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老獪なるカラス

またも遅れて申し訳ありません。

馬鹿が頭脳戦みたいなことを無理矢理考えようとして、悪戦苦闘した結果ここまで遅くなってしまいました(頭脳戦が書けたとは言ってない)。

このお話もあとで書き直すかもしれないです。頭が良くなりたい・・・

『ま、ツキコに関する話はこんなところでいいだろう』


 黒葉アカネ・・・今はただのアカバとなっているカラスはそう言って口をつぐんだ。

 まあ、カラスの身体となっているアカバは厳密には実際に喋っているのではなく、念話という魔法で誠二に意志を伝えていたのであるが、それは余談である。


(ツキコは、どういうワケが知らないが、誠二の名付けを受け入れている。ならばまあ、最悪の事態にはならないさ。少なくとも過去の因縁に囚われて鶫と争うことはない)


 アカバからすれば、ツキコへの感情は誠二に語ったようにかなり複雑なところだが・・・実のところ大した恨みなどない。

 ツキコは、儀式の中枢に潜む始まりの魔女の残滓のそのまた欠片に過ぎない末端だ。

 前の儀式で友人の身体を乗っ取っていた欠片とはどうやら別物のようであるし、その上誠二の名付けを受け入れたとなれば、条件さえ揃えば完全に儀式と関係のない存在へと変貌を遂げることだろう。

 今は黒葉一族そのものに恨みを持っているように見えるツキコであるが、そうなってしまえば所詮は『他人』から押しつけられた悪感情など長続きはしない。

 名付けの儀式の強力さを知っているアカバは、そうなることに疑いはない。

 そもそもの話、前の儀式で現われた欠片は友人ごと『悪魔』に倒されており、その悪魔は己ともう1人のプレイヤーで倒した。

 そして、その欠片をけしかけた大本・・・己自身が復讐を望む相手は別におり、未だに健在。

 そこまではわかっているために、アカバ個人としてはツキコにそれほど執着する理由がないのだ。


(まあ、それも鶫に何かしなければの話だが・・・とはいえ、あの2人がバチバチにいがみ合ってる理由が理由だからねぇ)


 かと言って、さすがに孫娘である鶫に危害を加えられれば話は別だ。

 もしもそれで鶫に取り返しの付かないことが起きるようであるなら、アカバがツキコを許すことは決してない・・・ないのだが。


(孫の恋愛沙汰に首を突っ込んでどうこうっていうのは、どうもいまいち乗り気にはなれないもんだ)


 あの2人の仲が悪い最大の理由が、目の前のクソボケを巡っての色恋沙汰だと思うとあまりモチベーションが湧いてこないのだ。

 もちろん、鶫の命に何かあるようならばそうならないように全力で手を尽くす所存であるが、そうでないのなら『勝手に戦え!!』と言いたいところである。

 身内の恋愛事情に祖母が口を出すというのは、いろいろと格好が付かないだろう。

 そもそもの話・・・


(アタシとしては、誠二が義理の孫になるかもってのは、ちょっとねぇ・・・)


 鶫が誠二に惚れるのはわかるのだ。

 鶫が生家を追い出されてアカバのもとに来たときから、その眼が黒葉家に時折持つ者が現われる心映しの宝玉であることは知っていた。

 あの眼を持つ以上、鶫が傍にいたいと思うのは心の清い者だけになるのは明らか。

 そういう意味で、魔法使いでありそれでいて心根が真っ直ぐで善良・・・言い換えれば単純バカでお人好しな誠二はピッタリと言える。

 事実、誠二は出会ってから幾度も身体を張って鶫を助け、その信頼を積み重ねてきた。

 アカバとしても、そうして孫娘の身も心も救ってくれたことには何度お礼を言っても言い足りないくらいには感謝している。

 今のご時世、いろいろと保守的な魔法使いでなくとも心の綺麗な者などなかなかいるようなもんじゃない。

 鶫の傍にはそういう心を持った人にいてほしいと願っていたアカバからすれば、顔が怖かったり言動がやや粗暴だったり、頭が悪そうだったり、顔がめちゃくちゃ恐ろしいことなど、少々の粗はあるが人格的には十分『アリ』だったのだ。

