3人のプレイヤーinオカ研
せめて4月中に投稿したかったのですが、5月になってしまった・・・
「・・・なんであなたがここにいるんですか」
『誠二から少し気になることを聞いたのでな。様子を見に来ただけだ』
(・・・く、空気がまたピリピリしてる)
昼休みのオカ研。
いつもなら、オレと黒葉さんが弁当を食べるだけの心穏やかな時間が過ぎていくのだが、今日はいつになく空気が肌に染みるように痛かった。
その原因は、オレの前でにらみ合う2人。
1人はこのオカ研の主である黒葉さん。
そしてもう1人は、オレの憧れの人である白上さん・・・の身体を乗っ取っているツキコである。
まるで自分の神聖な縄張りに不埒な侵入者が現われたような反応をする黒葉さんと、傲慢極まりない侵略者のツキコ。
まさに一触即発といった感じだ。
「・・・誠二くん。どうしてこの人をここに連れてきたの?」
険悪な空気に割って入る度胸もなく、どうしたものかと2人を眺めていたのだが、そんな情けないオレに黒葉さんが水を向けてきた。
「あ、いや、オレも断ろうとしたんだけど、こいつがしつこくて」
『当たり前だ。黒葉と言えば魔法薬の家系。そんな連中の出した飯を食うなど、放っておけるか』
四限目が終わって昼休みに入った直後。
黒葉さんと最初に会った頃はオカ研がある特別棟の前を待ち合わせ場所にして、そこから2人でオカ研に向かっていたのだが、D組とG組の間に下り階段があるので、最近はそこを目指して歩き、途中で合流するのがメインになっていた。
今日も今日とて、弁当を手に教室を抜け出そうとしたところでツキコ扮する白上さんに『私、舞札祭でオカ研に興味が出てきたから付いてっていいかなぁ?』と猫なで声で言われたのである。
昼休みの教室という、クラスメイトの前での発言。
しかも、朝のこともあって色々と注目度が上がっているのも後押しして、断るに断れなかったのだが・・・早速オレはツキコを連れてきたことを後悔していた。
こんなことなら黒葉さんに先に行っててなどと連絡しなければ良かった。
頭も悪く口下手なオレではなく、黒葉さんならうまく言いくるめてくれたかもしれないのにと思うも後の祭りである。
「お、おい!!さすがにそれは失礼過ぎだろ!!ごめん黒葉さん!!こいつも悪気があって言ってるわけじゃ・・・いや、悪気しかねぇな。おい、ちゃんと謝れよ!!」
『ふん!!』
いつまでも後悔していられないと思い、あまりにもあんまりなことを言うツキコに詰め寄るも、ツキコはどこ吹く風だ。
『自分、正しいことしかしてませんが?』という感じのなんか腹の立つ顔をしている。
失礼な言葉にこの態度と、さすがの黒葉さんも怒るだろうと、オレはおっかなびっくり黒葉さんの方を見た。
「・・・・・」
(あれ?なんか変だな?怒ってるのはそうっぽいけど、なんか、こう、上手く言えないけど変だ。朝の黒葉さんはもっと真正面から言い返してたのに)
黒葉さんは、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
ツキコを不快に思っているのはその通りなのだろうが、どうにも違和感があった。
朝の教室での様子を見るに、今の黒葉さんならツキコ相手ならば思ったことをズバズバ言いそうなものなのだが、何も言わない。
まるで、言い返したいのに言い返せないような・・・
「・・・それで?放っておけないから何をしに来たんですか?」
ややあって、相変わらずツキコを睨みながらも黒葉さんはそう返した。
なんだか開き直ったような感じだ。
『誠二と契約を結びに来た。お前から何か食い物を渡されたときに報告するようにな。コイツはお前に許可をもらってからだの何だの言っていたが、お前が素直に言うことを聞くはずがないだろう?』
