とにかくこの空間も後少ししか無いんだからこれから今後の事を話したいんだけど」
「そうじゃった。久方ぶりに出れるのじゃ。こんなことしてられんな」
「時間がきた場合、スキルを手に入れたタイミングからして出る先は病院のペットでしょう。時間的には10半頃。轢かれた日から10年は経過していますが、この空間での時間は進んでいない為、事故の後そのまま病院に運ばれたかたちになります」
「よくそこまでわかるな」
「これくらいは当然です」
「いやすごいよ。そこまでわかっていたらすぐに赤坂の母親を助けにいける」
「その必要はないと思います。彼女もマスターが投げ飛ばしたので同じ病院にいるはずです。なので彼女に頼んだ方が良いかと」
「あはは、戻ったら探してみる」
10年前の事で忘れてたけど、助けるためとはいえ投げ飛ばしちゃったんだよな。
会ったら謝っとかないと。
「おい人間、まさか人間を助けると言ってるのか」
呼び方が「人間」のせいで変なことになってる。
ヨルのとてつもない殺気。
でも、諦める気はない。
「助ける。ヨルはには悪いけど前から決めてた事だから。それに契約は守るつまりだし、それ以外にもできる限りの事はする」
「ふんっ、そうか。ならば今回だけ多めにみてる。だが、人間を見た瞬間殺してしまうかもしれんがな」
俺を挑発するような表情、冗談なんだろうけどここは少しでも機嫌を取っていた方がいいだらう。
お風呂からあがり各自服装を整えていた。
ユメは黒いワンピースと白い髪がよく似合っている。
流石に目立つ容姿なので隠した方が良いと言ったのだが、そこは変えたくないらしい。
ヨルは黒地に英字のついた大きめTシャツに短パンとニーソックス。
どうにもシャツに描かれたキラキラの文字が好きだんだとか。
俺は病院で何か着せられているはずなので最適限の肌着だけの格好。
白い髪と瞳はスキル「偽装」で黒色に戻している。
ヨルのツノも同様だ。
「なんじゃ人間そのおかしな格好は、それに比べ見よ!このカッコいい姿を」
そう言ってTシャツをひらひらと見せびらかしてくる。
服装といいやはり子供にしか見えない。
ヨルの記憶を覗いた時可愛い洋服に興味を持っていた事は知っている。
少なからずミリアに影響は受けているんだろう。
「理由があるんだよ。それにヨルも人間を殺すとか言っていた割にやけに上機嫌じゃないか?」
「そんなわけがあるか、ころすぞ!真っ先に殺してやる」
「じゃあ目でも閉じてたらどうだ。俺が手引いてやるけど?」
「そんなもんいらんわ。アホか」
「あなたがしないのでしたら私が変わりますよ」
そう言ってユメは瞳を閉じて俺の腕に体を寄せる。
予想外にノってきたので、少し驚いた。
花のいい香りがして本当に同じ柔軟剤なのか疑問だ。
「申し訳ありませんがよろしくお願いしますね。マスター」
とりあえず首を縦にふる。
「なっ、おい!聞かれてたのはお前ではなかろう。はなれぬか!!」
反対側の腕を掴み、振り解こうと強く引っ張っている。
これが両手に花というやつか。
いや、なんか違う気がする。
「分かりました。仕方ありませんがお任せします。ですが1度決めたことです。徹底的にしませんと竜種として恥ずかしいのではないですか?」
そう言って取り出したのは黒くて細長い布だった。
まさか、それを目隠しに使うとしたら流石にやりすぎなような気がする。
「ああ、よいじゃろよいじゃろ!そのくらいなんてことないわ」
売り言葉に買い言葉
安い挑発に乗るあたりやはり子供だ。
腕からヨルの体温が直に伝わる。
そしてその犯罪ちっくな姿にむず痒い気持ちになる。
「そろそろ時間だ。みんな準備できてる?」
「大丈夫じゃ!いつでも行ける!」
「ええ、問題ありません」
返事と同時にユメが手のひらをかざして術式を発動させる。
黒くて禍々しいような、いつもと違う魔法。
スキルが終わる時間になり世界が暗転した。
知らない天井。
開いた窓からは太陽の光と風がはいってくる。
ベットから体を起こそうとするがうまく動かない。
視線を下げると片腕がヨルにガッチリホールドされていた。
静かな寝息をたててよく寝ている。
「そんなに疲れてたのかな」
「そうかもしてませんね」
声のした方向に視線を向けると、ベットの横にある椅子にユメが座っていた。
「それではマスター少しだけお待ちください」
そう言って席を立つ。
赤坂の母親に薬を飲ませるための準備だ。
結論、「売店で買って来たフルーツに混ぜること」
そのために買いに行ってもらっている。
その後赤坂陽葵をさがし、持って帰ってもらう作戦。
しばらくしてユメが帰って来た。
袋をりんがいっぱいにし、どこから取り出したのかナイフとタッパーを揃えていた。
(俺がりんご苦手なの知らなかったっけ?まあ食べるのは自分じゃないしな)
「マスターこの10年はどうでしたか?」
りんごを剥きながら聞いてきた。
「どう...て、そりゃ楽しかったよ。最初はどうなるかと思ったけど、力もついたし、それに何よりユメのこともいろいろと知れたしさ」
とりあえず思ったことを言ってみた。
「そうですか」
そう言いながらタッパーに兎形のりんごがどんどん増えていく。
(あれ、流石に気持ち悪かったかな。もう少し考えた方がよかったかも)
「マスター、手を出してくださいませんか?」
「え、これでいい?」
言われるまま左腕を出す。
ユメはその手を大事そうに両手で触り、少しだけ力を込めた。
「私はそんなこと一度も思ったことがありませんでしたよ」
彼女は何を言ってるんだ、意味がわからない。
「この10年は地獄のようでしたよ。あなたみたいな人と2人きりで過ごさなければならなかった事。思い出したくもありません。流されやすいあなたは考えたことありましたか?