 しかも、魔法使いとしての視点で見ても相当な実力者である上に、推定ではあるが黒葉が探し求めてきた死霊術士の上澄みでもある『死霊ノ王』だ。

 結ばれてくれるのならば、それに越したことはないとアカバも思っていた。

 だが。


(なんとなく思ってたけど、誠二が好きなのはあの白上って子みたいだし)


 その信頼が崩れるのはあっという間だった。

 いやまあ、心映しの宝玉を持つ鶫が勝手に勘違いしていたのが悪いと言えばそうなのだが、それにしたってあそこまで献身的だったのに実は他に好きな女の子がいましたというのはタチの悪い詐欺に等しい。

 その時点で、鶫の祖母としては『ないわ~』としか言い様がなかった。

 もっとも、第三者的な立ち位置にいたアカバとしては誠二が鶫に恋愛的な意味で好意を持っているかは疑問だったので、『結ばれてくれればいい』とは思いつつも予想通りではあったのだが。


(誠二がいい子なのは疑いようがないけど、純粋な善意ってヤツがあそこまで厄介だとはね)


 いっそ騙そうとしていたのならばまだよかったのかもしれない。

 それならば、鶫はもっと早くに真実に気が付くことができただろうし、何よりそこで諦めることができたから。

 だが実際には誠二に鶫を騙そうとかそういう意図は一切なく、助けたのは純粋な善意。

 だから、鶫は諦めることができず・・・

 


--黒葉さんの命の方が、ずっと大事だっ!!



--ワタシ、悪い魔女になるよ



(鶫の中にある誠二への想いは、もっと大きくなってしまって・・・それで、鶫も変わってしまった)


 伊坂誠二は善意の人だ。

 だから、例え自分に好きな異性がいても、他の女の子を全力で助けてしまう。

 己のことが嫌いだと言われても関係なく、自分の命が危うくなるのを承知の上で。

 普通ならただ利用されるだけで終わってしまうだろうが、心映しの宝玉を持つ鶫にとって、その善意は強力な誘蛾灯のようなものだ。

 誠二の意中の人が自分ではないとわかっていても、追わずにはいられなくなるくらいには強力な。

 その誘惑は、良くも悪くも鶫を変えてしまった。


(もともと鶫は人嫌いで、普通の人間にいい感情は持っていなかったけど、それでもいたずらに誰かを傷つける子じゃなかった。でも、今の鶫は・・・)



--触るな



 アカバは、朝にD組で誠二たちと鶫が話し終わったのを見たあとは、鶫の方に付いていたのだが、そこでクラスメイトを相手に明確な拒絶を見せた光景を見ている。

 これまで、クラスでいいようにいじめられていた鶫からは考えられない振る舞いだ。

 祖母ではあれど今はカラスのアカバからすれば、いじめられている鶫を見ているだけだったのは歯がゆくてしょうがなかった。

 それを考えれば、しっかりと自分の意志でいじめに立ち向かえている今の鶫は喜ばしいと言っていい。

 だが、果たして素直に喜んでいいモノだろうか?


(今の鶫は、きっと誠二と、誠二に近い人間以外すべてに大した興味を持っていない・・・それこそ、その命の有無にすら)


 今の黒葉鶫は、必要ならば誠二以外のすべてを犠牲にすることを躊躇わない。

 アカバには、そんな確信があった。

 確かに、鶫は身も心も強くなったと言っていい。

 だが、それまでの鶫が持っていた心の弱さ・・・言い換えれば、他者を傷つけることへの恐怖や嫌悪はその代償とばかりに失われてしまった。

 今まさに巻き込まれている儀式を乗り切るのには、その方がきっと都合がいいだろう。

 魔法使いとして見るのなら文句はない。

 しかし、鶫を孫として見てきたアカバにとって、それは歓迎すべきことか判別が付かなかった。


(果たして、今の鶫と誠二がくっついたところで、幸せになれるのかね?)


