法王
エタってなるものか・・・
(な、何が起こっているんだ!?)
舞札市の郊外にある住宅街。
車が入るには少々狭い路地で、男が1人壁に背を預けてへたり込んでいた。
男の年齢は、30代後半から40代といったところか。
彼は、ごく普通の生活を送っていた、どこにでもいるような普通の人間だ。
小学校、中学校、高校を地元で過ごし、大学は県外を受験して数年生まれ故郷を離れ、社会人となってから戻ってきて就職。
職場で出会った女性といい感じになり、3年の付き合いを経て結婚し、生まれた娘がもう今年には小学校に上がる。
最近になって、物価上昇によってやや生活が苦しめになったり、娘がちょっと冷たくなったことが悩み・・・そんな、『普通』な悩みを抱える人間だった。
つい、さっきまでは。
『オ、オ前、私ガ見エテイルナ・・・?魔力、魔力ガアルダロウ?オ前・・・?』
『ヨ、ヨコセ・・・コイツジャナイ!!俺ニ魔力ヲヨコスンダ!!』
『フザケルナ!!コイツノ魔力ハ私ノモノダ!!』
『オ、オオ・・・』
「ひ、ひぃいいっ!?」
男の目の前には、化け物がいた。
それは、ひどく醜悪な見た目をした化け物だった。
男はゲームや漫画などをそれなりにたしなんでいたが、その化け物は大まかには首が三つある犬であるケルベロスに似ていた。
ただし、その首から身体に至るまではすべて人間の男のものであったが。
より正確に描写すると襤褸を纏った痩せこけた老人が四つん這いになっており、その肩の辺りから別の男の上半身が生えていた。
右肩から生えた男には右腕しかなく、左肩から生えた男には左腕しかない。
肩から生えた2人の男はまったく同じ顔で、片腕がないにも関わらずみすぼらしい老人と違って豪奢な装飾がゴテゴテと付いた成金趣味のローブを着込んでいる。
しかし、顔も服装も同じだというのに仲が悪いのか、二つの顔は表情を醜く歪めてお互いに罵詈雑言をぶつけ合ってる。
その一方で、まるで踏み台にされているようにも見える老人は苦悶に満ちた顔でうめき声を漏らしていた。
『貴様!!現実ヲ見ロ!!『死神』ガスグソコニイルノダゾ!!私ガ魔力ヲ得テ逃ゲ出セルヨウニナルノガ先決ダ!!』
『現実ガ見エテイナイノハオ前ノ方ダ!!俺ガ魔力ヲ奪ッタ方ガ確実ニ状況ハ好転スル!!ソレガ分カラナイノカ!!』
『ウ、アア、アアア・・・』
(さ、さっきから何を話し合ってるんだ・・・?)
この化け物が何なのかはわからない。
しかし、どういう理由なのか自分をめぐって言い争いをしているのは確かだ。
いったい自分に何を求めているのか知らないが、穏便に済む気がまったくしない。
そして・・・
(よくわからないが、『何か』から逃げているのか?)
推測でしかないが、喧嘩をしている2人の男は焦っているようで、まるで何かに追われているかのようだ。
ボロボロの老人はさきほどからうめき声しか出していないのでよくわからない。
(その何かとやらば来れば、コイツを退治してくれるかもしれない!!なるべく長く喧嘩をしてくれ!!)
男はろくに喧嘩をした経験もなく、とくにスポーツが得意なワケでもない。
加齢もあって、長く走り続ける自信もなく、目の前の化け物から逃げ出せる気もしない。
そうなると、この化け物を追っている何かとやらに縋るしかなかった。
そして、そんな他力本願な男の願いは叶うこととなる。
『お前ら、こんな所にいやがったのか。家の多い場所に逃げ込みやがって』
『ゲッ!?』
『シ、死神っ!?』
『オ、オオ・・・』
夜の住宅街に、若い男の声が響いた。
その瞬間、化け物が目に見えて狼狽える。
(き、来たのか!!コイツを追っているヤツが!!助かった!!)