初めて会ったはずなのにどうして従ってくれるのか。そもそもなぜあなたが選ばれたのか、まさかただ運が良かっただけと思っていませんよね」
(考えた事なんて...なかった。違和感は確かにあったのかもしれない。でも、そう言うものなんだと、考えるのを放置していた)
「そう言えば【楽しい人生を歩みたい】と言っていましたね。力を与えられただけの分際で恥ずかしくないのですか。怒りでどうにかなりそうでしたよ」
俺を握る手に力が入り、強く訴えかけてくる。
そしてその力が一瞬緩んだ。
俺は思わず彼女と視線を合わせてしまった。
「私は最初からあなたなんて見ていませんでしたよ」
その冷たい表情、言葉、全てが伝えてくる、これが本心なのだと。
「あ、えっと」
言葉がうまく出ない一体何を言えばいいのか。
回らない頭が視線だけをぐるぐる彷徨わされる。
その時、握った手を通して魔力を感じた。
自分の中の何かを吸われているような感覚。
「抵抗されても厄介ですのであなたのスキルは返してもらいますね。力の方は一時的ですが、今はこのくらいでいいでしょう」
体に力が入らなくなった。
かと思えば、大量の魔力を注ぎ込まれた。
「今まで器を壊さないよう時間をかけてきましたが、もう待っていられません。マスターを取り戻すのが先です」
繋がれた手は漆黒の炎に包まれる。
熱を感じない魔力がわ暖かく熱を持っている気がした。
「あったかい」
ふと言葉が漏れた。
「!?ッ、そんなはず、ない!」
それを聞いた驚いた様子のユメはさらに強い力を注ぎ込んだ。
流れ込んでくる魔力を感じた直後、頭にガラスが割れた様な音が聞こえてきた。
2人を繋ぐパスが壊れた音、ユメもそれを感じ取ったのか更に動揺している。
「我の契約者に何をするか。神ごときが」
そう言って寝ていたはずのヨルが俺の腕を掴み、繋がった手を振り解いた。
その後、ベッドの上に立ち上がる。
「おまえ、眠ってたんしゃ」
「な訳あるか、出るタイミングをみとったんじゃ。決してコレのせいでは無いわ。全く、どうなるか分かっておるのじゃろうな」
そう言うヨルの手には目隠しが強く握られていた。
どうにもあの布に仕掛けがあるみたいだ。
「なんと言おうと私には勝てませんよ」
「そうじゃな。これ以上無理をすればただでは済まぬであろう、足手纏いの人間もあることじゃし。今はおあずけじゃ」
そう言うと俺の腕を強く握り、空いていた窓から外に飛び出した。
景色から見ても一階ではないことは確かだ。
「しっかりつかまっとれよ人間。舌を噛み切るぞ」
「ちょ、まって!!!」
勢いよく窓から2人が飛び出していく。
先ほどのことが嘘のように辺りは静まり返り、その病室で1人ユメは考える。
病室で佇むその姿はまるで死神の様。
数秒後、そんな世界を壊すかのように病室のドアが開く音が聞こえた。
そこには見覚えのある制服を着た少女。
ゴムでまとめられた髪を風に揺らし、そのぱっちりとした瞳は驚きによって見開かれている。
ユメの前に現れたのは黒井瑠叶と同じクラスの赤坂陽葵だった。