 胸に浮かぶのはその疑問。

 誠二は白上羽衣のことが好き。

 塔との戦いでは白上羽衣の身体を乗っ取っているツキコがいるのに、鶫の方を命がけで助けたことからまったく目がないワケではないだろうが・・・あの真っ直ぐな性格の誠二がそう簡単にその意志を曲げるとは思えない。

 鶫の一念が誠二の心を変えて結ばれるのなら、まあ、百歩譲って何も言うつもりはないが、何をどうしても誠二の想いが変わらなかったとき。


(鶫がなにをするのか・・・アタシにもわからない。それに)


 今の鶫は、腐っても魔女だった己からしても想像ができないような何かをしでかしそうな気がしてならない。

 その『何か』の結果、鶫と誠二の2人が幸せになっているヴィジョンがまったく見えないのだ。

 なんだかんだ誠二に感謝している身としては、願わくば誠二にも幸せにはなって欲しい。

 そういう意味で、鶫が誠二に執着している現状をあまり良いモノだと思えないのであった。

 それに、なにより・・・


(鶫と誠二よりも、誠二とツキコの方が、アタシにとって『都合がいい』)


 アカバが、孫娘の鶫とその鶫が想いを燃やす相手である誠二が結ばれるのをそこまで歓迎できない理由。

 それは同時に、ツキコに対してそれほど恨みを持たない最たる理由でもある。

 単純に鶫、いや、2人の幸せのためにというのもあるが・・・


(ツキコは名付けを受けていても、まだ儀式への執着を捨てきれていない。そこをどうにかする鍵は、間違いなく誠二だ。そこさえどうにかなれば・・・ククッ!!己の分身が色恋沙汰のせいで裏切ることがあれば、それはそれは腹立たしいだろう?始まりの魔女?)


 アカバから見て、ツキコは未だに儀式側の存在である。

 名付けは魔術的に重要な意味を持つが、ツキコはまだ条件を満たしていないために、儀式に囚われていると言っていい状態にある。

 だが、その条件さえクリアすれば、ツキコを完全に儀式から、ひいては始まりの魔女から離反させることができる。

 そして、その条件とはまず確実に誠二への想い、執着だ。

 ツキコが抱く誠二への想いが儀式に対するソレを越えたとき。

 そのときこそが、ツキコが過去の妄執から解放されるときだ。

 始まりの魔女からすれば、己の身を削って造り上げた尖兵が傍から見れば下らない男の取り合いの結果で裏切るなど、腸が煮えくりかえるような事態だろう。

 かつて、いけ好かない所がありながらも間違いなく友と呼べる存在を、もう既にこの世にいない始まりの魔女の遺志などという下らないモノのせいで失った自分にとって、それは実に胸の空くような復讐であった。

 そう、結局のところ。


(このアタシ自身の復讐のためにも・・・誠二。あんたには役に立ってもらうよ。その結果、あんたがどっちと結ばれるのかはわからないけどねぇ)


 アカバの、黒葉アカネの抱く復讐心。

 それこそが、アカバにとっての誠二の価値を重くさせているのであり、鶫よりもツキコと結ばれて欲しいと思う理由なのだ。

 そのためには、ツキコにも生き続けてもらわねば困る。

 幸いと言うべきか、誠二もツキコに情が湧いているのは昼間のオカ研やさきほどのやり取りでわかっている。

 一番の問題は、ツキコが誠二の想い人である白上羽衣を乗っ取っていることだが・・・それについても解決策はある。

 

(誠二が魂の扱いを完璧にマスターした死霊術士の頂点であれば、可能だ。いや、アタシはもうソレを見ている)



--これで終わり・・・いや、始まりだ



 破綻の象徴である塔を、そこから最も遠い『生まれたて』の状態へと回帰させた誠二の魔法。

 あれこそは黒葉の初代が書き残した書に記されていた、『存在の再定義』に並ぶ、死霊術士の扱う魔法の最終到達点。

 まさに、神の奇跡としか言い様がないあの魔法があれば、初代の悲願を果たすことのみならず・・・


「・・・おばあさん?」

『ん?ああ、すまないね。少し考え事をしていたんだ・・・さて、それじゃあ次はアタシの話をしようか。どうして、アタシが今みたいにカラスになっているかだね』


 己の復讐のために誠二を利用する形になるが、そのためには誠二にその思惑を知られるワケにはいかない。

 すべてを話しても誠二なら受け入れてくれる可能性はあるが、他者の想いや関係を道具のように扱うかのような方法に反感を抱かれる可能性もまた十分ある。

 そう考えると、正直に打ち明けることはできなかった。


『誠二も、昼間にツキコから聞いただろう?アタシは前の儀式でペナルティーを、いや、『呪い』を受けている。自分の持つ魔力を儀式に捧げ続けるっていうのがメインだが、それだけじゃない。アタシの呪いは、アタシの意志すら浸食しつつあったのさ』