おぞましい見た目の化け物を追いかける何かが来たのだ。
そうでなければ、この化け物がこうまで怯えるハズがない。
しかも、さきほどの声は化け物のどこか無機質で機械音声じみた声と違い、はっきりとした人間の声だった。
少なくとも、化け物よりかは会話ができる存在なのは確定だ。
男は、やってきた希望に目を輝かせて、声がした方を見て・・・
「ひっ!?」
化け物に迫れたときよりも、恐怖に満ちた悲鳴を漏らした。
『まったく。そんな見た目のくせに犬並みに早く走れるのはなんかおかしいだろ。こんな場所じゃ遠距離攻撃もできないし、そもそもこの辺の道全然知らないしで無駄に時間かかったわ』
そこにいたのは、黒い鎧だった。
トゲがいくつも生えた漆黒の鎧に、髑髏を模した兜。
それに加えて禍々しい大鎌を持っているという不吉極まりない姿をしている。
しかし、それだけならば目の前の化け物よりはいくらかマシであるハズだった。
なにせ、鎧の男は不気味な鎧を着ていることを除けば歴とした人型であるし、化け物と違ってはっきりと人間の言葉を話していることから、理性や知性もあるように見える。
その上で化け物を追っていることから、自分を助けてくれるように、あるいは見逃してくれるように交渉ができる可能性は高い。
だというのに・・・
(な、なんなんだアイツは!?見ているだけで寒気がしてくる!?)
男は、さきほどよりも身体の震えが格段に強まったのがわかった。
自分の意志とは無関係に腕が震えて足は萎え、歯の根がカチカチと音を立てる。
目の前の異形の化け物よりも、あの黒い鎧の方が遙かに恐ろしい存在だと生物の本能が警鐘を鳴らしているのだ。
そう、男の本能は理解したのだ。
男にとって、それは初めてのことで、それでも生物である故に理解できてしまった。
どうして、自分があの黒い鎧をここまで恐れているのか。
それは。
(『死』。死だ。あれはきっと、死そのもの・・・)
己の命を問答無用に、あらゆる物理法則を無視して奪える怪物。
黒い鎧は、『死』が鎧を着て歩いている存在なのだと。
そこまで考えが至ったところで。
(すまん・・・俺はここで死ぬみたいだ。すまない)
家族の顔が不意に脳裏に浮かび、己の死期を悟った男は、妻と娘の名前を呟きながらそこで意識を失ったのだった。
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「ん?あの人急に倒れたぞ?」
夜の住宅街。
周りには住民たちが生活している家々ばかりであり、派手な魔法を使うどころか全力で走ることすら気兼ねしてしまうような環境の中で、オレは追跡していた大アルカナに追いついた。
その大アルカナは・・・2人の成金坊主って感じの男と、そいつらに虐げられてるっぽい爺さんという組み合わせから『法王』の逆位置だろう。
そんな法王が魔力を持っているらしき一般男性に襲いかかろうとしているところに間に合ったと思ったのだが、男の人が急に力尽きたように倒れてしまった。
オレの見た感じでは、法王は何もしていないように思えたのだが・・・というか、胸が上下していて呼吸はしているようなので普通に生きているな。
一体どうしたのだろう。
『シ、死神・・・』
『オ、オイ死神!!俺ヲ見逃セ!!代ワリニコイツト下ノジジイヲクレテヤル!!』
「ああ?」
オレが不審に思っていると、突然法王の内、左肩から生えてきた男が話しかけてきた。その左肩から生えてきた男・・・ややこしいので左肩と呼ぼう。左肩はどうやら他2人を売って自分だけ助かろうとしているようだ。
「いや、お前ら単体で生きられるのかよ・・・」
法王の肩から生えた男たちは、どう見ても生物学的に同化しているように見える。
バラバラになったらその時点でアウトとしか思えない。
よしんば生きていられるとして、足も生えていないのにその先どうするつもりなのか。
2人揃って下の爺さんは切り捨てる気満々みたいだけども。
『貴様!!何ヲ言ウカト思エバ・・・!!死神!!殺スナラコイツトジジイニシロ!!ソノ代ワリ、私ハ見逃セ!!』
『ナンダトオ前!!フザケルナ!!』
『フザケテイルノハ貴様ダロウガ!!』
『ウ、アア・・・』
オレが少しばかり呆けていると、切り捨てられる側に回されそうだった右肩の男が口を挟んできた。
そうすると、自分がやられては溜まらないと言うかのように左肩も言い返す。
下敷きになっている爺さんの方はうめいているだけだ。
法王のカードと言えば、1人の尊く慈悲深い法王に、その法王を心から尊敬する敬虔な2人の弟子が助言を求めているシーンを描いているとされるが、そんな様子はみじんもない。
オレがスグ傍にいるというのに、法王であろう爺さんを足蹴にするどころか足代わりにしながら見苦しい喧嘩を始める始末だ。
そんな醜い言い争いする連中に、オレは・・・
「全員見逃すワケねーだろが。『死閃』」
『ヌオッ!?』
『ト、跳ベジジイ!!』
『オ、オオッ!!『闇砲』!!』
「チッ!!」
大鎌を振りかぶりながら距離を詰め、2人の男の首を刈ろうとした直後、爺さんが魔法を使い、その場から跳びはねた。
レベル4の『砲』の反動を使った、オレもよくやる移動法だ。
威力はそこまででもないようだが、夜の闇より黒いエネルギーが道路を大きく凹ませる。
「ああっ!!お前ら道路を・・・!!」
今、この場は『夜』。
いつものように、『夕暮れ』に怪異が現われたときに展開される紅い結界はない。
あの結界の中では、建物や木々がどれだけ倒れようと結界が消えれば元通りだったが、今はそうもいかない。
ここで家を魔法に巻き込もうものなら、その跡はそのままになってしまうのである。
当然、法王が壊した道路も凹んだままということだ。
そして、それよりもマズいのは・・・
『おい、なんだ今の音?』
『事故でもあったのか?』
(ヤバいっ!?)