「わかっているじゃないですか。どうしてワタシがそんなことを聞かなければいけないんですか?」
『ほう?私と誠二が契約を結ぶのを認めないと?わざわざお前の前で内容を明らかにしてやったと言うのにか?まさかまさか、何かやましいことでもあるのか?」
「・・・・・っ!!」
ますますツキコを睨む顔が険しくなる黒葉さん。
さっきまでが苦虫十匹なら、今は百匹をかみつぶしたような顔だ。
対するツキコは、白上さんなら絶対に浮かべない嫌みったらしいニヤケ面で黒葉さんを煽っている。
煽られてるのはオレじゃないのに、無性に殴りたくなるくらいヘイトを稼いでるな。
だがまあ、ツキコの言うことにも一理ある。
というか、黒葉さんがオレに妙な真似をすることなどあり得ないのだから、契約を結んでも特に問題はないのだ。
これ以上、貴重な昼休みをこんな言い争いで消費するなどごめんだし、手早く済ませた方がマシだろう。
「はぁ・・・ごめん黒葉さん。コイツこうなったらしつこいから、さっさと契約結んじゃうよ。黒葉さんがオレに変なモノ食わせるなんてありえないんだからさ」
「え!?」
「黒葉さん?」
黒葉さんが驚いたような声を出した。
「せ、誠二くん、本当にツキコさんとまた契約するの?」
「? うん。別に結んでも大したことないだろうし・・・一応確認しておくけど、黒葉さんからもらったものを食うなって契約じゃないよな?」
『ふん・・・本音を言えばコイツから渡されたモノを体内に入れるなど危険極まる行為だが、私は寛容だ。目をつぶってやる。まあ、お前の言うとおり、黒葉の魔女が妙な真似をしないのならば、特に意味のない契約だ。おかしな真似をしなければ、な?」
「・・・・・」
睨む黒葉さんと、嗤うツキコ。
空気に電気が流れていると思うほどにピリついており、正直回れ右をしてオカ研を出て行きたい気分だが、この2人を放置したら大変なことになりそうな気がするのでそれはできない。
「・・・わかりました。とくに反対はしません」
『ふん。最初からそう言えばいいのだ。おい誠二。契約を更新するぞ』
「お、おう」
ややあって、根負けしたように黒葉さんはそう言った。
なんだかえらく渋っていたように見えたが・・・
(まあ、ツキコとの契約だからな。内容が安全ってわかっててもいい気はしないか)
朝も、契約の関係でずいぶんと揉めたばかりだ。
そこに新しく契約を追加するとなれば、この反応は仕方がないかもしれない。
そう思いつつ、オレはツキコが取り出した契約書に改めてサインをした。
『ふむ、これでよし』
「前も思ったけど、契約の更新ってすぐ終わるのな。かなり重要そうなのに」
『本来はそうだな。契約魔法は魔法使いどうしでは重い意味を持ち、変えるのは容易ではない。今回は、私とお前の2人が同意しているからだ。お互いの了承さえ取れればすぐに終わる。普通の魔法使い相手ではこうはいかん。お前が単純バカなおかげだな』
「一言余計なんだよお前は」
コイツはオレを逐一小馬鹿にしないと気が済まないのだろうか。
「・・・前?それって、どういうこと?」
「ん?ああ、朝に言い忘れてたけど、前にもツキコと契約の更新をしたことがあるんだ。『伊坂誠二の両親に手を出すな』って内容で」
『私からすれば、お前の両親にはなるべく関わりたくないのだがな・・・』
「・・・まあ、あのときはうちの親が悪かったよ」
舞札祭の準備でうちの両親が資材を運んできてくれたときのことだったが、何をとち狂ったのか、裏門の近くでツキコ、いや、白上さんのフリをしたままのツキコに神仏を拝むようにお礼を言いまくっていたのである。
正直、自分の両親でなければ関わり合いになりたくないとしか思えない光景であり、ツキコが苦手意識を持つのも仕方がないと思える。
「・・・それは、なんていうか、災難でしたね」