「意志の、浸食?それって・・・まさか」

『おおよそあんたの思ってる通りさね。アタシは儀式の操り人形になるところだったんだよ。まあ、魔力の使えない老人を操ったところで大したことはできないが・・・アタシの行動はすべて儀式に筒抜けだった。黒葉の家にはこれまでの一族の者たちが集めてきた儀式に関する資料がある。その資料を処分させようとしたんだ。だから、アタシは呪いから逃れるべく身体を捨てることにしたってワケさ』

「そんなことが・・・チッ!!胸くそ悪い!!」


 不愉快そうに顔をしかめて舌打ちする誠二。

 その顔はまさに悪鬼のごとく恐ろしく、女子供が見たら失禁モノだろうが、それは他人の意志を操るという外法に向けられた義憤だ。


(本当に、よくもまあこんな真っ直ぐな心に育ったもんだ。親御さんのおかげかねぇ)


 色々な思惑があり、誠二を利用しようと思っているアカバであるが、誠二のそうした部分は素直に好ましく思える。

 その善性があるからこそ、一方的な勘違いだったとはいえ鶫の心も救われたのだから。

 

(鶫も、誠二も、あの白上って子だって、こんな儀式なんてモノに巻き込まれなければそれが一番よかったんだが。まったく世の中ままならないもんだ)


 魔法に関わることがなければ、3人ともまっとうな人生を送れていただろうにと、心から残念に思う。

 まあ、そう思ったところでどうにもならないからアカバが取る選択に変わりはないのだが。


『誠二。怒ってくれているところ悪いけど、続けるよ・・・見ての通り、黒葉に受け継がれてきた魂に関する秘法で呪いのかかった身体を捨てられたんだが、呪縛から完全に逃げられたワケじゃないんだ。呪いが魂レベルまで縛っていたからなのか、魂の扱いに適性がなかったからなのかわからないけどね』

「そうなんですか?おばあさん、オレから見たらちょっと嫌な感じがするけどなんともないように・・・いや、よく見たら、なんか見える?塔の頂上にあった儀式との繋がりみたいな・・・でも、千切れてるな」

『ほう?あんたには見えるのかい?アタシには感覚的にしかわからないんだが』

「あ、はい。でも・・・なんとなくなんですけど、取るのは難しそうっていうか。もう切れてはいるんですけど、雑草の根っこみたいに残った部分が絡みついてる感じみたいな。無理矢理取るとおばあさんによくないことが起こりそうな気がします」

『そうかい・・・誠二。あんたから見て、その切れた根っこはアタシに何か悪さをしそうかい?』

「う~ん、おばあさんを縛ってるようには見えますけど、もうそれそのものに強い力はないと思います。切れちゃってるから、どことも繋がってる感じもしないし」

『ふむ。なら、放っておいてくれていい。アタシが怖いのは、大事な情報を伝えられないことよりも、間違えたことを教えてしまうことや、こちらの情報が逆に取られることだ。そうならないのなら、構わないさ』

「おばあさん・・・すみません」

『気にしないでおくれ。あんたは何も悪くない』


 かつての儀式でペナルティを受けることを選択したのは己自身。

 あのまま儀式を続けていれば間違いなく死んでいた。

 あのときに同じ魔法使いだった友は悪魔に殺され、共に駆け抜けた人間のプレイヤー・・・己の夫となった男は一般家庭の出だったために、儀式の事情を深くは知らない。

 故に、儀式を終わらせるために、後世に情報を残すことを優先しての判断だった。

 もっとも、儀式に精神まで侵食される呪いまで付いてくるとは過去の記録にも残っていなかった、いや、残せていなかったために自分の口で伝えることはできなくなってしまったが。

 思えば、アカバがかつての黒葉の者が残した記録を見て虫食い部分がチラホラあったのはおかしかったが、それも同じような選択をした者が記録を処分した結果だったのだろう。

 レベル8以上の魔法の詳細がわかっていなかったのも、その一部であった可能性は高い。

 争いに向いていなかった鶫を巻き込みたくないと思って手間のかかる隠し方をしたが、あれは自分の手で資料を抹消しないようにするための自己防衛でもあったのだ。

 意志の浸食は遅効性であり、気が付いたときにはもう手遅れになっているという悪意を感じさせるモノであったが、『儀式とは直接的な関係にない始まりの魔女の滅ぼし方』について覚え書きを書いている際に妙に筆が進みにくかったことに違和感を覚えたアカバはそこで己の変調を自覚し、そこから資料を隠し始めたのでその大部分は無事である。