周りの家々から、人の気配が強くなってきた。
法王が放った魔法による破壊音が耳に入ったのだろう。
怪異やオレたちの姿は一般人には見えないが、音は別だ。
このままでは、野次馬が大量にやってくることになるかもしれない。
そうなれば、人的被害が出てしまう危険が跳ね上がってしまう。
『ヌゥ!!ナントイウ欲深イヤツナノダ、死神!!私ガ破格ノ条件ヲ出シテヤッタトイウノニ!!』
『所詮ハ下賤ノ者・・・俺トハ話合イノテーブルニ着ク頭スラナイトイウコトカ』
『オオ・・アアア・・イ、生キル・・・生キ延ビル』
『チッ!!気ニ食ワナイガ、ヤルシカナイヨウダナ』
『アア・・・マッタクモッテ不本意ダガ、協力シテヤル』
「クソ・・・ここでやる気になるのか」
オレが焦る一方で、法王は喧嘩を止めてオレと戦う方向で方針が一致したようだ。
ここは、言い争いを続けて隙だらけになっているか、いっそさっきまでのように逃げてくれた方がマシだったのだが。
『喰ラエィ!!』
『受ケテミヨっ!!』
『オオ、オオオオオっ!!』
『『『『闇砲!!』』』』
法王が呪文を唱えると、真っ黒な闇を押し固めたような『二発』の砲弾がオレ目がけて飛んでくる。
遠距離魔法攻撃を使っての相殺は周囲への暴発が怖いのでナシ。
かと言って、回避して近くの家を壊すのもマズいのでオレ自身で直接打ち払う。
「オラッ!!」
大鎌に当たった弾は真っ二つになると勢いを失ったようにヘロヘロと地面に落ち、夜の闇に溶けて消えていく。
その直後。
『バカガっ!!』
『カカッタナっ!!』
--ドンっ!!
オレのすぐ足下の地面が爆発した。
正確には、オレが砲弾を切り払う際に動いたことでできた足の裏の影から。
同時に、オレを嘲る2人の男の声が聞こえてくる。
奴らが三つの口で唱えた詠唱は三回分。
それに対して飛んできた魔法は二発。
その二発を囮にして、最後の一発で不意打ちするのが奴らの狙いだったのだ。
オレは、その策に見事に引っかかってしまったワケであり、奴らはそんな間抜けなオレをあざ笑っているのだろう。
(チャンスだ)
だが当然、オレは魔法が一発分足りないことくらいは気が付いていた。
最後の一発は奇襲のために使ってくることも予想ができていた。
やろうと思えば、避けることも簡単だった。
では、なぜわざと受けるようなマネをしたのか?
(今なら、こっちの不意打ちで決められるっ!!)