『・・・まさか、この私がお前から同情されるとは。だが、まあ、受け取っておこう』
そのときのことを話すと、うちの親のネジの外れ具合を知る黒葉さんはツキコに同情的な視線を向けていた。
ツキコもツキコで当時を思い出していたのか、心なしかしおらしくなっている。
そのまま、しばらくしんみりとしていたのだが・・・
「それじゃあ、ツキコさんは用事が済みましたよね?教室にお友達もいるでしょうし、帰っては?」
黒葉さんからの唐突な帰れコール。
やはり、黒葉さんはツキコに心を許す気はないみたいだ。
同情していたのは確かだったのだろうが、それそれ、これはこれということだろう。
それに、その点はオレも同じだ。
「そうだそうだ。白上さんはうちのクラス全員友達みたいなもんだろ。絶対誰か待ってるぞ。それに、朝のこともあるのに、その上昼休みにいきなり呼び止めてくれたせいで変な噂が広がっても困るんだよ」
『むっ』
オレが黒葉さんに掩護射撃をすると、ツキコの眉間にしわが寄った。
『・・・確認したいことはもう一つある。黒葉の魔女。お前の用意した弁当を見せてみろ』
「え?」
『何を呆けている。お前、これまでも誠二に弁当を食わせたことがあったのだろう?どんなモノだったのか見てみたい』
「・・・別に見せて問題があるわけじゃありませんが、心情的にすごく嫌なんですが」
ツキコの理屈で言うと、黒葉さんがオレの食べるものに細工をするか不安だから、実物を見せろということだろう。
だが、黒葉さんはすごく嫌そうな顔をしている。
ただでさえ、今まで一方的にあらぬことで疑われたのだ。
その上で自分のお手製の弁当まで確認させろと言われれば、そりゃあ気分は良くないだろう。
しかし。
「はぁ・・・わかりました。どうせワタシが何を言っても聞かないでしょう?見たければ見てください。この際、食べてもいいですよ」
『む・・・今回はずいぶん素直だな?』
「別に・・・あなたのしつこさを学習しただけです」
(・・・今日のお弁当は普通だから、確かめられても何の問題もないしね)
ため息をつきつつも、あっさりとツキコの申し出を受け入れた。
「いいの?黒葉さん?」
「うん。正直、ワタシと誠二くんのオカ研にツキコさんがいるのは嫌だけど、このままだといつまでも居座りそうだし・・・それに」
黒葉さんはそこで言葉を切ると、ツキコに厳しい目を向けた。
「ツキコさん。ワタシのお弁当を見せるのはいいですが、代わりに条件を付けます。『誠二くんがツキコさんから何かもらった場合、必ずワタシに報告する』。この契約を誠二くんと結びます。いいよね?誠二くん」
「え?ああ、うん。いいよ」
なるほど、黒葉さんなりの意趣返しということか。
オレとしてはまったく構わない。
ツキコがオレに危害を加えるようなモノを渡してきたりはしないだろうが、完全に信用できるかと言えば首を縦に振るのは少々ためらう。
それに、これもツキコにやましいことがなければそれで済む話だ。
『・・・いいだろう。私に含むところはないからな』
「なら、どうぞ」
「じゃあ、ついでにオレのも」
そうして、黒葉さんはお弁当を取り出した。
・・・なんとなく、いつもの流れでオレも弁当箱を取り出して開ける。
もう昼休みになってそこそこ経つし、腹が減っているのもあったが。
『・・・おい誠二。この弁当はなんだ?』
「なんだって、母さんが作ってくれた弁当だよ」
『・・・チャーハンとブルーベリーと煮物が一緒になっているようだが?』
「これがうちのスタイルなんだよ・・・なんだよその哀れんだような目は」
『いや、なんでもない』
「・・・・・」
黒葉さんの弁当に用があったはずなのに、ツキコの注目はオレの弁当に向いていた。
黒葉さんですら、ちょっと引き気味だ。
・・・まあ、理由については思い当たるフシしかないけど。