『今日ここに来たのはツキコのことや鶫も知らない儀式のことを話すためと言ったが、あれは正確じゃない。儀式の情報を記した資料が黒葉の家やその周りにあるってことを伝えに来たんだ。この身体になっても、儀式について知っていることを言おうとすると喋れなくなる。でも、資料があることや場所くらいは今なら言えるからね』


 ツキコについての情報収集と、黒葉一族が残してきた記録の継承。

 それこそが、誠二のもとにアカバが訪れた理由である。

 

(ツキコについて予想通りだったとはいえ、裏付けが取れたのはありがたい)


 成果は上々。

 ツキコが名付けを受け入れた背景を知ることができたおかげで、敵視する必要がなくなった。

 なにより、それを誠二に伝えることができたことこそが大きい。

 これで誠二自身がツキコを本格的に味方として見れるようになる布石を打つことができた。

 呪いによって誠二が最も気にしているポイントのケアができないのはもどかしいが、それもそのうちに解決するだろう。


(アタシが書いたノートもそうだが、その元になった資料にも死霊術士の奥義について記述がある。誠二の頭じゃ理解はまず無理だろうが、ツキコなら・・・)


 アカバが目にした誠二の魔法は、ツキコも見ていたことだろう。

 あの魔法こそがツキコを解き放つ鍵であることには気付いていないか、あるいは気付いているのに気付いていないフリをしているのかはわからないが、黒葉の残した記録を見ればはっきりとわかるはずだ。

 その理解そのものも、ツキコにさらなる自覚を促す一助となるに違いない。

 ただし、問題もある。


(鶫が先に資料を見つけたら・・・処分はしないだろうがツキコには見せないだろうね。あの子は頭がいい。鶫だって、アタシがツキコに気付かせたいことに気付く)


 誠二とツキコに結ばれて欲しいと思うのは、アカバのエゴだ。

 鶫からすれば反吐が出るようなモノ。

 当然、そこに繋がる要因があるのなら全力で隠蔽にかかる。


(鶫にもあの資料は見てもらいたいとは思うんだが、ジレンマだねぇ)


 資料はいくつかを小分けにして隠したのだが、魂に関する魔法については黒葉の初代から連綿と受け継がれてきたモノだ。

 ツキコに見てもらいたい書物も同じまとまりにあるのがこうも厄介になるとは隠したときには思いもしなかったが、それならばまあ仕方がない。

 

『肝心の資料の場所だが・・・隠し場所は三つ。黒葉の屋敷の図書室の地下と舞札神社のすぐ傍。あとはアタシの人の身体の遺骨がある墓地だ』

「三つ・・・でも、黒葉さんの家以外なら今からでも行けますね!!よし!!」

『おバカ!!話は最後まで聞けとさっきも言ったばかりだろう!!・・・隠し場所は屋敷も含めて自然の魔力が濃い場所を選んでる。ろくな魔力のないアタシでも魔法が使えるようにね。それで黒葉の血に反応するような魔法の封印と、物理的な鍵の両方を仕掛けてあるんだ。どっちかしか解除できなかったら、仕込んだ火薬で資料は燃えかすに早変わりするよ』

「すげぇ・・・そんなスパイ映画みたいなトラップ本当に用意する人がマジでいたのか」

『どこに感心してんだい、あんた』


 変なところが琴線に触れたのか、目を輝かせている誠二に呆れた目を向けるアカバ。

 絡繰り人形だの仕込み武器だの、亡き夫といいよくわからない複雑なギミックが好きなのは男児共通のようだ。

 

『アタシが言いたいのは、資料を手に入れるには鶫と協力する必要があるってことさ。鍵はアタシが人だった頃に使ってた部屋にある。だが、ここで問題がある』

「問題、ですか?」


 首をかしげる誠二。

 やはり、この子の弱点は頭の回りが遅いところのようだ。


『あんた、鶫に何て言って家捜しさせてもらうつもりだい?鶫なら、あんたの言うとおり家の中を漁らせてくれるとは思うけど、その理由を説明できるのかい?』

「あ・・・」


 そこまで言われてやっと誠二も気が付いたようだ。


「・・・その、やっぱりおばあさんのことを黒葉さんに言うのはダメなんですか?黒葉さん、おばあさんのことをすごく大事に思ってるし、喜ぶと思いますけど」

『・・・そうしたい気持ちは勿論ある。でも、やるつもりはないよ。その理由、あんたならわかってるんじゃないのかい?』

「それは・・・」


 