オレは、濛々と湧き上がる砂煙の中で、法王の魔力と声が感じられる方向をにらみつけた。
足に十分に、かつ密かに魔力を込め、飛び出す準備は万端だ。
そう。オレの狙いは法王が己の攻撃が決まったと油断した瞬間のカウンターだ。
(あいつらの属性は闇。思った通り、オレにダメージはない)
もともと黒葉さんやツキコに話は聞いていたが、基本的に魔法を防ぐには炎に対する水のように相性の良い属性、もしくは炎と炎のように同じ属性どうしをぶつけるのが有効だ。
これまでの大アルカナで闇属性を使ってくる相手はいなかったから試したことはなかったが、法王からは大した魔力を感じないこと、さらには直前に切り払った手ごたえから直撃しようが大したことはないと踏み、実際にその通りであった。
『ハハハハハっ!!馬鹿ダ!!馬鹿ガイルゾ!!』
『滑稽!!滑稽ダ!!ハハハハハっ!!』
砂煙の向こうから、いまだに笑い声が聞こえてくる。
いいだろう。そろそろオレの我慢も限界だ。
(見てやがれ。今からお前らの首を・・・)
そうして、オレは勢いをつけて飛び出すべく、それでいて地面を傷つけない程度の力加減で足を踏み出そうとして。
--ズルッ!!
「は?」
思いっきりつんのめった。
「な、なんだこりゃっ!?」
足が動かせない。
いや、もっと正確に言うと足を底なし沼にでも突っ込んだかのように動かしにくくなっている。
いったい何が起きたのか、自分の足元を見てみると、そこには法王の放った闇の魔法がそのまま残っていた。
オレの足はその闇の塊とでも言うべき空間に突っ込まれており、抜け出せなくなっていたのだ。
『アハハハハハっ!!ソノ魔法ハ貴様ヲ仕留メルタメニ放ッタノデハナイ!!』
『愚カ者メ!!我ラノ権能ヲ知ラナカッタヨウダナァ?』
「け、権能だと!?」
法王のレベルを甘く見すぎた。
発見したときから姿が変わっていなかったし、攻撃も砲より上を使ってこなかったからレベル4だと思っていたが、権能を使えるレベル5の上に既に纏を済ませていたようだ。
そうなると、話が変わってくる。
オレはかつてレベル5で戦闘能力も大したことのない『恋人』相手に、その権能一つで追い詰められたことがある。
他にも、『皇帝』や『正義』を相手にして手を焼かされたように、権能によってはレベルで劣っていてもジャイアントキリングがありえるのだ。
(さすがに舐めすぎたか・・・)
後悔してももう遅い。
こうなったら、周りの被害に目をつぶってオレも権能を使うしかないか。
『我ラガ権能ハ『束縛』!!貴様ハモウソコカラ動クコトハデキヌ!!』
「・・・束縛?」
己のミスを悔やみながらも覚悟を決めていると、法王が自分からペラペラと権能のことを喋り出した。
・・・確かに法王は逆位置に束縛の意味があるが、あれは物理的な意味じゃなくて慣習やしきたりに縛られる的なニュアンスだったハズ。
まあ、これまでも実際の権能がカードの解釈から飛躍しているのがあったから今更ではある。
しかし、単にオレを動けなくするというだけなら、それほど脅威ではない。
法王のレベルが5なのはほぼ間違いないとして、纏した上で最大の攻撃手段がさっきの砲ならば、オレにダメージを与えることはまず不可能だ。
そうなると・・・
『本物ノバカダナオ前ハ!!我ラガ本気デオ前ト戦ウト思ッテイタノカ?』
『誰ガ貴様ノヨウナ化物トヤリアウモノカヨ!!サッサト動ケ、ジジイ!!』
『オオオ、『影潜行』!!』
「あ、待ちやがれお前ら!!」
さっきまで戦意を滾らせていたのはブラフだったのか。
法王はオレに背を向けると、足代わりの老人を杖で叩き、老人がそれで飛び跳ねて、近くにあった建物の影に飛び込む。
すると、まるでそこが沼であるかのように法王は影の中に沈んでいった。
法王を追いかけている途中で見失うことが何度かあったが、あれは影の中を移動していたのだろう。
法王の逆位置には『逃避』の意味もあり、影に潜れるのはその象徴なのかもしれない。
しかし、ずっと隠れていればいいのに今まで姿を現していたように、いつまでも影の中に潜っていられるワケではないハズだ。
ここは、やはり権能を使ってでも追跡をするべきか。
そうして、オレが権能を使う決心を固めたときだった。
『『灯纏』、愚者を照らす月明かりの囲いをここに。『月光灯火』!!』