「誠二くんのお母さん、舞札祭のときは美味しそうなお弁当作ってきてたのに・・・」
『お前、虐待されてるんじゃないのか?』
「そんなわけない・・・と思う、けど」
『そこは言い切らないのか・・・』
はっきり言って、我が家の家庭環境は普通の家庭とはちょっとずれてるのかな?と思うことはある。
もちろん、オレの両親が善人であるのは確信があるが。
「っていうか、オレの弁当はいいだろ。お前が見たいのは黒葉さんの弁当なんだし」
『ああ、そうだったな・・・どれ?』
「・・・・・」
黒葉さんの弁当に、教室から持ってきていた自分の箸を突っ込むツキコ。
そしておかずを摘まんで、少し眺めてから口の中に入れた。
黒葉さんは、その様子を感情のこもっていない目で見つめている。
『・・・・・ふん。味はいいな』
「それはどうも」
しばらく咀嚼して呑み込んだツキコは少しの間黙っていたが、やがて若干悔しそうにそう言った。
黒葉さんは褒め言葉をもらっても表情が変わっていない。
「それで?どうだったんだよ?普通の弁当だったろ?」
『・・・チッ。ああ、そうだな。とくに何の混ぜ物もない』
「だろ?だったら黒葉さんに謝れよ」
『何だと?』
「お前、散々黒葉さんのこと疑って迷惑かけただろーが。それに朝、黒葉さんがお前のことを疑ったときは謝ったぞ。筋は通せよ」
朝、塔のカードの行方について黒葉さんがツキコを疑ったときは結局濡れ衣だったが、そのとき黒葉さんはツキコに謝った。
ならば、ツキコも同じように筋を通すべきだ。
オレがそう言うと、さっきとは逆にツキコの方が苦い顔をしたが・・・
『・・・疑って済まなかった』
「構いませんよ。気にしてませんから」
絞り出すような声で黒葉さんに謝った。
対する黒葉さんは涼しい顔だ。
気にしてないというのは本当だろうが、それはツキコのことがどうでもいいからだろう。
少しばかり剣呑な空気だが、一応これで一件落着と言っていいだろう。
「まったく・・・疑り深いにもほどがあるだろ。そんなに渋々謝るくらいなら最初から疑わなきゃいいのに」
『私は魔法使いとして当然の警戒をしたまでだ!!黒葉は魔法薬を作るのに長けた一族。私が前回の儀式で出くわした黒葉も、自前の傷薬や、対人用の魔法酸を持っていたからな』
「・・・前回の儀式の黒葉?まさか、それって」
疑り深いツキコをたしなめたら、興味深い話が出てきた。
前回の儀式の黒葉・・・黒葉さんの音沙汰がない両親は魔法使いではなかったと言っていたし、年代的に考えれば。
『そうだな。もう誠二が私のことを忘れないのならば言ってもいいだろう・・・前にも少し前回の儀式のことを話したが、そのときに現われたイレギュラープレイヤーが黒葉の者だった。名前は、黒葉アカネ』
「おばあちゃん・・・!!」
「アカ・・・ゴホンっ!!く、黒葉さんのお婆さんだったのか!?」
舞札祭の準備をしていた頃、教室で魔力操作の練習をしていたとき、ツキコから前回の儀式のことを聞いたことがあった。
前回の儀式は怪異のレベルが低く、外部から飛び入り参加した魔法使いでも倒せたために、元々いた魔法使いのプレイヤーとは別にイレギュラープレイヤーが現われた。
そしてツキコはイレギュラープレイヤーとの戦いの最中に不意を突かれて敗退したとも。
まさか、黒葉さんのおばあさんだったとは。
『やはりお前はアイツの孫か・・・忌々しい』
「おばあちゃんは、魔法が使えなくなってた・・・もしかしてアナタが!!」
またしても険悪になる2人。
今度はさっきよりも殺伐とした雰囲気で、今にも戦いが始まってもおかしくない空気だ。
しかし、オレにはそれよりもさらに気になることができていた。
『・・・やはり、今回の儀式にもいたんだね、寄生虫め』
(お、おばあさん・・・!!)