--生にしがみ付く者に、裁きを。



 どういうわけか、過去の黒葉が調べた限りでは・・・特に、初代が詳細な記録を付けていたのだが、死霊術士は魂からその者の『霊』を呼び起こして対話する能力を持っているのに、死霊を嫌悪する者が非常に多いのだと言う。

 その死霊術士の中でも最高峰である誠二もまた、名付けを行う前のツキコには嫌悪感を覚えていた。

 今のアカバは人の身体からカラスへと身を転じたわけで、厳密に言えば死んではいないが・・・初代を始め、歴代の黒葉が考案した方法は死霊術士のやり方を組み込んでおり、その魂の扱いは死者のソレに対するモノと変わらない。

 その秘法を使ってしまった時点で、死霊術士から見れば己は死んだに等しいか、あるいは近い状態にあるのだろう。

 故に、程度はそこまででもないかもしれないが、誠二はアカバにも死霊に向ける嫌悪を感じているはず。

 

(死霊術士たちのスタンスは、一貫していたらしい。誰に教えられたワケでもなく・・・)



--生者と死者は、関わるべきでない。



--死者の魂は、速やかにこの世界に還さねばならない



 魔法使いは女性がほとんどだが、死霊術士は男性の魔法使いの中からしか現われない。

 当然、極めて数が少なく同じ死霊術士どうしが出会うことなど一生をかけてもないのが大半であるが、それでも死者の魂への価値観は共通していた。

 

(自然界で死骸を土に還すことを本分とする分解者のように、残留している魂を本来還るべき世界へと渡すという『役割』でも本能に刻まれているのかね?・・・まあ、興味はあるけどそこは調べようがない。ここで重要なのは、死者に近いアタシが生者である鶫と下手に関わると、誠二の地雷を踏みかねないってことだ。やぶ蛇になったら目も当てられない・・・それに、死霊術士たちが言うことは正しい)


 元々、黒葉アカネは生きながらにして死んでいるようなモノだった。

 漢方の材料として冬虫夏草というセミに寄生するキノコがあるが、まさしくそれに近い状態だった。

 儀式という怪異の魔力を吸い尽くされ、魔法使いとしては完全に死んでいたのだ。

 魔力のないほぼ人間と変わらない身体では、老化のペースも普通の人間と変わらない。

 身体の衰えを感じるのと、魔力の枯渇による苦しみによって、死がどんどん近づいてくるのがわかった。

 それでも生き続けたのは、友を奪われた復讐のためであり、なにより孫娘の鶫がいたから。

 だが、儀式の呪いによって、その鶫を己が窮地に追いやってしまうかもしれないということがわかり・・・だから、黒葉アカネはアカバとなったのだ。

 己が本当の意味で死を迎えるのを覚悟の上で。


(誠二のおかげでもあるんだろうけど・・・鶫は、アタシの死を乗り越えている。なのに、またノコノコ出て行って、もう一度別れを経験させるのは、あの子を悲しませるだけ。会いたいっていうアタシの欲を叶えたいだけなんじゃないか・・・そう思っちまう)


 アカバは、今のカラスの身体がそう長持ちしないであろうことを悟っている。

 死霊術士でもない黒葉アカネが行使したために不完全だったのか、元々儀式によって魂に負荷がかかっていたのか、はたまたその両方か。

 いずれにせよ、例え鶫ともう一度言葉を交わせたとて、遠からず二度目の死を迎えるだろう。

 そうなったとき、鶫は二度目の別れを受け入れられるだろうか。

 また『次』も・・・などと思ってしまわないだろうか。

 この先、鶫は隠していた記録によって死霊ノ王について知ることになる。

 その死霊ノ王がすぐ傍にいながら、諦めることができるだろうか。

 そして、仮に誠二が鶫の嘆願を受け入れたとして・・・三度目はどうだろうか。

 次は、その次は、そのまた次は。

 延々と『死』を否定し続け、死者を縛り続ける悍ましい命の輪。

 それを憂うからこそ、生者と死者は関わるべきではないと死霊術士たちは思うのかもしれない。

 その考えはきっと正しくて、正しいと思うからこそ、ただ会いたいという欲のために鶫と繋いでもらうのは、やってはいけないと思うのだ。


(元々、誠二という死霊術士がいることなんか予想もしていなかったんだ。もう二度と黒葉アカネとして会えないのは覚悟の上・・・それを、偶々覆す目が出た程度で、揺らぐな。黒葉アカネ。使い魔として傍にいられるだけでも、十分。それ以上なんて贅沢過ぎるってもんさ)