闇夜の中に聞き慣れた声が木霊し、次の瞬間には辺り一帯がより暗い闇に覆われていた。
オレの目に入るのは、闇の中でぼんやりと輝く月の光のようなカンテラと、その持ち主だけだった。
『フン!!1人で先走ってこのザマか。だから私と足並みを揃えろと言ったのだ、愚か者め』
「・・・返す言葉もないッス」
オレの隣に立って呆れたような目で見てくるカンテラの持ち主、ツキコに、オレは身を縮こまらせてそう答えるしかなかった。
普段ならコイツの嫌味に反撃するところだが、足を取られて動けない今のオレにできることはそれぐらいしかなかったのである。
『ナ、ナンダコレハっ!?影ニ潜レナイダトっ!?』
『ジ、ジジイっ!!真面目ニヤッテイルノカ!?』
『オ、オアアアッ!?』
暗闇の中で、慌てたような声が聞こえてきた。
見れば、影に潜っていたはずの法王が再び姿を現していた。
老人を杖でバシバシと叩いてもう一度影の中に逃げようとしているようだが、うまくいかないようだ。
『私のこの『月光灯火』の本質は『秘匿』。隠したいモノをそう簡単に外に出すワケがないだろう』
ツキコはメインで使う『月』のカード以外にも『隠者』のカードを持っている。
この結界は最近よくお世話になる『月光天蓋』を隠者の権能で強化したもの。
ツキコのレベルが法王よりも上だからなのか、光属性と闇属性による相性の相克か、法王は結界から出られないみたいだ。
『おい。何をボサッとしている。ここまでお膳立てしてやったのだ。お前の不始末なのだから、さっさと片付けろ』
「え?あ、ああ、そうだな」
ツキコとしては、もうこの戦いに手を貸すつもりはないらしい。
手の内を晒すのがイヤなのか、単に面倒くさいのかわからないが・・・法王を逃がさないでいてくれるだけでも十分過ぎる。
「よし。それじゃあ『死・・・」
『待て!!死神の権能は念のため止めろ。多分大丈夫だが、万が一結界が壊れたらまた振り出しだぞ』
「ああん?じゃあどうしろってんだよ?」
前に学校の屋上でこの結界を見たとき、まだ魔力操作をろくにできないオレの『纏』に少しの間とはいえ耐えたのだ。
今のオレなら、この結界を壊さずに『纏』を使えるハズだと思ったのだが、術者であるツキコからすれば不安があるらしい。
『お前には、この前くれてやった『アレ』があるだろう。アレなら、死神の権能よりは出力が低い。それに、アレの権能は今のお前におあつらえ向きだ』
「・・・ああ、アレか!!そういえばそうだな」
ツキコに言われて思い出した。
そうだ。オレはつい最近、ツキコからあるモノを譲られていたのだ。
それを、ここで使う。
オレは、ベルトのバックルに挟んでいた『正位置の愚者』のカードを取り出した。
「行くぜ・・・『旅纏』!!』
大アルカナのカードは、相性が良ければその権能を一部とはいえ使うことができる。
愚者を倒したのはツキコだが、ツキコとは相性が悪かった。
しかし、オレには適性があった。
そして、正位置の愚者は『自由』と『始まり』の象徴だ。
古い慣習に縛られた逆位置の法王とは対極にある。
「おりゃあああああああっ!!」
風がオレの身体を包み込んだかと思えば、オレは法王の拘束を抜け出していた。
風と闇ならば闇の方が有利ではあるが、権能どうしのぶつかり合いでレベル9と5の差を埋めるにはとてもじゃないが足りない。
オレは、開放された勢いのまま、未だに悪あがきを続ける法王に向かって突っ込んだ。
『『死風閃』!!』
『『グオオオオオオオオオッ!?』』
『オ、オオ、コレデ、終ワ、ル・・・』
愚者の司る属性は風。
そしてこの愚者による『纏』がオレにもたらしてくれるモノは、その風属性と『自由』だ。
何にも縛られず、勢いよく吹く風は制御が難しいが、オレに単なる『砲』の反動よりもさらに速さを与えてくれた。
スピードの乗ったオレの大鎌は、闇と風を纏いながら法王に袈裟斬りをお見舞いし、左右の男と、老人の胴より下の三つに切り分けた。
2人の男は苦悶の声を上げ、老人は苦しみながらも解放されたように安堵を滲ませながら消えていった。
法王のいた場所には、一枚のカードが落ちているだけだ。
オレは、そのカードを拾おうと手を伸ばし・・・
『そのカードは私がいただく』
「あっ!?お前っ!?」
気配を消して忍び寄っていたツキコが横からかっさらっていった。