オカ研の部室の窓。
そこに一羽のカラスが止まっていた。
黒葉さんとツキコはにらみ合っていて聞こえていないようだが。
『誠二。返事はしなくていい。今、アタシは思念だけをアンタに飛ばしてる。アンタほどの死霊術士ならアタシの思念だけを拾うことができてるみたいだからね』
(そ、そうなんですか・・・)
オレの頭の中に、おばあさんの声が響いた。
どういう理屈かわからないが、これはおばあさん、いや、アカバが習得した魔法あるいはオレ自身の特性らしい。
正直今は助かる。塔と戦った後もそうだったが、黒葉さんにアカバの『正体』に繋がりかねないことは教えないようにアカバ本人からキツく言われているし、ツキコはアカバを恨んでいるようだし、今アカバのことがバレるのは場を混乱させるだけだ。
『アンタがアイツと付き合いがあったのは知らなかったが・・・後で話がある。付き合いな』
(わ、わかりました!!)
アカバは黒葉さんの使い魔だ。
そして、魔女の使い魔は主人である魔女と感覚を同調させることもできるらしい。
それを利用して、今までの会話を聞いていたのだろう。
もしかしたら、朝の会話も聞いていたのかもしれない・・・ツキコの結界があったから聞けていたのかはわからないが。
『あと、アタシが魔法を使えなくなったのは確かに儀式が原因だが、別にソイツのせいじゃない。さっさと止めてやんな。アタシのせいで鶫に無駄な怪我なんぞして欲しくないからね』
(あ、はい)
そうして、アカバは飛び去っていったが・・・
「・・・・・」
『・・・・・』
2人のにらみ合いはまだ続いていた。
2人とも身体から魔力を放出していて、本当に一線を越えそうだ。
そのおかげで、声を出していなかったとはいえオレがアカバと話していたことに気付かれなかったようだが、これはマズい。
「ちょ、ちょっと待った2人とも!!おいツキコ!!お前、前の儀式だと『悪魔』にやられたって言ってたよな!?それに、イレギュラープレイヤーは特殊な方法で儀式を抜けたって!!じゃあ、お前黒葉さんのおばあさんを倒してもいないんだろ!?」
『お前・・・はぁ、もういい、しらけた。ああ、そうだ。私はアイツと戦っているときに悪魔に不意打ちを受けて負けた。不愉快だがな』
オレが間に割って入ると、ツキコは驚いているようだったが、オレの必死な様子がわかったのか、ため息をついて殺気を消した。
「・・・なら、おばあちゃんが魔法を使えなくなってたのは」
『誠二も言っていたが、特殊な方法で儀式を抜けたペナルティー、いや、それが儀式を抜ける条件だったからだ。己の持つ魔力を生涯儀式に捧げ続けるというな。正直、アイツが孫まで残している上に、その孫が魔法使いのプレイヤーになっているとは思っていなかった』
「魔力を捧げる・・・なるほど、だから」
ツキコが事情を説明したことで、黒葉さんの敵意も薄くなった。
もともと相性のよくない2人だが、その上で家族の仇となればもう殺し合いしかなかっただろうし、ツキコが途中退場していて助かったとすら思える。
『まあ、仮にあの女のことがなかったとしてもお前のことは嫌いだけどな』
「奇遇ですね。ワタシもです」
「ふ、2人とも・・・」
訂正。
おばあさんのことがなかったとしても、あまり変わらなかったかもしれない。
あくまで馴れ合いをするつもりはないというかのようなツキコに対し、黒葉さんも弛緩していた空気を引き締めるように再び敵意を漲らせる。
せっかく争いを止めたと思ったのに、これでは意味がない。
(どうする?またツキコに帰るように言うか?でも、そうしたらまた『お前はコイツに味方するのか!?』とか言ってきそうだよな・・・なら)