 伊坂誠二という死霊ノ王が現われることなど、当然予想外。

 その偶然現われた幸運に飛びつくことは、周りのすべてを不幸にする。

 アカバには、そんな気がしてならなかった。

 だからこそ今この瞬間も、使い魔の感覚共有をレーダー代わりに鶫に己の行動がバレないように最大限の注意を払っているのだ。

 万が一にも、己の存在を知られないように。


『・・・アタシの部屋に、鶫だけに宛てた遺書がある。鶫は、あの部屋をいじる気がないみたいでね。まだ見つけていない。んで、その遺書に、鍵の在処は書いてある。鶫なら、その鍵で開く扉を探そうとするハズだ。だから、あんたはまず鶫にアタシの遺書について探させな』

「い、遺書ですか・・・わかりました」

『ああ。だが、一つ言っておこう』

「?」


 死を覚悟してことに及んだのだ。

 失敗した場合の保険として、必要最低限のことを記した遺書は勿論残しておいた。

 鍵の場所と、その鍵で開く扉が三つあること。

 『悪魔』が現われることを考えて、誠二に教えた具体的な場所は書いていないが、鶫ならば時間をかければ解き明かすだろう。

 だが、儀式の真っ最中である今は迅速に資料を見つけてもらう必要がある。

 だから、誠二には答えを教えたのだ。

 そして、ここで己の復讐のための仕込みをする。


『黒葉の先人たちが積み重ねてきた記録が間違いだとは思いたくないが・・・儀式に関わる情報ならばツキコが一番正確だろう。資料を探す前に、聞けることはツキコに確認して裏を取っておきな。あんたが頭下げれば、無碍にはしないだろうさ』

「えぇ~・・・そうですかね?なんかめっちゃ調子乗りそうな気がするんですけど」

『調子に乗るならむしろ好都合じゃないか。煽ててその気にさせちまいな。あんたならできる』

「まあ、できるかできないかって言えば、できそうですけど・・・」

『だったらやりな。儀式に関する情報は、あんたたち全員の命に直結するんだ。鶫も同席させるんだよ?』

「う・・・またあのギスギス空間を味わうことになるのか。でも、おばあさんの言うとおり、儀式のことは知っておいた方がいいに決まってるしなぁ」

『ああ、それと』

「?まだなにかあるんですか?」


(そう、ここからが肝要だ)


 そう思いながら、アカバは続けた。


『そういや誠二。さっきはアタシの遺書を探させるように言ったが、上手い口実はあるのかい?』

「え?口実?」

『ああ。家捜しの話よりはマシだが、『死んだ祖母の遺書を探せ』なんてのも突拍子がないだろう?あんた、演技は下手そうだし』

「それは・・・そうですね。どうしよう?」

『・・・さっき、あんたの話を聞いて思いついたんだが、アタシが書いたノートを見つけたんだろう?どうせツキコと鶫を交えて話すのなら、その内容についてツキコに聞いてみるといい。ツキコなら鶫よりも詳しく知っているからね。そのとき、『他にもそういう資料があるかも』って言ってやるんだ。そうすれば、鶫ならアタシの部屋や図書室を調べるだろうよ』

「おお!!それならオレにもできそうです!!」

『そこまで行けば、あとは『あんたが』それとなく場所の案内をするだけだ。舞札神社はよく行くから簡単だし、墓場はアタシが一芝居打ってやってもいい』

「わかりました!!」

(よし)


 思った通り、誠二はアカバの助言に何の疑問も抱いていない。

 その通りに進めば黒葉一族が隠してきた秘伝の存在が、ツキコにも伝わってしまうことにも全く気が付いていない。

 だが、それでいいのだ。


(下手にツキコにも資料を見てもらうように入れ知恵したら、アタシの存在に鶫かツキコは気付くかもしれない。だが、この程度ならバレないだろう。誠二があのノートを偶然見つけたのは本当なんだからね)