『ん?なんだ?何か文句があるのか?あっさり敵の罠にかかって動けなくなった伊坂誠二君。愚者のカードは、私に適性のあるカードがあれば渡すという条件で譲ったハズだがな?』
「う・・・ど、どうぞお収めください」
『うむ。最初からそう言えばいいのだ・・・ふむ』
ツキコは、拾った法王を顔の前にかざし、目をつぶった。
『思った通りだ。このカードは私に適性がある』
「そうなのか?このカード、闇属性だったけど。もしかして正位置だと光属性なのか?」
『いや、逆位置だな。プレイヤーは自分と相性のいいカードの権能や属性を使えるようになるが、この相性というのは属性よりもそのカードの持つ意味とプレイヤーの気質の一致の方が比重が大きい。属性に関しては得手不得手で習得できない場合もある。この法王は逆位置のままだが、私が闇属性を使うことはできんな・・・まあ、闇属性への耐性くらいは得られるだろうが』
「へぇ」
法王の逆位置の意味は、黒葉さんの授業によると『束縛』や『逃避』、『不道徳』などがあったハズだ。
未だに始まりの魔女の執念に縛られている辺りが一致したのだろうか。
『・・・ふむ?』
「ん?どうかしたのか?」
『いや・・・なんでもない』
しばらくカードを眺めていたツキコだが、怪訝そうに顔をしかめた。
だが、オレが声をかけるとカードをポケットにしまい込む。
(・・・私の予想より、得られる経験値が少ないな。権能が使えるくらいには相性がいいが、さりとてそこまで適性が高いワケでもない・・・ふむ?)
「とりあえず、法王はもう倒したんだし、ここを離れた方がよくないか?お前が来る前に結構うるさくしちまったし」
『それはお前のせいだろうが。まあ、だが確かに用事は終わったのだしここにいる意味はないか・・・む!!』
「ん?」
ツキコが来る前、法王が魔法を放ったせいでそれなりに騒がしくなり、周囲の家から人が出てくる気配がしたのだ。
この結界が外からどう見えているのか知らないが、早く離れた方がいいだろう・・・と思ったのだが、不意にツキコが顔をしかめた。
次の瞬間。
--ドゴッ!!
「え!?な、なんだっ!?」
『チッ!!』
突然、轟音とともに濃い闇に覆われていた結界に、街灯の光が飛び込んできた。
音がしたほうを見ると、そこには・・・
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・や、やっと追いついた」
「黒葉さん!!」
『・・・・・』
魔女服姿になって肩で息をしている黒葉さんが立っていた。
「せ、誠二くん・・・あんまり1人だけで先走るのは、よくない、よ・・・」
「ご、ごめん・・・」
ツキコに言われたのと同じことを言われて、オレは謝ることしかできなかった。
オレが追いかけたことで法王を見つけることはできたが、結局法王の権能にハマってしまっていたのだ。
襲われかけている人を助けられた・・・いや、あれを助けたと言えるかわからないが、ともかく命が失われるような事態になるのを防げたのはいいが、それは結果論。
オレと法王の戦闘のせいでもっと多くの人を呼び込んでしまうところだったのだ。
確かにもう少し考えて動くべきだったろう。
『遅れてきた癖にずいぶんと偉そうな口を叩くな?お前も派手に私の結界を壊してくれたようだが』
「・・・この辺り一帯に人払いの香を流してきたんです。効果時間はそんなに長くないですが、しばらくここに人が来ることはありませんよ。あなたの魔法を参考に風の結界も張りましたから、音も聞こえてないハズです」
『ふん・・・手際のいいことだ』
オレと違ってしっかり者の黒葉さんは周りのこともちゃんと考えていたようで、一般人が近づいてこないように対策をしてくれていたみたいだ。
しかし、またいつぞやのようにツキコとの間にバチバチと険悪な空気を醸し出し始めた。
黒葉さんも長持ちしないと言っていたし、この空気をどうにかするためにも、やはりここを早くに立ち去るべきだろう。
「ふ、2人とも!!早くここから逃げよう!!黒葉さんの魔法、そんなに長く続かないんでしょ?」
「・・・それもそうだね。この人と言い合うのなんて何の得もないし」
『誠二の言うとおりだな。こんなノロマに関わる方が時間の無駄だ。また遅れるなよ?おデブちゃん』
「・・・そうですね。空気抵抗の少ない走りやすそうな体型をしていて羨ましいですよ」
「『・・・・・』」