「な、なあツキコ!!この際だから、儀式の情報を教えてくれよ!!前回のこともそうだけど、色々知ってるんだろ?」
『・・・はぁ。お前、本当に誤魔化しが下手だな・・・まあいい。良い機会だ。ここで黒葉の魔女とにらみ合ってるよりは有意義か』
「・・・・・」
ツキコは、オカ研の部室にあるソファにどっかりと腰を下ろした。
黒葉さんはその様子を険しい顔で見ていたが、情報を得ることのメリットを考えたのか、ツキコが居座ることを受け入れるつもりのようだ。
仲裁が上手くいって何よりである。
オレの目論見は完全にバレているようだが、2人が争わないなら何でもいい。
『では、私の知っている怪異の情報を教えてやる。せいぜい静かに聞くのだな』
-----
本音を言うと、今すぐツキコには出て行って欲しかった。
(このオカ研は、ワタシと誠二くんだけの場所なのに・・・)
オカ研は、魔術師と死神ではなく、黒葉鶫と誠二くんが初めて出会った場所であり、舞札神社の境内と並んで2人だけの居場所だった。
ただでさえ、他の誰かが入ってくることすら嫌なのに、それがよりにもよってツキコなのだから、気分は最悪だ。
ワタシが考えていた誠二くんへの対策を、まるで読んでいたかのように潰されたのもワタシの敵意に拍車をかけている。
だが。
(でも、儀式の情報は欲しい)
一時の感情で大事な情報を得られる機会を棒に振るのはさすがに勿体ない。
あとで誠二くん経由で聞くという手もなくはないが、それは誠二くんとツキコを2人きりにするということだし、ツキコが誠二くんにブラフを仕込む可能性もゼロではない。
総合的に考えれば、今この場で聞くのが一番なのである。
(誠二くんへの作戦も台無しにされちゃったし、ここで聞ける話が代わりに役に立つかもしれないしね)
『伊坂誠二が黒葉鶫に物をもらったとき、あるいは食事や飲み物を渡されたとき、必ずツキコに報告する』という契約。
『禁止』ではなく『報告』であることから、恐らくツキコはなんらかの手段で薬の有無を確かめることができるのだろう。
これによって誠二くんに薬を仕込むという手は格段にやりにくくなってしまった。
ごく微量に薬を含ませ、バレないように量を増やしてチキンレースを試みるという方法もなくもないが、それは最後の手段にしたい。
となれば、そもそも誠二くんと戦う状況になるのが最悪の事態であるとしても、代わりの作戦を考える上で重要になり得る儀式についての情報が手に入る今の時間は見逃せない。
ワタシは、内心の嫌悪感をなんとか押し込めて、ツキコの話を聞くことにする。
『お前たちも把握はしているだろうが、残っている怪異は12体。お前たちが倒し損ねた『塔』、『愚者』、『教皇』、『戦車』、『力』、『運命の輪』、『節制』、『悪魔』、『星』、『太陽』、『審判』、そして『世界』だ』
「おう、そうだな」
「・・・・・」
(・・・ワタシたちが倒したのは、『女教皇』、『女帝』、『皇帝』、『吊された男』。それ以外にワタシが『魔術師』で、誠二くんが『死神』。そしてツキコが『月』のカードを持ってる・・・残ってるのは『恋人』、『隠者』に『正義』。これがツキコの持ってるカード)
ツキコの話すことからツキコが持っている初期カード以外を特定できた。
しかし、これは誠二くんも知っていることなのだろう。
もうバレてしまっているからか、ツキコから隠そうという気配が感じられない。
(プレイヤーが手に入れたカードの向きと、倒した大アルカナの向きは一致しないこともある・・・誠二くんにツキコのカードが正位置なのか逆位置なのかは聞いておこう)