 今日のオカ研で、悪魔のことをツキコが言おうとしたところで呼び出しがかかったのだから、続きを聞きたがるのは不自然ではない。

 その流れで儀式と関わりのある始まりの魔女や死霊の滅却法について記したノートのことを話題にあげるのも、それほどおかしくはない。

 そうして、ツキコがそのノートやその元となった原本のことを知れば、必ず見たがるハズだ。

 同時に、鶫に先に発見されれば処分される危険性にも気付く。

 そこまで行けば・・・


(なんとしてでも、鶫よりも先に資料を手に入れるか、最低でも同行しようとするだろう。そして、実際にはその主導権は誠二が握っている。警戒してる鶫を監視することはできなくても、誠二ならできる。将を射んと欲すればまず馬を射よ・・・アタシが前回出くわしたヤツと違うのであっても、あの始まりの魔女の残滓であるならば、そこまではたどり着ける)


 それは、長らく始まりの魔女の足取りを追ってきた黒葉の一族だからこそ抱く信頼だ。

 この場合、鶫にとって誠二の存在はある種の枷。

 鶫だけならばツキコに付け入る隙は与えないが、鶫が行動を共にしたいと願う誠二はそうではない。

 ならば、その誠二を見張ることで鶫の動きを把握しようとするだろう。

 ・・・そこまでの流れに至ることを、アカバはほぼ確信に近い形で予想できた。

 そして、資料の隠し場所を知っているのは誠二である以上、鶫が先んじることはない。

 ツキコもまた、黒葉の初代が残した魂の扱いに関する書にたどり着くことはできる。

 問題があるとしたら、そこからどうやってその中身を見るかだが・・・


(そのときは、また誠二に何か言い含めるかね。さて、しっかり考えておかなきゃだ。それにしても・・・)


 鶫とツキコ。

 魔法使いらしい2人の急所はお人好しな誠二だ。

 ツキコが誠二を利用して鶫を縛ることを予想したように、アカバもまた、この先で行き詰まったときには誠二を自分の都合のいいように利用する算段であった。

 そうして。


『誠二。あんた、宗教の勧誘とか、怪しいマニフェストとか、連帯保証人のお願いには気をつけるんだよ。いざとなったら、鶫かツキコ、最低でもアタシを頼りな・・・さて、あまり長居して鶫に気付かれたら意味がない。アタシはもう行くよ。じゃあね』

「え?あ、はい。それじゃあ、また・・・あれ?なんか前にも似たようなことを言われたことがあるような・・・?」


 あまりにもあっさりと踊らされている誠二に忠告をしてから、入ってきた窓をくぐって夜の闇に向かって飛び立つのであった。




-----



 誠二とアカバが密談をしていたのと同じ頃。

 舞札市郊外のどこか・・・



--ドンッ!!



『ヌゥっ!!』


 暗い森の中に、大柄な人影が姿を現した。


『感じる・・・感じるぞ!!強き者の気配を!!あっちかぁっ!!』


 人影は、突然叫び声を上げると、何処かへと駆けだした。

 なお、その方向の先には特に何もない。

 なんなら、誠二の家とは正反対の方角である。

 どうやら人影は、台詞とは裏腹に気配の探知は得意ではないらしい。


『待っておれよ、『死神』!!その首、(それがし)が討ち取ってくれるわぁあああああ!!はーはっはっはっはぁっ!!!!』


 そうして、人影はどこかへと去って行き・・・



-----



『ああ、イライラするぜェ・・・』


 舞札市のまた別の場所にも、大きな影が現われた。

 ただし、どこかに走り去って行った影が人型だったのに対し、こちらは四足歩行する大型肉食獣のようなシルエット。

 大きく膨らむような首の周りの体毛は、立派な鬣のようだった。

 獣の影は、その鋭い牙が生えそろう口から人間の言葉を吐き出した。


『死神?塔?悪魔?世界?・・・くだらねェ。どいつもこいつもオレ以下のカスだァ。そうだァ、オレこそが最強なんだァ・・・このオレ様を差し置いてデカい面してるヤツラ全員、バラバラに引き裂いてやるよォ・・・さぁ、どこにいやがるゥ、死神ィ』


 自信と苛立ちに満ちた声を響かせた獣の影は、そう言って闇夜に消えていった。

 どこかに消えた人影と同じく、死神の名を呼びながら。

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