「い、行こうぜ2人とも!!」
少し話すだけでこれだ。
このままでは、黒葉さんの魔法が切れるまで延々と口げんかを止めないのではないだろうか。
この空気に耐えがたいのもあって必死で2人を急かすと、2人は渋々と言った様子で走り出した。
陸上部エースの白上さんに入っているツキコはともかく、黒葉さんも体力が付いてきて喜ばしい限りだが、それを喜ぶ気にはなれなかった。
「まったく・・・怪異の結界があればこんなことにはなってなかったってのに。どうなってんだ最近は」
夜の住宅街を変身を解除して走りながら、オレは愚痴をこぼした。
今、この街で発生している怪異である『儀式』に何か異変が起きている。
そのせいで、今のオレたちはこんな苦労をしているのであった。
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なお・・・
「ううん・・・はっ!?あの男はっ!?化物はっ!?俺は生きて・・・るのか?もしかして、夢、か?疲れてたのかな・・・」
十分離れた後で、オレたちはあの場に巻き込まれていた男の人がいて、その人を置き去りにしてきてしまったことを思い出し・・・
「はぁっ、ふぅっ・・・ごめん、誠二くん。ワタシもう限界・・・」
「わかった!!じゃあオレがおんぶするよ」
「えっ!?いいのっ!?」
『・・・この貧弱モヤシが』
治療と記憶の操作のため、オレたちはまたもダッシュでその場に戻り、黒葉さんは体力の限界でしばらく動けなくなっていた。
結局オレがおぶって移動することになったが、黒葉さんとツキコの空気はどういうワケかさらに険悪になってしまったのであった。
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TIPS1 The Hierophant 法王
大アルカナの5番目。
椅子に腰掛ける法王と、その前にひざまずく双子の聖職者が描かれている。
法王が双子の罪を赦す場面、あるいは双子が法王に教えを請うている場面とされる。
正位置では 社会性、道徳、誠実、秩序、優しさ、平等、保守的など。善良で公平、誠実、包容力があり、秩序や常識を大事に守る。協調性、社会性があり、皆から信頼されている様を表わす。
逆位置では、無慈悲、不道徳、逃避、束縛、独りよがり、閉塞感など。正位置で大事にしていた秩序や伝統に固執して縛られている、または周囲に押しつける様を表わす。
どちらの意味でも『保守性』を象徴する。
作中では、闇属性の魔法を使用。
レベルは5。権能は『束縛と逃避』。レベルが低いのもあるが、それを抜きにしても大アルカナの中で恋人の次に戦闘能力が低い。また、法王と2人の男によって一度に三発の魔法を撃つことができるが、実は一発の魔法が三等分されているだけで威力はかなり低い。
その代わり、戦闘以外ではかなり器用で、権能もあって鈍重そうな見た目に反して逃げ足が非常に速い。
権能の行使には影を介し、相手の影を固定することで束縛しつつ、自身は影の中に潜って奇襲ないし逃走する。
本人が戦うより、他の誰かの補助に回るとかなり厄介なことになる・・・が、本人の性質として協調性が皆無のためそのサポート能力が活かされることはない。
なお、このカードが正位置の場合、属性は光属性、権能は『慈悲と保守』になり、回復と防御の魔法での持久戦を仕掛けてくる。
伊坂誠二はこの正位置に適性があり、彼が手にしていれば正位置になっていた(伊坂誠二が死神の権能を使えば法王の護りは一撃で破壊可能)。
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TIPS2 カード相性と属性
プレイヤーは適性のあるカードの権能と属性を使用できるようになる。
しかし、カードの適性はそのカードの持つ意味とプレイヤーの在り方がどれほど一致しているかの比重が大きく、属性の相性はそこまで影響しない。
そのため、プレイヤーとカードの属性の相性が悪い場合には属性の習得ができないこともある。
この場合でも、その属性に対する耐性は獲得できる。
ツキコが法王の逆位置を手にした場合には権能使用可能。闇属性使用不可。闇属性耐性アップ。
伊坂誠二が法王の正位置を手にした場合には権能使用可能。光属性使用不可。光属性耐性アップ。