ワタシと誠二くんが遭遇した怪異は塔を除いてすべて逆位置だったが、ワタシが持っているカードは全部正位置だ。
プレイヤーとの相性も関係あるのだろうが、もしもツキコの持っているカードが逆位置だった場合は厄介そうな気がする。
『あらゆる意味で例外的な『世界』と、一度倒した実績のある『塔』を除けば、この中で今の誠二に真っ向勝負ができるヤツはいない。カードの向きとレベル次第だが、『戦車』、『力』、『太陽』がいい線にいくくらいか。少なくとも、塔ほど相性の悪い大アルカナはいないな』
「戦車、力に太陽・・・太陽はよくわからねぇけど、どれもパワータイプって感じだな」
『正位置か逆位置かで大きく違うがな。お前と勝負になるのは戦車と太陽ならば正位置。力なら逆位置だ。それ以外なら警戒する価値もない』
「ふ~ん・・・ん?そういや、前にオレと相性の良さそうなカードは戦車とか力って言ってたよな?オレといい勝負ができるっていうのは、そこが関係あるのか?」
『関係あると言えばある。大アルカナとプレイヤーの相性で重要なのは、属性やプレイヤー自身の気質がどれほどその大アルカナと一致しているかだ。属性はともかく、単純バカなパワー系のお前と、さっき言ったカードはそこのところが似ているのだ』
「・・・もしかして、オレのこと馬鹿にしてるか?」
『私は事実を言ったまでだが・・・自分でも自覚はあるのではないか?』
「ぐ・・・」
考え事をしているうちに、誠二くんがツキコに言い負かされていた。
ツキコではないが、ワタシも戦車や力は誠二くんと相性がいいと思う。
誠二くんは強いから。
「ワタシはそんな風には思わないよ。その2枚は強いことの象徴みたいなものだし、誠二くんが強いから相性がいいんだと思う」
「く、黒葉さん・・・」
『ふん、いい子ちゃんのふりか?お前でも、誠二が単純バカなのは否定できまい?』
「・・・そ、ソンナコトナイトオモウヨ?」
「・・・黒葉さん?」
ワタシがフォローすると、誠二くんは嬉しそうな顔をしていたが、続くツキコの言葉を咄嗟に否定することはできなかった。
(ごめん、誠二くん。ワタシでも、ちょっとそこはフォローできないかも)
まあ、そんな誠二くんだからこそ、ワタシはこの眼を持っていても好きになれたのだけど。
さすがに、これを今ここで言うにはワタシの勇気が足りなかった。
「ぐ、ま、まあいいぜ。ともかく、相性のいいカードを手に入れると権能を使えるようになるんだよな?もし、その二枚を倒せれば、オレに戦いで勝てるヤツはいなくなるって思っていいのか?」
『ああ。そう言っていいだろう。根本的に相性の悪い塔と、私でも正体の掴めていない世界を除けばな』
「権能を、使えるようになる・・・?なるほど、道理で」
「黒葉さん?」
おばあちゃんのことに続いてまたも衝撃的な事実がわかったが、コレに関しては納得する部分もあった。
(ワタシが持ってるカード、まだ何か眠ってるみたいな感覚があったけど、このことだったんだ)
塔との戦いの最中に力を引き出した大アルカナのカードたち。
あのときはそのおかげで誠二くんに大いにサポートすることができたが、実はあのとき、『まだまだオレたちはこんなもんじゃない!!』と言うかのように、カードの中から大きな力を感じたのだ。
今の話を聞くに、それこそが権能だったのだろう。
(・・・待って?この話を知ってるってことは、ツキコの持ってるカードも権能を使えるかもしれないってこと?隠者に恋人、正義の権能・・・それで何ができるようになる?)
ツキコはその成り立ちから前回だけでなく、すべての儀式を経験しているのだろうし、知識として相性のいいカードと権能のことを知っていた可能性もあるが、実際に手に入れたカードの権能を使えていると見ていいだろう。
もしもそれらのカードが逆位置なら、月との相性はかなりいいはずだ。
問題は、どんな権能が使えるかだが・・・
「ふん。お前の持っているカードも相性がいいようだったからな。お前も権能が使えるようになるだろうさ。だが、せいぜい油断しないことだ。これは誠二には特に強く言っておくが・・・残っている大アルカナの中で一番厄介なのは『悪魔』だ」
「悪魔?そういや、前も確か悪魔に気をつけろみたいなこと言ってたな・・・そいつ、強いのか?」
『直接的な戦闘能力は高い方だが、お前ほどじゃない・・・だが、ヤツの本領は搦め手だ。精神干渉系の権能や、魔法を抜きにした単純な話術、相手の一番触れて欲しくないところを正確に突く観察眼・・・なにより危険なのは、ヤツがこの儀式そのものに極めて近い性質を持っているということだ』
「?」
「・・・もしかして、『欲望』ですか?」
『お前はさすがに気付くか』
「おい、オレを置いていくな。どういうことだよ?」
またも気になる話の流れになっていたので、思いついたことを言ってみる。
悪魔は、タロットでも珍しい、正位置で悪い意味を持つカード。
おばあちゃんの日記にも、特に気をつけるように書かれていた大アルカナだ。
そして、日記の内容と、ツキコの言っていた台詞。そして悪魔の意味を考えると、一つ推測できることがあった。
『お前はもう少しタロットを勉強しろ。いいか?悪魔のカードの本質は『欲望』だ。それは、この儀式の根幹と同じ。悪魔にとって人間は・・・』
そうして、ツキコが悪魔の危険性を説明しようとしたときだった。
--ピンポンパンポ~ン
「お?」
「珍しいですね」
『校内放送か?・・・まあいい、私たちには関係あるまい』
突然、校内のスピーカーから気の抜けるような音が飛びだした。
珍しい出来事に、ワタシたち全員の意識がそちらに向く。
だがまあ、所詮はワタシたちに関係のない生徒の呼び出しだろう。
ツキコもチラリとスピーカーを一瞥しただけで、すぐにワタシたちに向き直って続きを・・・
--二年D組の伊坂誠二君。至急応接室まで来てください。繰り返します。二年D組の伊坂誠二君・・・
「「『え?』」」
その場にいる全員の動きが止まった。
そして。
『誠二、お前まさか・・・』
「ち、違うよ!!誠二くんはそんなことしてない!!誠二くんはそんなことするような人じゃない!!」
『っ!!あ、ああ、そうだな。お前に同調するのは癪だが、誠二がそんなことをするワケがないか。ならば、アリバイの立証をしておく必要が・・・』
「いや待った!!そんなことって何!?2人の中でオレが何したことになってんの!?オレなんもしてないよ!?」
「『・・・・・』」
ワタシとツキコはどちらからということもなく目を合わせ、すぐに逸らした。
突然の誠二くんの呼び出しに、ワタシもツキコも混乱していたようだ。
「そ、そうだよね。ごめんね誠二くん。でも、呼ばれるような心当たりはないの?」
「本当に、2人ともオレが何したと思ってたんだ・・・?まあ、ここ最近は喧嘩もしてないし、黒葉さんに絡んできた不良を撃退したくらいだな。それか?」
『それならば、黒葉の魔女が悲劇のヒロインを演じれば誤魔化しが効くだろう。儀式に響いても面倒だ。さっさと行くぞ』
「いや、お前も行くのかよ」
『最悪、私が相手方の記憶を消す。これは儀式を円滑に進めるために必要な措置だからな。黒葉の魔女が失敗したときの保険だ』
「な!?ワ、ワタシだって演技くらいできます!!」
『開会式のときに棒読みだった癖にでかい口を叩くな、大根役者め』
「くぅっ!?」
「・・・白上さんのフリしてるお前が言うと妙に説得力あるな」
そうして、なんとなくワタシたちは全員で職員室の近くにある来客を迎えるための応接室に向かって歩き、怪異と戦うときの心境で部屋の中に入り込んで・・・
「おお!!君があのときの!!それに、そっちは白上君じゃないか!!もう1人の子は誰か知らないが、ちょうどいい!!どうだ、君!!陸上部に入って白上君と全国を獲らないか!?」
「ええっ!?オレが!?」
「・・・え?」
『・・・ほう?』
三分後。
部屋の中にいた、舞札高校OGだという体育連盟からやってきたおじさんに、誠二くんが熱烈な勧誘を受けていたのだった。




